05 二人

 最寄りのスーパーに着いた。僕は七瀬さんに聞いた。


「何食べたいですか?」

「何でも。葵くんにお任せ」

「それじゃあ、適当に作りますね」


 僕は買い物カゴを持ち、まずは肉の売り場に行った。鶏もも肉がいつもより安い。メインはこれにしよう。豚バラ肉も一応買っておいた。こっちは冷凍して後で使おう。

 それから、野菜売り場に行き、タマネギとシメジを買った。味付けはどうしようか。ケチャップがけっこう余っていたはずだ。うん、あれにしよう。ついでに食パンもカゴに入れた。

 会計と袋は七瀬さんが持ってくれた。部屋に戻った僕は、早速料理を始めた。七瀬さんはというと、ノルウェイの森を読み始めていた。


「のんびり待っとくよ」

「そんなに時間はかかりませんよ」


 具材を一口大に切り、バターで炒めた。その間に、調味料の準備だ。ケチャップ大さじ三。酢大さじ三。砂糖大さじ三。醤油大さじ二。これが、僕の見つけた黄金比だ。

 平行して、冷凍してあった米を二つ分、電子レンジで解凍した。みそ汁も作っても良かったかもしれないが、七瀬さんの食べる量がわからなかった。パッと見痩せているし、そんなに食べない人なのかもしれなかった。

 出来上がった料理を皿に盛り付け、米と一緒にローテーブルに置いた。


「鶏肉の甘酢炒めです」

「おおっ、美味そう!」


 七瀬さんは、米と交互にかきこみながら、満足そうな笑みを浮かべた。


「うん、美味いよ。甘くて美味しいな」

「ありがとうございます」


 他人のために作る料理はいいものだ。僕も自然と顔がほころんでいた。僕が後片付けをしている間、また七瀬さんは小説を読んでいた。


「けっこう内容忘れてるな。初めて読む小説みたいだ」

「ふふっ、そうですか」


 僕の作業が終わると、七瀬さんはベランダを指した。また一緒にタバコを吸った。僕は彼に質問した。


「なんでこのタバコなんですか?」

「俺、七月七日生まれなんだ。名前にも七が入ってるし、数字にはこだわりあってね」

「そうなんですね」


 年齢を聞くことは何だかはばかられた。昨夜の会話からすると、三十代半ばということなのだろうか。確かにそのくらいに見えるときもあれば、もっと少年っぽく見える瞬間もある。不思議な人だ。

 タバコを吸い終わると、七瀬さんは小説を手に持って言った。


「じゃ、そろそろ戻るな。これ、借りとく。美味しいご飯ありがとう」

「あっ、はい。あんなのでよければ、いつでも作ります」

「ありがとう。これから隣人として、飲み友達として、よろしくな」

「友達……ですか」


 僕はその言葉にうろたえた。


「そうだよ。じゃあ、葵くん、またな」


 七瀬さんは出ていった。僕は長い間、玄関に突っ立ったままだった。友達。七瀬さんの方がそう言ってくれたのだ。まあ、彼は僕よりもずっと大人だ。深い意味は無いのかもしれない。だから僕は、それ以上思考することをやめ、他のことをすることにした。大学図書館から借りたままだった本があることを思い出し、ベッドに寝転んで読みはじめた。

 本を読みつつ、何回かタバコを吸った。残りが少なくなってきたので、いよいよ自分で買いにいかなければならない。僕は下調べした。セブンスターには、柔らかい紙包装のソフトと、固い箱のボックスの二種類ある。七瀬さんからもらったものはボックスだ。

 僕はコンビニへ行った。真っ直ぐレジに向かい、目的のものを探したが、すぐには見つからなかった。数が多すぎるのだ。番号は百をとうに超えていた。仕方が無いので、僕は店員さんに言った。


「セブンスターのボックス、一つ下さい」


 店員さんは五十三番のところからタバコを取り出した。五十三。覚えておこう。僕は画面の「二十歳以上」のところをタップして、六百円を支払った。けっこう高いな、と思ったので、僕はそれを温存することにした。

 僕は今はアルバイトをしていない。さすがに一回くらい労働の経験がないとまずいか、と思い、単発の倉庫作業のアルバイトをしたことはあったが、それだけだ。無駄に人間関係を作りたくなかったのが理由だった。

 でも、七瀬さんは違う。お酒とタバコ。それに隣人。十分すぎるほど整った関係性だ。それに小説まで貸した。今頃彼は続きを読んでいるのだろうか。そこまで考えたところで、お腹がすいてきた。

 僕は納豆とメカブとキムチをご飯の上に乗せて食べた。昼食のボリュームがあったので、これくらいで良かった。洗い物をしてシャワーを浴び、ベッドの上に寝転がった後、明日からの授業のことを考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る