第4話

「ちょぉ、待て」

「え?」

「あかん、待っとけ」

「え?」

「てか、ごめん」

 そういって一度だけぎゅっと抱きしめてすぐに離して腰を上げた。


「待ってて」

 それだけ言って慌てたように部屋を出て行く。拍子抜けした私はただ言われるがままだ。雨の音が強くなっているのに、芹沢はどこに行ったのか。


「あかん?何の話?」

 芹沢は、私が処女だとわかって引いてないのか、やりにくいと言われた答えがわかって面倒になって部屋を飛び出した?


 雨の音が強く窓を叩いて心配だ。お風呂まで入ったのにまた濡れて帰ってくるのか……そう思っていたら玄関の鍵が開く音がして、予想通り濡れた芹沢が息を切らして戻ってきた。


「芹沢、濡れて……タオル」

 思わず駆け寄って手元に持ったままのタオルを差し出すと受け取られた。


「ありがとぉ」

 関西弁の芹沢のありがとぉ、語尾が丸く伸びる感じがとても好きだ。


「どこ行ってたの?」

「コンビニ……使いかけとか絶対使いたない」

 芹沢が言う。


「茜、まだ処女なんやろ?あいつと最後までヤれてへんのやろ?そうやんな?」

 矢継ぎ早に聞かれてとりあえず頷く。


「聞いてへん、そんなん、そんなわけあると思わん……マジびびった、ここ最近で一番びびって、一番感動やわ」

「感動?」

「茜が処女……やばい、それ。もっかいシャワーする、待ってろ」

 どこか興奮した芹沢がバタバタと脱衣所に消えたと思ったら一瞬でシャワーを終えて出てきて、濡れ髪オールバック、色気倍増、瞬間でときめく。


「あ?」

「ぬ、濡れてるよ?髪……」

「どーでもええわ。それよりこっち」

 グイッと手を引かれてベッドに座らされた。横に座る芹沢が近い。顔が近い。見つめられるとその目の中に自分が映って、それがわかるくらい、近い。


「さっきはごめん。怖がらせたよな?もうそんなんせん、ごめん」

「ぇ」

 一瞬なんのことかわからなくて変な声になった。


「ちょぉー、何やの、めっちゃ可愛い声だすやん、やばぁー」

 そのまま抱きしめてチュッとキスされた。


「ん!せり、せりざわ?あの、ぇ、え?」

「お前が処女とか……なんで?」

「それ、は……」


 初めてのその時あまりの痛さと怖さに泣いてしまった。

 相手は気遣って慣れるまで挿入は待とうと言ってくれた。

 触れ合うことはある、気持ちいいと感じることはある、でも最後までいけない。

 向こうも構えだした、怖がらせたら、そんな思いはきっと最初だけ、だんだんその気がなくなってきている気配を私なりに感じたから、言った。


「痛くてもいいからして」

 でも。


「そんな風に言われて出来ないし、痛い思いさせられない」

 優しい言葉だ、けど相手は萎えていたのだと浮気された時にやっと気づいた。



「痛くてもいいからして?」

「……だって、悪いし」

「あん?」

「我慢させてるの申し訳なくて」

「おっそろしいこと言うな。そんなん男によったらほんまに犯すヤツおるぞ」

 恐ろしい言葉を芹沢が淡々とこぼす。



「痛くて怖かったん?なら、ゆっくりしよぉな」

 耳元で囁かれて身体が震えた。

 芹沢の甘い声が、全身をくすぐる様に伝うから下半身がギュッとなる。


「ほ、本気?」

「本気。家引っ張ってきた時から本気やったけど、お前が処女ってわかったらもう無理や」

「む、無理?」

「一箱で足りひんかもと思って二箱買ってきた。安心して?」

 ニコッと微笑まれてポカンとする。


「箱?」

「そのなんも気ぃつかへん感じがクソ可愛いな、お前」

「可愛いって……やりにくいって言われたんだよ?それって面倒で嫌だって、そう言うことだよね?」

「やりにくいってわけわからんよな、もう考えんなや、あんなアホの言葉。面倒で嫌とか俺は全く思わんし、思ったこともないわ。処女ってわかったからって萎えることかてないで?」

 真っ直ぐに言われて本音は泣きそうだ。あの時だってそう。心の中では泣いていたんだ。そんな私を黒い瞳がジッと見つめている。何も言わず、静かに見つめられると胸の鼓動だけがやたら身体中に響くが、それごと腕の中に包まれた。


「俺んこと怖い?」

 包み込まれる。


「……こわく、ない」

「ドキドキしてる」

 優しかった芹沢の腕の力がギュッと強くなって胸の中に押し付けられる。それに息が詰まりそうになった。


「捨てんよ」

 耳元で芹沢が囁いてくる。


「俺がずっと面倒みたる」

 鼓膜を震わすような低くて甘い声がそんな風に囁くから心臓が大きく跳ねた。


 尋常じゃない胸の高鳴り。抱きしめられてるだけで息が止まりそうだ。


「ぁっ……んっ」

 思わず漏れた声に芹沢がクスリと笑った。


「無意識にそんな声出すなや。俺めっちゃ耐えてんのに、アホなんか?もぅめっちゃ可愛ぃやん、声もなんでも可愛い……頭ん中、俺のことばっかにしよか」

 俺はもう、茜のことばっかりやで――そんな言葉を脳内に響かせる。



「お前の処女、俺にちょうだい」

 ぎゅうううっと抱きしめながら芹沢が言う。その言葉に返すように芹沢の背中に手を回した。


 痛みの中でも包まれて包み込んでしまうあたたかさが心地よくて……怖さも痛みもその感覚が意識と一緒に飛んでいく。徐々に薄れる痛みと怖さがなくなったのはきっと芹沢の告げてくる言葉のせいだ。


