第39話 修学旅行前夜

「修学旅行中はマサくんと一緒だからね?」


 屋上から校内へと戻っていくとき、リカは念を押した。


「いうまでもないだろうに」

「確かめたかっただけ」

「リカと巡らずにどうするってもんだろう?」


 例の一件が終わった。おかげで、ふたりのことだけを考えられる。むろん木崎取り巻きトリオのような妨害がゼロとは断言できないが、おおかた終わったといっていい。


 修学旅行は、リカと過ごすには最適だ。メリットについては考え尽くした。いまさら思い返すまでもない。


「計画、びっしり立てておいたんだ」

「おっ、教えてくれるのかな」

「秘密。当日までのお楽しみだからね」

「もったいぶるなぁ」

「サプライズを届けたいの。私は望んでるの。絶対に予定を知っておきたいっていうなら、その限りじゃないけれど」

「待っておくよ。楽しみにしてね」


 リカからのサプライズは楽しみすぎる。断る理由などない。


「じゃあ、そういうことだから」


 高いトーンで、きびきびとした動きをするリカ。らしくないことに変わりはない。気にするべきでないと思っても、無視できなかった。


 俺は、あのハイライトの消えた目を求めているのだろうか。俺の周りにたかるうじ虫を払いのけるときの、執念じみた態度が足りないのだろうか。


 捻くれている――いや、捻くれてしまった、の間違いだろうか。


 ふと冷静になると、余計なことばかり悪魔が囁くのだ。お前は、「不憫な自分を救うリカ」が好きなんじゃないのか、幸せなんて君には不適当じゃないのか、と。


「マサくん?」

「悪い、考えごとしてた」

「やけに深刻そうだった。人生の意味でも熟考しちゃったかな?」

「あながち間違いでもないよ」

「困ったら、私を頼ってもいいんだからね。マサくんの味方は私なんだから」


 いっているうちに、下駄箱の方へと出た。変わらない通学路に出て、家を目指す。ただそれだけだ。


 他愛もない会話を交わすたびに、リカの像がぼやけていく。一番わかりあえる相手なのに、ときおり全貌が見えないリカ。


 俺はあいつをどう考えているのか。木崎関係のことがよみがえり、俺もリカも正気を失っていた。そのせいだろう。リカも自分も漠然としているのは。


 こういうときは、決まって疲れている。どうしようもない。久々の徹夜が響いたのかもしれない。


「じゃ、またあした!」

「前日だな」


 修学旅行二日前のこの日、たいしたことはできなかった。飯食って風呂入って寝るだけだった。その方がよさそうだと理解できたし、本能に従っていたら、自然にそうなった。



 修学旅行前日。


 生徒は浮き足立っている。学年全体が、ふわふわとしたムードに包まれていた。例の人物は以前欠席、修学旅行は欠席とのこと。


 そいつの取り巻きは、きのうのことなど忘れたように、いつも通り振る舞っていた。俺を意識することはなかった。


 前日準備という名目だろうか、珍しく午前授業で上がった。引率するとなると、いろいろ大変なのだろう。


「……で、きょうは珍しく我が家だけど、なぜ?」

「私より、マサくんの方が支度大変そうって思って」

「整理整頓が下手っぴだってか」

「それが半分、あとはマサくんを泊めたことにより、荒れてしまった部屋を見せたくない気持ちが半分」

「理解した」


 俺の家で荷造りをさせてほしい、と頼まれたのは放課後。俺の家なんてそう豪華ではないし、あまり人を呼べる状態ではないと思っていた。


 リカがいきたいと駄々をこねたこともあり、我が家が特設会場となった。


「たまにはいいか。いつもリカの家ばかりでは申し訳がつかないし」

「そうだなんだよ! マサくんを呼びたくなっちゃう私も私なんだけど。男子のひとり暮らしだもんね。隠したいことのひとつやふたつあるだろうと思って遠慮してたけど」


 舐め回すような視線で我が家を見渡す。


 リカの家と同じく二階建てになっている。自室は、リビングと同じく一階。生活の大半は一階で過ごせる。


「隠したいこと?」

「年頃なんだし、そういうゲームや本を持っていてもおかしくないかなって」

「そんな欲求不満モンスターではないよ」

「じゃあ、私で満たしてくれてるの?」

「一気に詰める」

「やっぱりそうなの?」

「否定も肯定もしない。そういう話をしても、誰も喜ばないよ」

「私は楽しいの。そういうマサくんの姿を思うと」

「キメ顔でいわれてもなぁ」


 くだらぬ話をしていても仕方なし、ということで、さっそくモノを詰めていく。


「服とかどうしようか……」

「私は決めてる」

「全日分?」

「もちろん。マサくんに色合いを寄せて欲しいから」

「双子コーデ的な。同じのは着れないから、系統を合わせると」


 俺の着る服は、かくいう事情で自動的に決まっていった。リカほどバリエーション豊かな服は持っておらず、似せるといってもいささか無理のあるものもあった。


「これで一致率は半分くらい」

「まだ合わせるのか」

「ワン・アイテム。修学旅行のお土産、まだ持ってる?」


 リカのリュックには、ストラップがついていた。花をかたどったものだ。俺は部屋を漁りまくり、どうにか見つけた。


「一緒に買ったんだったな。これを合わせると」

「そう。修学旅行には修学旅行のものを合わせるの」


 荷造りを進めるたび、入れるものがリカの持ち物に似通っていく。


「だいぶ進んだな」

「よかったよかった」

「こう見ると圧巻だよ、そっくりな荷物セットになった」


 外見は別物だからわからないよ、とリカ。それがいいんだけどね、とも告げていた。


「いよいよあしたね。なんだかワクワクしてきたかも」

「俺もだよ」

「忘れられない旅行にしてあげるから」

「宣言されると恐ろしいってもんだよ。俺も、リカにとって大切な思い出になれるよう努める所存だよ」

「マサくんったら、口が達者になってきたね」

「まだまだだよ」

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