第42話 マサくんとだけの世界を目指して【凛花side】


 * * *


 自分の送ったメッセージが三桁を超えたのを客観的に振り返ったとき、私は救いようのないヤンデレであると再確認した。


 マサくんへの愛情は、止まることを知らない。熱い口づけの感触は、いまもしっかりと残っている。思い返すたび、体が火照る。


 思い返してみれば、木崎という目障りな女を取っ払ってからというもの、燃え上がる一方だ。


 木崎への対応は、やりすぎだったともいえよう。人としてどうなのか。取り巻きさえも、私は鉄拳制裁を下した。白い目で見られかねない行動だ。


 しかし、なにが悪いのだろう?


 私とマサくんの恋路を阻むものは、この手で排除するまでだ。例外はないといっていい。これまでも、これからも。


「あぁ……返事してよ」


 頻繁に連絡を入れている様子を、周りの子達はすこし引いた目線で見ている。


 クラスメイトの名前は、むろん知っている。でも、思い出す気力も湧かない。クラスメイトA、Bといった別の名称で認識している。


 私の世界において、私とマサくんこそが主人公なのだ。それ以外はモブでしかない。有害なモブか、無害なモブか。そのくらいの違いだ。


 ようやく、私たちの世界を阻むものが消え失せた。それまでは我慢の日々だった。マサくんの巻き込み体質が、目障りな害虫を寄せ集める。


 もうしばらくは心配ない。そうであってほしい。私の色へとすっかり塗り替えられているのだ。悪い虫は寄ってこない。


「上里さんは、なにかお話ししたりはしないの?」


 苦笑いして、隣の子が声をかけてきた。愛想が悪すぎた。ここ数ヶ月はとくにそうだった。もうすこし、クラスの子と最低限の関係を築き上げるだけの温情はあった。


 いまは見る影もない。他の子に見向きもせず、マサくんとの世界に浸っていた。クラスという枠組で見るまでもなく、付き合いの悪い子である。


「そうよね、ちょっとお話ししましょうか?」


 できないわけではない。するのを控えていただけだ。私の頭の中に、マサくん以外が侵入する余地を作りたくなかった。


 いまさらながら、穏やかな笑みを浮かべる。気を遣わせているけれど、まるで無視するよりかはいい。


 他愛のない話しをしながらも、脳内ではマサくんとのこれからに期待を膨らませるばかりだった。


 前よりもずっと、マサくんに取り込まれている。マサくんを虜にするつもりが、かえって私が虜になっているんじゃないだろうか。


 ミイラ取りがミイラになる、とことわざはいう。私とマサくんの場合、お互いがミイラでもあり、ミイラ取りでもあるのだ。


 たとえを変えたほうがいい。お互いに肉食獣であり、捕食対象なのだ。


 いずれ、互いの肉を食い尽くす。自分の肉が減りながらも、相手の肉を食らっている。肉と肉が混ざり合い、私とマサくんとの境界線が重なっていくのだ。


 それこそ私の理想系である。私がマサくん、マサくんが私。その極致だ。


 果たして、たどり着けるだろうか。


 適当なところで、私は会話を切り上げた。マサくんが通知に気づいたのだ。新幹線の連結部で落ち合うことにした。


「ちょっとお手洗い、いってくるね」


 席を立ち、号車を後にする。ヒソヒソと、私の不満が漏らされているのが聞こえた。あてつけだろうか。


 気にすることはない。私にはマサくんがいるのだから。



 壁にもたれて待っていると、マサくんはやってきた。かっこいいのは当たり前だとして、この頃顔つきが似てきている気がする。


 一緒にいる時間が長いからだろうか。ペットと飼い主が似てくる、というのはよく聞く。


 私がメッセージにのめり込みすぎたことを謝った。マサくんが怖がっているみたいだったから。本当はしたくて仕方ない。


 語りすぎると言葉は軽くなる。でも、抑えきれぬ思いを表出させるには、多くの言葉が欠かせない。ジレンマだ。


 マサくんには、どこか煮え切らないところがあるように見えた。ここまで盤面を整えてきて、なお懸念点があるというのは、悔しいところだった。


 ふたり乗り自転車のときに、数分間ずっと喋り続けたり、きょうのようにメッセージを送りまくったり。明らかに異常だ――マサくんに怖がられ、不審がられてもおかしくない。


 しかし、いずれはマサくんもわかってくれる。もしダメだとしたら、私は終わりだ。マサくんに認められなかった時点で、生きる価値は半減どころの騒ぎではない。


 マサくんが去ってから、私は自嘲せざるをえなかった。なんて重くて面倒な女なのだろう。どうして依存がやめられないのだろう?


 おかしくて、笑うしかなかった。やっていることはいつも延長線上なのに、霧の中に放り込まれたような感覚。正しい方向がわからなくなる。


 そんな私の顔を見て、隣の子は怯えていた。相当、不自然な表情だったのだろう。


 私は、クラスの子からだいぶ見放されているはずだ。こんな様子じゃ、いずれ誰も寄り付かなくなる。


 どんどん人が去っていき、好意や親切心で近づく人が消えていく。


 そうすれば、やはり私にはマサくんしかいなくなる。


 自分の、はたから見れば不快で不可解で、見ていられなくなる行動というのは、一種の自傷行為とさえいえるかもしれない。


 あえて人に嫌われるような極端な行動をとる、という縛りを設ける。そうして、自らマサくんとだけの世界を構築しようとしているのだ。


 もう後戻りはできない。すくなくともこの高校にいる間は、私の周りから人が去る一方で、孤立もやむなしだろう。


 それでいい、いやそれがいい。


 私をこんなふうにしたのは、全部マサくんのおかげなんだよ?


 十数年のときを経て、マサくんへの愛は巨大な呪いへと成長した。私のみならず、マサくんまでもを滅ぼす呪いだ。


 私はこれから堕ちていく。地に落ちるのではない。帰ってこれない、堕落への道をとるのだ。


 そこにもう、迷いがあってはならない。


「待っててね、マサくん……♡」


 私の心は止まらない。ブレーキが制御できなくなった、暴走列車と変わらない――。

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