第37話 ヤンデレのデレの部分
いつもと違うから不自然、というのではない。幼かった頃の面影がオーバーラップして、微笑ましい気分になる。童心を取り戻したのだろうか。
女子高校生らしさを取り戻した、ともいえるだろうか。箸が転んでもおかしい年頃だ。こちらの話に大笑いする姿こそ、健全であるのかもしれない。
「……それでね、私どうしたと思う?」
「むずかしい質問だなぁ」
登校中、ずっとこの調子だ。俺は完全に聞き役だ。リカのマシンガントークが火を吹いている。
饒舌な一面があることは、前から変わらない。今回は種類が違う。難解な議論ではなく、単なるエピソードトークなのだ。
「えー、簡単なんだよ? 正解は――」
話は続く。ただ相槌を打つことしかできなかった。とめどない勢いで話が進むから、というのがひとつ。様子の変わったリカにすくなからず動揺していた、というのがもうひとつ。
「元気ハツラツなリカも、いいな」
「ふだん根暗な女みたい」
「そうとはいってないよ。明るくていいなって話」
「もー、マサくんったらぁ」
握った手がブンブンと振られる。腕が前後に動き、ときおりボキッと音が聞こえる。体が硬すぎる。
「腕ブンブンは不健康体に響くなぁ」
「ボキボキいってたね。ちゃんと運動しないと、体が弱るよ」
「運動は気が進まないんだよ」
「体調を崩すマサくんなんて見たくない。ちゃんと食事・運動・睡眠の三本柱で健康人間であり続けてね」
「リカの頼みとあれば、考えてみるよ」
「わかったぜ、っていうだけでいいのに」
ここまでリカにいわせてしまう自分が不甲斐ない。
「どうしてこんなに健康を心配してるかわかる?」
「徹夜したから」
「それもそうだけど……修学旅行、あるでしょう」
「納得」
「鈍感マサくんめ」
「怒涛の日々だったもんで頭から抜け落ちてたらしい」
待ち受けるのは修学旅行。
リカとは別のクラスなので、一緒に動ける時間は限られている。自由時間のときくらいだ。
それは正式に動けるタイミング。リカは、一緒の部屋で過ごそうと語っていた記憶がある。あれは本当なのか、はたまた冗談なのか……。
「久々のふたり遠出なんだよ」
「あれ、修学旅行本来の目的はどこへ」
「学習としての旅行? つまらない。そんなのサブ要素に過ぎないんだ、って誰しも考えてるでしょう」
思い返しても、学習としての思い出はさほどない。ピンチだったこと、楽しかったこと。思い返しても、そのくらいの認識でしかなかった。
「自由行動はまだしも、だ」
「夜にふたりきりはまずい、っていいたいんだ」
「俺のセリフを予見したな」
「全然大丈夫だよ。バレなきゃ、問題はないに等しい。そしてマサくんは次にこう反論する。だとしても、バレたら大目玉じゃないか、って」
沈黙するしかなかった。同じ言葉を吐くところだのだから。
「すげえよ……リカ」
「なんたって、マサくんのことはお見通しだもの」
てへ、ってちょっぴり舌を出してかわいい顔をしてくる。一言一句
「だから、心配はいらないの。問題やトラブルへの予測は大事。でも、それに囚われて動けないのはもったいない。なにかあったら、臨機応変に対応するまで」
「おいおい、その場しのぎを信条として掲げているタイプだったか」
「いつもの私なら用意周到。今回だけ、ちょっぴり無計画になるの」
そこまでしてリカが望んでいる、とわかっただけで充分だった。
リカと徹夜したことで、ふたりきりで過ごす、濃密な時間のありがたみを肌身をもって知った。
修学旅行でのふたりきり、それも夜となれば話は変わってくる。
人にバレぬよう動くこと、違う土地で同じ時を過ごすこと、クラスや学年のような高校という日常の中に「リカ」との関係を持ち出すこと。
こういった要素が絡み合うのだ。高まる。予想するだけでも、いかに素晴らしいことだろうかと震える。
無計画であろうとするリカの行動姿勢は、意図的なものだろう。計画に穴がなければ、背徳感が失われてしまうだろうことを、リカはよくわかっているのだ。
「マサくんも、私の考えにたどり着いたんだ」
「ああ。やっぱりさすがだよ、リカは」
「ふふふ。先に考えてたんだから、当たり前。リカとマサくんは一心同体。こうしてちょっと頭を働かせれば、同じ思考にたどり着くんだよ? だからね、やっぱり、マサくんもすごいんだよ」
この修学旅行という大きなイベントが終わってしまえば、しばらく別のものはこない。あっという間に、高校三年生だ。
三年生になれば受験が待っている。ここ最近のようにはいかない。ずっとリカに熱中し続けるわけにもいかなくなる。
あまりにもつらいことだ。受験なんてなければ、高校生活に終わりがなければ、悩むこともなかっただろうに。
時は流れる。関係性も変わる。リカは語ってくれたじゃないか。変わりゆくものの中にも、大切なものを見つける。そして磨き続けるのだと。
それでも俺は、この絶頂ともいえる日々が変わってしまう前に、リカとの毎日を味わいたい。であれば、修学旅行に全力を注ぎ込むほかない。答えなんてものは、初めからひとつだけしか用意されていないのだ。
「体に気をつけなくちゃあならないと、リカの話を聞いて、改めて思った。修学旅行までは、いっそう気を配るよ」
「できれば、修学旅行が終わってからも、ね。永遠に」
「急に時間の規模感が」
「一瞬も永遠も変わらないんだよ? マサくんを思ってるって事実は」
「なんだか急にデレるじゃあないか」
「ずっと同じだよ? 心の中にとどめているか、表に出しているかでしかない」
語っていたら、あっという間に校門が見えてきた。生徒の姿もちらほら見えている。
視線を感じる。ふたりだけの世界に浸っていたせいもあってか、周りの目が気にならなかった。
意識しだすと、ちょっぴり恥ずかしくなるというもの。絡めた指を解きたくて仕方がなくなっていた。
「どうして離そうとするの」
「見られてるだろう」
「見られてどうだというの? 大半の人は、私たちにとって他人でしょう」
「視線が気になるお年頃なんだよ。噂されたらどうする」
「なにいってるの、マサくん? 噂を広められてなんぼってものでしょう。私たちが親密だって広まるのが嫌なの? 私と縁を切りたいの?」
「いや、そこまで極端じゃないさ」
「じゃあ、離さなくていいよね。私たちはずっと一緒だって、周りに見せつけなくっちゃ。じゃなくちゃ、不穏分子を排除した意味、ないよね?」
たしかに、と納得できた。やはり、リカのいうことには逆らえないな。手を離す理由は、ふっかりなくなった。
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