第41話 リカの病みは加速する

「お待たせ」


 リカは背を壁にあずけ、やや斜めに立っていた。


 体をまっすぐに立て直して、リカは口を開く。


「ちょっと長かったよ。まったく返事もしないでさ」

「出るに出れなかったんだ」

「心配して三桁くらいのメッセージを送っちゃったじゃん」

「僕としては、三桁のメッセージを送るリカのことこそ気がかりだったよ」


 マサくんのことだから、といつも通り流してくれると思っていた。数回メッセージをしても返信がなければ、そういうことなのだろうと。


 今回はそうもいかなかったのである。絶え間なくメッセージが通知欄に表示されていた。凄まじい勢いだった。


「さすがにやりすぎだったと、反省してる。でもさ、感情が暴走しちゃったの。体の中に染みついた理性と規律とかが吹っ飛んじゃって、ハイになってる感じ」

「だいぶ手をつけにくい状況じゃあないか」

「ちょっと怖いくらいよ、私も。でも、酔いは簡単には醒めない。時間がかかる。気をつけはするけど、制御しかねないとこもでるかもね」


 リカのクラスの車両のドアから生徒が出てきた。トイレに用があったらしい。


 生徒が来るや否や、俺は他人のふりを決め込んでいた。本能のようなものだった。別に隠すことなんてないというのに。


「いまさら隠してもどうにもならないよ?」

「頭でわかっても、体がいうことを効かなかったんだ」

「マサくん、そうなの。私の状態がまさしくそれ」

「取扱厳重注意ってか」


 うん、とリカは頷いた。


 気持ちには当然波がある。リカが暴走という波に飲まれているとわかったのなら、理解して動かねばならない。


 そんなリカを受け入れるのも拒否するも俺の裁量だ。否定するつもりはない。このままリカが止まらなければどうなるのか、興味はある。ないとはいいきれない。


「わかったなら、そういうことだから」

「リカの気持ちはオーケーだ。しかしまあ、連続でメッセージとか着信を入れるのはアウトだ。差し止め願う次第だよ」

「長いよ、マサくん」

「一時間なんて。たったのアニメ二本分、ドラマ一本分じゃあないか。俺とコミュニケーションを取らずとも、生きていける」

「いけないと思ったから、連絡を試みたんだけど」

「いけることにしてくれ。待つことも、時には必要なんだ。合わない時間が育てるものもあるっていうじゃあないか」

「だよね、マサくんのいうとおりだ。待つ時間も楽しんでみるよ」

「納得してくれてなによりだ」


 リカは決して馬鹿じゃあない。頭が俺より圧倒的にいいわけで、説得すればわかってくれるところが多いはずなのだ。


 いちおう落ち着いたらしい。リカは頬を緩ませた。力が抜けたのか、危うく床に倒れるところだった。すぐに手で背中を支えたのでことなきをえた。


「やっぱり疲れてるよ、リカ」

「認めないといけないみたい。座席でぐっすり眠るかも」


 瞼を重そうにしていた。目を擦りつつ、リカは自分のクラスの号車へと戻っていた。手を振って見送りながら、俺もまた戻っていく。


「お話しは楽しめたかな?」

「まあね」


 七瀬の詮索を、軽くあしらっておいた。一度会うことが必要だったのだ。顔を見るだけでいい。ただそれだけだった。


 ここまでの依存度を見ると、少々危うさを感じる。いまは疲れ切って眠気マックスだからいいものの、そうでなければ話は変わりかねない。


「どうも合点がいかないな。はたから見れば、あんたは幸せもんだ。であるのに、なぜもっと喜びを露にしない?」

「充分うれしいし、表に出していると思うんだけどなぁ」

「正俊が思うならそうかもしれない。ひとつ、一介のクラスメイトからいわせてもらうと、まだ迷いが見えるんだ」


 迷いなんてものがあるのだろうか。排すべきものは排したわけで、残るは俺とリカでしかないわけだ。


「なにも、不満ゼロでいられるほど世の中甘くないだろう。それでも、正俊の中で腑に落ちてないところがあるようで仕方ないんだ。俺の意見は以上、反論は?」


 異論なし、というのが四人席内での三人の意見だった。


「なるほど、君たちの考えはよーくわかった。いったい腑に落ちていない原因がどこにあるか、じっくり探してみることにするよ」

「応援してるぜ」


 三人同時にサムズアップをされても頭をかいて誤魔化すくらいしかできない。


 正直、いまのリカはちょっと怖い。グイグイくる感じに、息が詰まらないといえば嘘になる。


 が、耐えがたいとはいわない。嬉しさが半分以上なのだ。


 ここが分岐点なのだろう。リカの愛情を受け入れるのか、拒否して退路を取るのか。二択とはいわないが、考えるところではある。


 その判定を、修学旅行に頼んでもらう。心の様子を映し出すための、触媒になってもらう。


 迷ってなんぼのものだ。俺にとってふさわしい幼馴染なのか、ゆっくり見定める。違和感を抱き続け、不和が生じるのはごめんだ。早々に違和感に向き合う。それだけだ。


 リカのことはいったん頭の片隅に置いた。座席の近い四人で、トランプでもして時間を潰していた。旅のときのカード遊びが格別であるのを、俺は身をもって体感した。



 何駅か通り過ぎるアナウンスを聞いた。次が目的地、とのことらしい。


 荷物をまとめ、これからの流れを考える。数時間は、クラス単位での動きになる。リカとは合わない。しばしの別れは続く。

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