16 安心

 大学へ行き、まずは喫煙所に向かった。雅司と椿がそこに居た。僕は胸の高鳴りが抑えきれなくて、彼らに言った。


「僕、彼氏できた」

「ええ!? どういうこと!?」

「アオちゃん、ほんまに!?」

「まあ、ゆっくり話すから」


 教室へ行き、僕は七瀬さんのことを話した。相当僕は浮かれていたようで、雅司にポカリと頭を小突かれた。


「まあ、良かったな。アオちゃんが男が好きやったとは思わへんかったけど」

「えー、じゃあ、あたしとはもうしない感じ?」

「そうだね。浮気になるもん」


 そういえば、男同士ってどうやるんだろう。付き合ったんだし、きっとそんな流れになるだろう。今さらながらに、男と恋人になったという思い切りの良さにびっくりした。

 四限が終わるなり、僕は七瀬さんに連絡した。


『今日も、夕飯作りますよ』


 既読はつかなかった。仕事中なのだろう。僕は返事を待たずに二人分の買い出しをした。今夜はハンバーグだ。


『帰るの七時半くらいになりそう』


 僕はそのくらいの時間に焼きあがるように調整した。インターホンが鳴った。


「お帰り、七瀬さん」

「おう……ただいま?」


 七瀬さんは僕の顔を見ると、恥ずかしそうに目を伏せた。そして、二人でハンバーグを食べた。


「しっかり肉汁出てるな。本当に葵は料理上手いよ」

「ありがとうございます」


 そして、僕は気になっていたことを聞いてみた。


「七瀬さんって、今までも彼氏居たんですか?」

「居たよ。最後は五年前。同期だよ。やっぱり気の迷いだったって言われて、そいつ結婚して子供も居るよ」

「そうでしたか」


 僕は男どころか女の恋人すらできたことがなかった。それは、七瀬さんと出会うためだったとすれば、納得がいった。僕は言った。


「七瀬さんと付き合えたの嬉しくて、早速友達に言っちゃいました」

「おいおい、大丈夫か? 変な顔されたろ?」

「いえ、別に? 良かったなって言ってもらえました」

「普通は引くもんだけどな。いい友達持ったな」


 雅司と椿にも、七瀬さんを紹介したい。椿は既に会ってるし。四人で宅飲みするのも良いかもしれない。そこまで考えが及んだ。


「僕は、男性がというより、七瀬さんが好きなんです。だから、そんなの関係ないです」

「まあ、世間の風当たりは冷たいぞ? もう付き合っといて何だけどよ」


 片付けを済ませ、タバコを吸った。僕はこれからのことに期待していた。あまりに表情がゆるんでいたのだろう。七瀬さんにつんと頬をつつかれた。


「葵、そんなに俺のことが好きなの?」

「はい。大好きです」


 ベッドに座り、心地いいキスをした。僕は七瀬さんの身体を抱き締めた。


「七瀬さん、細い」

「言うなよ」


 僕は七瀬さんに追い詰められ、何も喋れなくなった。それさえ僕には気持ち良かった。キスをしながら、僕たちはベッドに寝転んだ。


「かはっ……」

「ごめん葵。キツかった?」

「いえ、もっと」


 僕がせがむだけ、七瀬さんは応えてくれた。満足しきった頃、彼が言った。


「葵は、これ以上のこと、したい?」

「して……みたいです」

「正直、どっちやりたい?」

「そこまで考えてなかったです。七瀬さんに合わせたいです」

「まあ、焦るなよ。ゆっくりいこう」


 それから、七瀬さんの過去のセックスの話を聞いた。初体験のときから、今までのこと全てを。


「……とまあ、色々遊びまくってたから、どっちもいけるわけだ」

「そうでしたか」


 僕は知らない世界に自分から飛び込んだ。その深さはまだまだわからない。けれど、七瀬さんとなら、大丈夫な気がした。

 七瀬さんは起き上がって言った。


「一緒にシャワー、浴びるか?」

「ぜひ!」


 その前に、七瀬さんは自分の部屋からジャージを持ってきた。僕は七瀬さんのシャツのボタンを外した。くっきりと浮き上がった鎖骨にドキリとした。

 僕たちはいたわり合いながらシャワーを浴びた。僕の髪を洗っているとき、七瀬さんは言った。


「飼ってた猫思い出すよ。変わり者でさ。猫のくせに、風呂好きだったの」

「僕は勝手にどこも行きませんからね?」

「おう、頼むな」


 身体と髪を乾かし、服を着た後、タバコを吸った。紫煙を吐き出して、七瀬さんが言った。


「そうだ。また今度、一緒に行きたいバーあるんだ。電車で行かなくちゃいけないけど」

「いいですよ。どんなところですか?」

「ゲイバー。そこのマスターとは何年も会ってなくてさ。葵のこと、紹介したい」


 葵、と呼び捨てにされる度、恋人になったのだという実感が湧いた。僕は煙を吸い込み、うっとりと目を閉じた。

 その夜は固く抱き締め合いながら眠った。もう僕は一人じゃない。そんな安心感に包まれていた。

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