第38話 木崎取り巻き裁くべき
教室に入る寸前まで、リカは離してくれなかった。
通学路を歩くときはまだよかったさ。他学年の生徒もいる。別のクラスの人だって。教室に至るルートとなると、クラスメイトへの遭遇率はぐいっと上がる。
見せつけたい、というリカの気持ちの表れだろうか。そうとしか思えない。リカならやりかねない。
噂を広げられるからどうだ、というものではない。見せつけるような態度が気恥ずかしくなっていた。
「じゃあ、またね!」
手を離すときは割合にあっさりしていた。
おっかなびっくりという心持ちで別れた。教室に入るのがいささか気まずかったのはいうまでもない。
着いたのが遅かったようで、生徒はもう半分以上きていた。ゆっくりじっくり歩いていたからだろう。
「へぇ、長井くん。ラブラブじゃあないの」「楽しそうね」「人生の絶頂、って感じ」
早々に声をかけてきたのは女子トリオである。いわゆるギャル系、いまの自分にとってはあまりそりが合わないタイプだ。
顔は笑っているが、誰も心は穏やかではなさそうだ。三人で束になってじゃなければ話しかけてこない。
知っている。このトリオは木崎の取り巻きだ。
「いやぁ、どうもどうも」
「咲さ、学校きてないんだよね。どういうことだかわかる?」
小声でいわれた。周りには聞かせないという強い意志を感じる。真顔だった。
「さぁ」
「あんただけハッピーになって、咲だけアンハッピーなんて割に合わない。放課後、話があるから」
それだけいわれると、一転して晴れやかな笑顔に戻った。裏表が激しいものだ。
立ち去るのを見て、クラスの男子が寄ってきた。
「災難だったな。木崎の件だろう?」
声をかけてきたのは七瀬だった。
木崎と付き合い出してからというもの、あまり関わりがなかった。さほど交友関係が広くない俺にとって、七瀬は数すくない友人のひとりである。ひょうきんゆえに男子人気は高いのってのが特筆すべき点だろうか。
「お見通しなんだ」
「木崎の取り巻きだってひと目見てわかったさ。しかしまぁ、よく木崎と関わりあいを持ち続けるもんかねー」
「醜態は晒されたんだっけか」
「聞きまでもないだろう? 悪評が広まるのは早いもんよ。ここ数日で、木崎の評判は地に落ちたさ。正俊もまあ、よく付き合いを持ってたよなぁ」
だから最近別れたのさ、とまではいわなかった。木崎の味方が同じ教室にいる以上、下手な失言はよくない。ただでさえ殺気だっているのだから。
「まー、新しいパートナーを見つけられてよかったよ」
「新しくはないけど、いい相手だよ」
「最高にラブラブしてよ。羨ましい限りだ、このリア充め」
軽く背中にグーパンを食らった。
「いってー」
「これぞ嫉妬パンチだ」
「なんもうれしくないな」
「俺がスカッとする」
「ただの八つ当たりじゃないか、まったく」
七瀬との会話はそんなところだった。
他の男子も、俺への反応が見受けられた。
無事に一部の者からはギラついた敵視(?)を受けるようになった。あたたかい視線が半分ではあったのだが。
そんな青春の日々ばかりともいかない。あさってから修学旅行だというのに、取り巻きは鬱憤を晴らさなければ納得がいかないらしかった。
屋上に呼び出されるとは思っていなかった。いまの時代、教員の目を盗んで入るのもひと苦労という場所である。
放課後すぐ、というのが指定の時間だった。すっぽかす理由もない。ここで決着をつけて、心の中では終わっている問題に、もう一度区切りをつけなくちゃあならない。
「ちゃんときたのね」
三人が、微かな風に吹かれながら仁王立ちしていた。あまりにも短いスカートを着ておきながら、その体勢はいかがなものか、などと余計な考えが浮かぶ。
「呼ばれたらくる。それだけさ」
「咲から聞いたとおり、生意気なのね」「反省の色なし!」「決断に揺るぎなし」
反省の色なし、という言葉には失笑を禁じえなかった。
「貴様、なぜ笑う」
「ちゃんちゃらおかしいからだ。俺と木崎で話はついている。これに関しては、木崎が悪い。あいつが学校にこなかろうとなんだろうと、俺の知ったことじゃあない。すべては彼女の選択だ。選択の積み重ねでああいった末路を迎えたのも、彼女の責任だろうに」
我ながらなんとも喧嘩腰だ。大人になって、穏便に話を済ませることだってできたはずだ。
あえてそうしなかったのは、いまだに木崎の罪をわかろうとせず、友人だからという理由だけで俺を追い詰めようとする魂胆が腹立たしかったからだ。
俺は聖人というわけではない。いまさら掘り返されてもどうしようもない問題をつっつくような奴らは、人の眠りを邪魔する蚊どもと変わらない。
「こ……こいつ」
リーダー格の女子の拳は握られている。焼けた肌を見るに、体育会系の部活出身者だろうか。
「暴力で済ませるのか」
「その減らず口を修正しないと気が済まないの。咲は心を傷つけられた。長井、あなたも体でわからせられなくちゃならない!」
とんでもない理屈を吐く。
三人同時に準備運動開始、ときた。
「卑怯なことだ」
「陰湿なあなたにいわれたくは、ない!」
女子を殴るのは勘弁だ。木崎の友達とあればなおさらだ。殴ったり抵抗したりしたところで、心が晴れやかになるわけではない。
ただかわすだけだ。三方向からの攻撃をよけるのは、それだけで精一杯だった。性別による優位はあっても、だ。
リーダー格の絶え間ない攻撃が厄介だった。あとのふたりはたいしたことなかったのだが。
このままでは埒が開かず、こちらから動かざるをえないと心が揺れていたときだった。
ドン、とドアを蹴り上げた女子がいた。木崎の取り巻きトリオではない。
「私のマサくんに、なにしてるの?」
だらりと脱力した体、キマっている目つき。
間違いない、リカだ。
攻撃が止まる。視線がリカに向く。刹那、リーダー格の頬がピクピクと震え出す。
「あんたは凛花だっけ? 咲を潰した第二勢力。ちょうどいい。長井と一緒にこいつも潰そっかな?」
「私はどうでもいい。なぜマサくんに手を出すの、教えて」
「咲を傷つけたから」「そうよそうよ」「私たちのなにが悪いわけ!?」
聞いて、リカは嘲笑した。
「――あなたたちも救えない。木崎咲に同情するのは結構。報復を考えるのも理解できる。だからといって、マサくんに手を出すのはダメ」
「恋人第一かよ、クソが!」
ターゲットは一転、リカに変わる。
「三人同時? 不利になったのはあなたたち」
「強がりはよしな!」
「事実、倒すのに十秒もいらない」
目にも止まらぬスピードで、三人に当身を入れた。
見えたのは、同時に倒れるトリオの姿だけだった。どすん、と重たい音がした。
「ぼ、暴力反対……」
「そうね、そうかもしれない。けどこれは、正当防衛だから」
返事はなかった。もう気絶しているらしい。
「大丈夫? マサくん」
「問題ないさ。この件が終わったつもりになっていたのが慢心だったかもしれない」
「慢心じゃない。ともかく、三人は痛い目を見た。もうちょっかいはない。安心して修学旅行、いけそうだね」
「ああ」
心配事が消えた、と思えばいいのだろう。
修学旅行はあさってである。
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