06 雅司と椿

 翌日、僕は大学の授業を受ける前に、喫煙所に行ってみた。屋外に設けられたそこは、多くの学生たちでひしめきあっていた。屋根があるので、雨の日もなんとかなりそうだ。

 僕がタバコに火をつけると、岩岡雅司いわおかまさしに声をかけられた。


「おっ、アオちゃんタバコ吸っとうやん!」


 雅司は僕の肩に腕を回した。鬱陶しくて払いのけた。彼は襟足の長い金髪にいつも派手なシャツを着ているという風貌で、とてもよく目立っていた。続いて丸塚椿まるづかつばきも現れた。


「あれ? アオちゃんいつから吸うようになったの?」


 椿は黒髪のロングヘアーをすとんとおろした美人だ。いつもロックバンドのTシャツにクラッシュデニムという服装で、彼女もまた目立つ生徒の一人だった。


「一昨日からだよ、椿。誕生日だったからさ」


 雅司が大声をあげた。


「なんやて!? 誕生日やったん!? 言うてくれたらよかったのに。水くさいなぁ」


 僕がこんな彼らに絡まれるようになったのは、一年生の前期テストのとき、ノートをコピーさせてくれと頼まれたときからだった。

 大学で友達と呼べるのは、今のところこの二人だけだった。そもそも、入学した当初から友達なんか作る気がなくて、ずっと一人でいたのだが、いつの間にかこうなった。椿が言った。


「なんでセッター?」

「セッター?」

「セブンスターの略。なんでそれ選んだのかなぁって」

「ああ、色々あってさ……」


 雅司がバシバシと僕の背中を叩きながら言った。


「色々? 聞きたいなぁ。誕生日祝いもしたいし、今日アオちゃんの家で宅飲みしようや!」

「ええ……いいけど」


 僕はいつも雅司の押しに弱かった。関西弁の勢いもあるのだろうか。断ることができた試しがない。椿が言った。


「じゃあ、決まり。四限終わったら、またここ集合ね」


 その日は一限から四限までみっちりと授業があった。勉強は学生の本分。僕は寝たり内職したりせずに真面目に授業を受けた。タバコを吸ったのは昼食後だけ。調子に乗ってヘビースモーカーになれば、仕送りがすぐ消えるだろう。

 四限が終わり、僕はまた喫煙所に行った。既に雅司と椿が一服していた。タバコを持っていない方の手で、椿が僕を手招きした。


「なんか、アオちゃんもタバコ吸うようになったの嬉しいな」

「せやな。今のご時世、喫煙者肩身狭いからなぁ」

「まあ、僕も流れでこうなっただけだけどね……」


 それにしても、本当によく目立つ二人だ。雅司は男の僕から見ても男らしくてカッコいい顔立ちをしているし、椿はすっと通った鼻筋に薄い唇、可愛いというより綺麗の部類に入った。そんな彼らと仲のいい僕はというと、色素が薄い以外は何の変哲もない一般人。

 風が吹き始め、椿の長い黒髪がたなびいた。僕はライターを手で囲み、慎重に火をつけた。じりじりと焼け焦げていくタバコの先は、見ていると心もひりつくようだった。でも、この二人と共通点ができたことに、どこか安堵していることは事実だった。雅司が言った。


「改めて、誕生日おめでとう、アオちゃん。ケーキ買うたるわ」

「えっ、いいの?」

「おれも食べたいし。ケーキ食べる機会ってそないにないやん?」


 最後に誕生日ケーキを食べたのは高校三年生のときだ。恥ずかしいからやめてほしかったのだが、僕は一人っ子。家庭内のことだけだし、と両親に祝われるのを甘んじて受け止めていた。

 僕たち三人はスーパーに行って酒を買った。それからニラも。そして、きちんとしたケーキ屋さんに行き、ホールのチョコレートケーキを二人は買ってくれた。


「ハッピーバースデーのプレートつけてもらおうよ」


 椿が言った。僕は手を左右に振って、店員さんに拒絶の意を表わした。


「あの、いいです。要らないです」

「なんや、おもろないなぁ」

「二人とも、本当に祝う気ある?」


 二人はクスクスと笑った。いつもこんな感じだ。けれど、振り回されていることに嫌悪感はなかった。彼らは僕を強引に連れ回すことはすれど、人格を傷つけることはしない。分別をわきまえているのだ。そうでなければ、ノートをコピーさせた時点でこの付き合いは終わっていただろう。

 椿が大事そうにケーキを抱え、僕の住むマンションまで向かった。大学からは、ほど近い距離にあった。


「おじゃましまーす」

「さすがアオちゃん、今日も片付いとうなぁ」


 僕の部屋に入ると、雅司も椿も遠慮無くくつろぎ始めた。ここに彼らを入れたのはもう何度目だろうか。椿などは、勝手に本棚から小説を取って読み始める始末だった。雅司は僕の恐竜コレクションをいじっていた。


「じゃあ、つまみ作るから」

「はぁい」

「よろしくー」


 僕はキッチンに立った。

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