「あかねー、俺んこと好きって言うてやぁ。なぁ、俺が好きって、俺しか好きやないって、俺だけやって言えや、はよぉ、なぁ、言うて?」

 縋るようにそう言っては抱きしめてくる。


「茜が好きや、ずっと好きや。誰にもやりたくなかった、あんな奴に渡したなかった」


 こんなの知らない。

 こんな風に求められるのは初めてで応えたくなる。


「……き、す、すきぃ……んあ、せり、ざわ、好きだよ、好き……わたしだけで……いて」

「お前だけ言うてるやん。もう、誰にもやらん。茜のこと絶対離さん、俺の傍にいろ」

 そう言ってくちびるを重ねられた。



 ―――



―お前のこと離せん。


 優しい声、囁くように耳元で芹沢は思いを溢してくる。


―このままずっとずっと奥で繋がらせてよ。

―もう離れたない、今みたいに茜がずっと俺に絡み付いてて欲しぃんや、なぁ、もっと、もっとってなって。


 芹沢は束縛嫌いで執着なし。

 そうじゃなかった?


―お前が俺のもんやって他の奴らがちゃんとわかるもん……なぁ?茜、なんかない?やっぱり首輪かなぁ。


 芹沢の言葉と動きが止まらない。強く、どんどん強く押し付けるような動きに息を吐くだけで精いっぱいで。

 芹沢のそんな囁きは、もう私には届かない。ただ求められる芹沢の思いを身体中で受け止めて気を失った。



 目覚めたら芹沢のベッドに寝転んでいた。


「おはよぉ」

「……お、はよぉ」

「だから、可愛いな、その下手くそな関西弁」


 見渡す部屋もベッドも何かあったと思えないほど整っているから夢だったのかな、と思ってしまうが、全身の疲労感と倦怠感はどうも夢ではなさそうで。


「なん?」

「う、うん……なんか夢か現実かよくわからなくて」

「もっかいしよか?」

 言われて絶句したら芹沢はニヤリと笑う。


「まぁええわ。しんどない?」

「……うん」

「ほうか、ならヤる?」

「……うん、え?!しないよ?!」

「今うん、言うたな」

「やら、やらん!やらんて!!」

 手をついてベッドによじ登ってくるから全身で芹沢の身体を押し退けた。


「だからぁ、お前のその下手くそな関西弁可愛いんやて、あかん」

「芹沢ー!なんか、なんか違う!思ってたんと違う!!」

「なんや、思ってたんとちゃうて」


 あんなに女の子に素っ気なくて怠そうな芹沢はどこに行ったのか。

 めちゃくちゃ絡むししつこいし可愛い連呼するし、なんだろう。


 ――甘い。


「ほんな逃げんなや。腹減ってるやろ?飯あるよ?先食う?」

「え、く、食う」

 ご飯まで作ってくれた?嘘でしょ。

 洗濯して、ご飯も作って、こんな甲斐甲斐しく世話をされて余計戸惑う。


「せ、芹沢?なんか、やっぱ現実味がないな」

「なんなん?さっきから」

「芹沢って彼女にこんな感じ、なの?」

「こんなて?」

「ご飯とか構ったりとか」

 戸惑いながら尋ねるとシラッとした目で見つめられて衝撃の言葉を言う。


「そもそも部屋入った女お前が初めてやわ」

「へ?!」

「絶対嫌や、知らん女が自分のベッドで裸になるとか気持ち悪過ぎる。無理」

「ええ!?」


(私、裸ですけどぉ!しかも多分汚してそれを芹沢に後始末までさせて綺麗なシーツで寝てたけどおぉ!!)



「私、芹沢に無理すぎることをさせてない?」

「全然ない、そういう嫌悪感。むしろ俺の手でなんでもしたい感じ?」

 芹沢はそう言って私をベッドから起こして手を引いてキッチンカウンターの椅子に座らせた。


「生き物飼ったことないでなぁ……死なせたらかなんし、大事にせんと」

「へ?!」

「無責任な飼い主なんやろ?俺って。茜にはそうなりたないでさ、逃さんようにしっかり躾けて飼い慣らさんとな」

 耳元でそんなことを囁かれてベロリと耳の中を舐められた。


「ひゃう!」

「可愛い鳴き声、よそで鳴いたらお仕置きやぞ」


 芹沢に気に入られて飼われるのは大変で、思ってる以上に厳しそうだけど、でも誰よりも幸せになれるかもしれない。

 そんなことを思った。



 end

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無責任な飼い主 sae @sekckr107708

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