15 共に
初めて飲んだウイスキーのロックは、やはり厳しくて、僕は一気に酔いが回ってしまった。それから、七瀬さんと何を話したのか、ろくに覚えていなかった。気付いたら、自分の部屋の床に座っていた。
「葵くん。とりあえず水、飲めよ」
七瀬さんが、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれた。僕はそれを半分くらい一気に飲んだ。アルコールを出すには水分を取るに限る。
「すみません、七瀬さん」
「いいって。ロック飲もうって言ったの俺だし」
そういえば、会計も七瀬さんがやってくれたのだろうか。財布を出した覚えが無かった。
「葵くん、横になるか?」
「はい……」
僕はもそもそとベッドに入った。冬で良かった。汗はかいていなかった。寝転ぶと、いくぶん身体の調子は治まってきて、呼吸が楽になった。七瀬さんが言った。
「明日、大学あるの?」
「はい。昼からなんで、寝坊はできます」
「そっか。俺は仕事だけど……」
「ですよね。僕はもう大丈夫なんで、これで」
七瀬さんが、僕の額に手をあてた。
「本当に大丈夫か?」
水を飲んでトイレにさえ行っておけば、この酔いは覚めるだろう。けれども。
「七瀬さん……」
額から伝わる熱が、とても心地よかった。ずっとそうしていて欲しいと思った。七瀬さんの骨ばった手がこの身体に触れていること。そのことが僕を高ぶらせた。
「七瀬さん。やっぱり、寂しいです。今夜はここに居て下さい」
言ってしまってから、何て思いきったセリフを吐いたんだろうと自分でも驚いた。七瀬さんの顔は見れなかった。彼は優しく僕の額を撫でて言った。
「ん。そうする。葵くんは素直ないい子だな」
僕は酔いに任せたまま、こんなことまで言った。
「お願いです。一緒にベッドに居て下さい」
「えっ……」
さすがに断られるか。僕もバカだな。しかし、七瀬さんはこう言った。
「じゃあ、ちょっと横にずれて」
「あっ、はい」
七瀬さんが横にぴったりと寝転んできた。右半身に、彼の体温がじんわりと移ってきた。僕は呟いた。
「七瀬さん。好き……」
すると、七瀬さんが僕の肩を掴んで顔を近付けてきた。彼の黒い瞳が僕の目を真っ直ぐに捉えた。
「葵くん。俺のこと、好きなの?」
「僕も、今気付きました。七瀬さんのこと、好きです」
「マジか……」
こんなことを言っても困らせただけだろう。僕は後悔した。明日になったら、酔いの勢いだったと弁解しよう。そう思っていたのに。
「俺も、葵くんのことが好き。初めて見たときから、良いなって思ってた。お隣さんだって知って、運命だと思った。でも、この想いは押し殺そうって考えてた」
「七瀬さん……」
「俺さ、男しか無理なの。でも、葵くんは女の子もいけるだろ?」
「まあ、そうみたいですけど」
「諦めようと思ってたんだけどな。そっか。そっかぁ……」
七瀬さんは僕を抱き締めてきた。僕も彼の背中に腕を回した。そのまま二人とも喋らずに、じっとしていた。僕の身体が反応し始めた。口火を切ったのは、七瀬さんだった。
「俺たち、付き合う?」
「はい。彼氏にして下さい」
「ヤバい。マジ嬉しい」
そして僕たちは軽くキスをした。僕はもっと奥の方を求めたけれど、七瀬さんが制した。
「今日はここまで。身体キツいだろ。ゆっくりな?」
「はい……」
確かに全身がぐったりしていた。僕は七瀬さんに身体を預けたまま眠った。
翌朝、目覚めたのは僕が先だった。頭痛が酷かった。とにかくトイレに行った後、鎮痛剤を飲んだ。安らかに眠る七瀬さんの顔を見ていると、昨夜のことが思い出され、僕は赤面した。
恋人ができてしまった。
僕はしばらく部屋をうろうろと歩き回った。まさか、七瀬さんが僕のことを好きだったなんて。そして、自分も七瀬さんのことが好きだったなんて。未だに信じられない思いだ。
「ん……葵くん……おはよ」
「おはようございます」
七瀬さんは上半身を起こした。そして、眉根を下げて言った。
「昨日の、夢じゃないよな?」
「はい。僕たち、付き合いました」
「どうしよう。嬉しすぎてどうにかなりそう」
僕はベッドに乗り上げて、七瀬さんにキスをした。今度はねっとりと長く。それから、ベランダに出てタバコを吸った。
「なあ、葵、って呼び捨てにしてもいいか?」
「いいですよ」
「俺のことはまあ、好きに呼べよ」
「えっと……どうしましょう。呼び捨てにできる勇気はまだ無いです」
「じゃあ、そのままで」
僕は気付いた。
「七瀬さん、仕事ですよね?」
「あー、半休使うわ。もうちょっと、葵と一緒に居たい」
部屋に戻り、僕と七瀬さんはベッドに腰かけた。彼は僕の手を握った。
「待って。マジで信じらんない。葵、本当にいいの?」
「ええ。僕、七瀬さんのこと、もっと知りたいです」
「そっかぁ……」
それから、ロールパンにハムを挟んで二人で食べた。昼はラーメン屋に連れていってもらった。彼氏となった人と食事を共にすること。それがとても嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます