12 下調べ
少し早めに着いた、一般教養の科目の大教室で。僕は公務員試験についてスマホで調べていた。うちの大学の就職課では、専門の対策の講義があるらしく、三年生から受けられるとのことだった。
「アオちゃーん。何見てんの?」
雅司だった。彼は僕の背後から、スマホを覗き見てきた。
「えっ? 公務員試験受けんの?」
「まだ考え始めたとこ」
椿もやってきた。彼女と雅司は僕の後ろの席に座った。
「あたしも実は興味あったんだよね。ほら、民間の就活って目立った者勝ちなとこあるじゃない? 試験なら、勉強してたらいいし、公平だと思うんだよね」
それは僕も考えていた。サークル活動もしていないし、面接だけでアピールできるようなことは何もない。試験の点数で一次が足切りされる方が、シンプルで良い。雅司が言った。
「おれも地元に帰って就職したいしなぁ。市役所とか、受けてみてもええかもしれへんな」
「市役所か。ちょっと待ってて。なんか、専門試験と教養試験があるみたい」
僕はスマホをスワイプさせた。雅司は政令市の出身だ。教養だけでなく、専門の科目もあるらしい。あと論文も。雅司は頭を抱えた。
「げっ、意外と難しそうやん」
椿が言った。
「そりゃあ大きいところはそうじゃない? 雅司の頭じゃ確かに難しいかもね」
「ええ? 俺かて一般入試で通ったんやで? 勉強は嫌いやけど苦手やあらへん」
授業開始のベルが鳴ったので、一旦話はおしまいになった。終わってから、僕は雅司と椿と食堂に行った。ここの品揃えはいい。僕はオムライスを頼んだ。
三人で食事を取りながら、さっきの話の続きをした。椿が言った。
「ねえ、ガチで目指さない? 公務員。試験勉強も、友達が居るならなんとかなりそう」
「せやなぁ。やってみてあかんかったら民間に切り替えたらええし、勉強するだけしてもええかもな」
専門試験とは、法律や経済学を指すようだった。商学部の僕たちは、それをイチから勉強することになる。果たしてついていけるだろうか。僕の心配をよそに、雅司と椿は話を進めていった。
「とりあえずこの講座、申し込もうよ。まだ期間間に合うよ」
「おれんちも、勉強したい言うたら金は出してくれそうや。ほんまにやろか。なっ、アオちゃん?」
「そうだね……」
大学受験のときは、僕は孤独に勉強した。辛い日々だった。でも、今回は仲間がいる。僕は顔を上げた。
「うん。やろうか、この三人で」
「よっしゃ。決まりや」
それから、僕は国税専門官についてさらに調べ始めた。一次の筆記試験と二次の面接だけで終わりだ。専門職ということもあり、他の公務員と比べて年収が高い。
あと、公務員試験は基本的にかぶっていない日程のものをどんどん併願するものらしい。国と地方自治体両方受けるのがスタンダードなのだとか。僕は言った。
「勉強するなら、やっぱり早いうちがいいってさ。もっと調べてみようか」
授業の無かった僕たちは、電車に乗って大きめの書店に来た。公務員試験の対策の棚は、物凄く広かった。雅司が小声で言った。
「なあアオちゃん、これ全部勉強せなあかんの?」
「えっとね……数的処理っていうのが鬼門みたい。教養試験は、一問ずつくらいしか出ないってさ」
僕は数的処理の本を手に取った。僕は理数系の科目が苦手だ。この大学も文系科目だけで通った。日本史を取っていたから、そちらは得意だが、図形の長さやら場合分けやらはちんぷんかんぷんだ。
椿はというと、公務員試験全体のガイド本を読んでいた。
「早くて四年生の四月から試験が始まるみたいだね。国家総合職っていうのが難関らしいけど、受けてみるだけ受けたらいいみたい」
薄くて安かったこともあり、僕たちは全員そのガイド本を買った。それから、喫煙のできる喫茶店に移動した。タバコに火をつけ、雅司が言った。
「なんかおれ、わくわくしてきた。目標ができるってええもんやな」
椿だけ、フルーツパフェを頼んでいた。アイスクリームを一口食べて彼女は言った。
「そうだね。公務員なら、産休育休とかも取りやすそうだし」
「なんや椿、子供欲しいんか?」
「うん。結婚とかは別にしなくてもいいけど、子育てはやってみたい」
僕と雅司は、椿にパフェを一口ずつ食べさせてもらった。雅司はさらに聞いた。
「シングルで産むってこと?」
「それもいいかなぁって。あたし、結婚には憧れないの。種だけ誰かから欲しい。雅司かアオちゃん、ちょうだいよ」
思わずコーヒーを吹きそうになった。僕は言った。
「椿、美人なんだし、誰かいい人見つかるよ絶対」
「結婚してから豹変する奴とかいるでしょ? 見分けられるかなぁ……」
そんな椿の結婚観を聞いたところで、場はお開きとなった。僕は帰宅して買ったばかりの本を読んだ。道は険しそうだが、彼らがいれば乗り切れるかもしれないと思った。
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