第43話 自由行動、変わる心情

 クラス行動はクラス行動で充分楽しいものがあった。


 歴史的建造物を眺めるのは、嫌いではない。人類の軌跡を辿るだけで、感じるものはすくなくない。


 あくまで修学旅行なのだから、この段階で巡るのは真面目なところばかりだった。観光地であることに変わりはないのだが。


 自由時間になったのは、昼飯を食べてからだった。夕方までに宿に戻ればいい。それが教師陣からの指示だった。


『あのモニュメントの前で落ち合いましょう?』


 リカからのメールである。修学旅行のしおりの時間はきっかし、クラス行動が終わるやいなやのものであった。さほどクラス行動は楽しくなかったのだろうか、などと余計な心配をしてしまうものだった。


 モニュメント前での待ち合わせとあって、またリカに先回りされていると思いきや、俺が先に着いた。


 どうも、クラスで解散するのがいささか遅くなったらしい。


 他の学友が辺りにいることはなかった。リカは人通りのすくないところを選んだらしい。下調べの成果とでもいうやつだろうか。


「お待たせ!」


 手を振りながら、リカは走ってきた。


 勢いよく抱きつくものだから、俺は後ろにのけぞりかけた。そうせざるをえなかった。


「だいぶ気を揉んだみたいだな」

「私がメールを送りたくなる衝動を抱くくらいにはね」

「さっそく自分のネタにしているじゃあないか」

「失敗すらも自分のものにするっていうのが、私の信条だから」

「信条が多いね」

「信条がひとつだけとは限らないし、増減するものなの。すくなくとも、私の場合は」


 俺の首をしっかりと腕でホールドしながら、リカは話していた。


「わかった。だから、いったん離れるという選択を取ってくれないものかな? 苦しくて息が止まってしまう」

「ごめんごめん」


 腕が緩み、呼吸が戻った。一時的に息が荒くなる。


「よしてくれよな、感情を露にしたい気持ちは、よーくわかるんだけど」

「そうだよね。マサくんの息を苦しくするのは、決して物理的な手段を講じてと限ったものではないものね」

「なんだかずれている気がするが……まぁいいとしよう。せっかくの自由行動だ。いまはとことん楽しむとしよう」

「うん!」


 リカは陽気と表現するほかなかった。


 計画というものは、とっくに詳しく立っていたようである。こちらから組むべきだったのだろうが、リカが修学旅行の予定表以上に細かいスケジュールを組んでいたのだ。


 リカの情熱を上回るのは至難の業だ。得意分野で分業すべきだという考えを取り、俺はリカの計画に従うことにした。


 予定表はリカのスマホにデータとして納められていた。それを見ながら、ある疑問を口にした。


「もし計画が崩れたらどうする? 店が臨時休業、どこかでいきなりの工事。列車の遅延。妨害要素はいくらでもある」

「そのくらいのことは私の手のひらの中。計画がひとつだけとは、誰もいってないの」


 他のファイルが開かれる。予定表はひとつではなく、複数あった! それ以外にも行きたいものの候補が上がっていた。


 完璧、徹底的な下準備。感激する。俺が考えたのはあくまで最低限のプロット程度のものだった。その例でいうなら、リカはストーリーまで丁寧に仕上げていたわけだ。


「こりゃリカに一本取られたどころの騒ぎじゃなさそうだね」

「いいの。マサくんと私の中で、勝ち負けなんてたいした意味はないの」

「グリコで全敗したときには、ちょいとそうもいってられない気持ちになったもんだけどなぁ」

「あれは、勝負でもなんでもない。マサくんの手の動きや出す手の予測なんて、長年のデータと一瞬の反射神経でどうにかなる」

「リカは超人じゃないかと思うよ」

「そんなことないよ。マサくんに対してだけ」


 たとえ対象が俺だけだとしても、リカが常人をはるかに上回る力を有しているのはいうまでもあるまい。


 人ならざらぬ人。矛盾している言葉だが、リカにはそれが似合う面もあるのだ。


 突出したところが、俺や周りからの恐怖を誘っている。常人として踏みとどまれるラインを超える。それは一種の執念だ。ヤンデレってのが甘ったるい言葉になってしまうレベルだ。


「いこうよマサくん。そろそろ行かなきゃ。正確には――」

「おっと、せっかくのプラン・ワンを早々に崩すのはもったいないってもんだ。いこう」


 リカとのふたり旅が始まる。

 ここについて、詳しく語ることはしない。


 それほど、あっという間の時間だったということは間違いのないことだ。細かいところまで、リカは俺のことを知悉していた。


 いきたいところ、食べたいものまで徹底的に把握されているものだから、もうひとりの自分といるんじゃないかって錯覚さえあったね。


 俺はリカ、リカは俺。その逆も同じ。そんな過去の言葉が、そろそろ現実のものに近づいているんじゃあないかという確信に近い思いがあった。


 ここ最近、俺の気持ちは不安定極まりなかった、リカに対しての認識が正負のボーダーラインで不規則に反復横跳びを続けていた。


 木崎の取り巻きさえ「正義の鉄槌」なるものを下そうとしていたのである。暴力なんて考えない性格だったのに、どうもおかしいものだ。


 怒りの矛先を向ける相手がいなくなったいま、リカとまっすぐ向き合うことになった。きょうの自由行動もその一環だ。


 紆余曲折あったが、やはり俺は、リカから離れられないんだろう。自分に降りかかる不幸というものを取っ払えるのは、リカしかいない。


 そして、一緒にわかちあえるのもまた、リカなのだ。


 心の奥底のどこかで、自分を引き留める微かな声が聞こえる。しかしそれがどうしたというのだ。


 いまさら、罪を一緒に背負ったリカと離れるわけにはいかない。そして、離れたくない。どんどん自分の世界をリカだけのものにしてほしい。


 あぁ、思考さえもリカに侵食されている!


 これ以上、俺たちの物語はなしをしていても仕方ないというものだろう。


「さぁ、宿に戻りましょう?」

「もちろんだよ」

「夜は――もちろん、一緒だからね♡」

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