04 初めての朝食
さて、これからどうしようか。日曜日の午前中。僕も特に予定はない。考えていると、お腹がすいてきた。僕は朝食をキッチリ取る派だ。なので七瀬さんに言った。
「あのう、これで失礼します。朝ごはんも食べたいので……」
「朝メシ? ああ、うちにはろくなもん無いや。買いに行く?」
あれ? なぜ一緒に食べる流れになっているのだろう。僕は言った。
「うちなら、トーストとかありますけど……」
「マジで? 俺、何か食いたくなってきた。葵くんの部屋、行かせてよ」
そういうわけで、今度は僕の部屋に行った。友達がよく来るから、片付いてはいる。七瀬さんは僕の部屋を見て言った。
「同じ間取りでもこうも違うのな。すっげーオシャレじゃん」
「そうですかね?」
僕の部屋の家具など、安い所で揃えたものばかりだ。確かに七瀬さんの部屋と比べると物は多い。本棚が占領していてソファは置けなかった。
七瀬さんが、パソコンデスクの上に乗せていた恐竜のフィギュアを手に取って言った。
「アロサウルスだ」
「よくわかりましたね。子供のときの玩具、捨てられなくって」
とりあえず、二枚残っていたトーストの上に、チーズとハムを乗せてトースターで焼いた。七瀬さんは、ローテーブルのところで床に座って待っていた。
「できましたよ」
「おっ、美味そう」
七瀬さんがかじりついている間、僕はインスタントコーヒーを淹れた。本当はコーヒーメーカーもあるのだが、時間がかかると思ったのである。
「美味い。マジ美味い」
「乗せて焼いただけですよ?」
僕もトーストを食べた。何てことの無い、普通の味だ。七瀬さんは言った。
「やっぱり、誰かに作ってもらうメシはいいもんだな。例え乗せて焼いただけだとしてもさ」
「そういうものですか」
あの部屋を見る限りだと、七瀬さんはろくに自炊をしていないのだろう。僕は違う。料理が趣味だ。大学生の一人暮らしとしては多すぎるほどの調理器具を持っていた。
七瀬さんはトーストを食べ終わり、コーヒーを飲むと、僕に言ってきた。
「なあ、ラインとか交換しとかない?
何かのときにさ」
「ええ、いいですよ」
樫野七瀬が友だち一覧に追加された。彼のアイコンは初期設定のままだった。僕はというと、実家で飼っている文鳥だ。彼はそれに突っ込んできた。
「この子、何て名前?」
「シナモンです。シナモン文鳥っていうんですけど、そのまんまです」
「へえ、俺、鳥とか飼ったことないんだよな。可愛い?」
「それなりに懐きますよ」
実家へは、今年の年始に帰ったきりだ。両親からも特に連絡が無いし、来年の年始にまた帰ればいいだろうという風に思っていた。
シナモンは、僕の母親に一番よく懐いている。一緒にいる時間が長いから、自然とそうなるんだろう。何だかシナモンに会いたくなってきた。七瀬さんは言った。
「俺んちは昔、猫飼ってたよ。やんちゃな奴でさ。壁紙とかもうボロボロ」
「猫は大変そうですよね」
「いつの間にかいなくなったよ。猫は死に際を見せないっていうからさ。天国でも元気にやってるんだろうな」
七瀬さんは目を細めた。それから、僕に言った。
「葵くん、今日の予定は?」
「特に無いです」
「暇してんなら、昼にどっか食いに行こう。やっぱり、独り身が長いと、誰かとメシ食いたくなるんだわ」
そんなことを言われては、断れるはずはなかった。僕たちはもう一本タバコを吸った。
「それ、やるよ。俺カートン買いしてるから」
「はい……」
セブンスターの箱が僕の手に収まった。七瀬さんはついでにライターまでくれた。喫煙者になる気は無かったのだが、染まるのも悪くないと思った。
そして、七瀬さんは僕の部屋の本棚をじっくりと見てきた。
「文庫本ばっかりだな。文学部?」
「いえ、商学部です」
「本、好きなんだな」
料理と並んで、読書も趣味だ。ここにあるのはほんの一部で、実家を出るとき厳選してきた。大学の図書館で借りてみてから、やっぱり良いと思って自分で買ったものもあった。
七瀬さんは一冊の本を手に取った。
「これは俺も読んだことあるよ」
「ノルウェイの森、有名ですからね」
村上春樹の著書ならあらかた読んでいた。僕の好きな作品はまた別のものなのだが、七瀬さんがパラパラとめくりだしたので言うのはやめておいた。
「俺、どうも主人公に感情移入できなかったんだよな。読んだの大学のときだけど。今読んだら変わるかな?」
「良ければ貸しますよ?」
「いいの? じゃあそうする」
昼食まではまだ時間があった。どう時間を潰そうか考えていたら、七瀬さんがあれこれ質問をしてきた。
「何で商学部なの?」
「就職に有利かと思いまして。それだけです」
「簿記とか取ってる?」
「はい。日商簿記の二級は取りました」
「ゼミとか入るの?」
「いえ……考えてないです」
もう一杯コーヒーを淹れるのも多いかと思い、僕は紅茶をふるまった。安いティーバッグのやつだが。そして、思い付きで僕は言った。
「良ければ、昼ごはん僕が作りますけど」
「マジで? 食いたい」
「食材無いんで買いに行っていいですか?」
「じゃあ一緒に行こう」
そんなわけで、男二人でスーパーに行くことになった。
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