07 大人
まずは豚バラ肉を解凍し始めた。その間に、ニラを切った。フライパンにごく少量のゴマ油を入れ、豚バラ肉を炒めた。いい具合になったところでニラも投入。塩コショウを振りかけて、もうこれで完成。立派な酒のつまみだ。
「アオちゃんはほんまに手際がええなぁ」
一連の作業を見ていた雅司が言った。
「まあ、慣れだよ慣れ」
僕はローテーブルにコルクボードを敷き、その上にフライパンごと乗せた。皿を三つ出して、準備万端だ。椿は本を閉じ、缶ビールを高く掲げて言った。
「アオちゃん、誕生日おめでとう! かんぱーい!」
豚バラ肉とニラの炒め物はみるみるうちに無くなった。雅司も椿もよく食べるのだ。しかし、今日はケーキもあるから、このくらいで丁度良かっただろう。
自分の誕生日ケーキを自分で切り分けて皿に盛り付けた。ビールとケーキの相性はそこまで良くなかったが、生チョコレートは僕の好物だ。美味しく頂いた。
食べ終わった頃、雅司が聞いてきた。
「で、色々って何なん?」
「ああ、えっとね……」
僕はショットバーに行ったこと、七瀬さんと出会ったこと、彼がお隣さんだったことを話した。そしてタバコを教えられたと。椿はにんまりと微笑んだ。
「アオちゃんが大人の階段上ってるぅー」
「そうでもないよ」
三人でベランダに行き、タバコを吸った。これが大人になった証拠とでもいうのだろうか。両親が知ればたちまち止められるだろうな。そんなことを思った。
雅司が僕の脇腹を肘でつつきながら言った。
「もっと大人にならへんか? 椿にさしてもらったら?」
「へっ? 何を?」
「アオちゃん、童貞やろ?」
かあっと顔が熱くなった。それは事実だ。椿が僕の腕に手を絡めてきた。
「あたしはいいよ。今日は泊めてよ」
「ええ……」
「ほな、おれはこれ吸ったら帰るわ」
「えっ、ちょっと雅司」
本当に雅司は帰ってしまった。椿と二人、取り残された部屋で、どうしたものかと立ち尽くしていたら、椿が耳元で囁いてきた。
「ねえ、しようよ」
僕はさっと椿から離れた。そして、彼女の目を見ながら言った。
「でも、そういうのは、本当に好きな人とじゃないと」
「アオちゃん、あたしのこと、嫌い?」
「好きだけど、それは友達としてだよ」
「それだったらいいじゃない。セックスもする友達。セフレっていい関係だと思わない? 付き合ったら別れることがあるけど、友情ならずっと続く」
椿の論理はよくわからなかったが、ともかく彼女はその気だということがわかった。ふいをつかれて、僕は彼女にキスをされた。
「ふあっ……」
「アオちゃん、可愛い」
僕は椿を引き剥がした。
「やっぱり、良くないと思うよ、こういうの」
「何で? 他に好きな女の子でもいるの?」
「いないけど……っていうか、誰かを好きになったことがない」
「へえ? そうなんだ。高校のときとかも?」
「うん」
僕の高校時代は……いや、今は考えるのをやめておこう。とにかく現状をどう乗り切るかだ。キスくらいならまだ止められる。これ以上のことはしちゃいけない。僕はまくしたてた。
「椿のこと、傷付けたくないよ。大事な友達だから。こういうことって、もっと慎重にするべきだよ」
「ゴムなら持ち歩いてるよ? だから大丈夫。それにあたしだって、誰にだってこうするわけじゃないよ?」
「えっと、その……雅司とはしてるの?」
「うん。大事な友達だからね」
椿は小さな身体で僕を抱き締めてきた。僕はおずおずと背中に手を回した。意に反して、僕の身体は着実に反応してしまっていた。
「椿。本当にいいの?」
「いいよ。アオちゃんはあたしの言うとおりにして。何も考えなくていいよ」
結果として、僕は椿を抱いた。いや、抱かれたと言った方が正しいか。終始彼女のリードで事は進んだのだから。
ぐったりとした僕の肩を、椿は優しくさすってくれた。一糸まとわぬ彼女の肢体はとても美しかった。
「童貞卒業、おめでとう」
「う、うん」
本当にこれで良かったのだろうか。椿は本当にただの友達だ。こうして男女の仲になった後も、その感情は変わらなかった。彼女は言った。
「一緒にシャワー浴びようよ!」
「うん……」
椿は無邪気に僕にシャワーをかけた。狭い風呂場でじゃれ合いながら、身体を洗った。そのうちに、僕も吹っ切れてきた。ドライヤーを使い、彼女の長い髪を乾かしてやった。
「椿。その、ありがとう。良かったよ」
「でしょ? セックスって楽しいでしょう?」
「僕はまだ、そこまでよくわからないけど……」
「じゃあまたしようよ。ねっ?」
椿がいいのなら、いいや。もうしてしまったことだ。後戻りはできない。
「うん。じゃあまたしよう」
もう一度僕たちはキスをした。それからタバコを一本吸って、狭いシングルベッドで寄り添って眠った。
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