第36話 徹夜して朝

 自転車から降りたリカは、息も切れ切れといったところだった。あそこまで長い言葉を連ねたのだ。公園から家に着くまで、ずっとなのだ。


「語っちゃったね。怖くなかった?」


 息を整えたあと、リカは尋ねた。


「驚きはしたさ。でも、怖くはないよ。リカと何年の付き合いだと思ってる? 気心が知れない人からしたら、そりゃ恐怖だよ。狂気かもしれないね。ただ、相手は俺なんだ」

「やっぱり、信頼していてよかった」

「ま、あそこまでいくと感動ものだったよ。なんらかの世界記録を塗り替えたんじゃないかってレベルだ」

「しばらく溜まってたから」

「溜まってた?」

「そう、大きな愛の感情。悪意を向けることばかりにリソースが割かれていたせいで、放出できなかった。それに、これまで会えなかった分、ギチギチに詰まってた。これを超えることは、そうそうないと思う」


 いいながら、リカは家の鍵を開けた。中に入る。


「自分の気持ちに蓋をしちゃいけないよ。建前を取っ払って、すべて正直であれ、とはいわない。本音ほど薄汚れたものはないから」

「なにごともほどほどにしなくっちゃ、ね」


 いまさら寝るつもりはない。体は冷えたが、頭はあったまっている。


 俺以上にリカがそうだろう。あそこまでの語りをすれば、頭が冴え渡っているに違いない。


「きょうは、いまさらほどほどに、ともいかなそうだ」

「時間も時間よね」


 時計を見る。いまから寝ても、あまり意味はないだろう。


「徹夜は完全に確定したな」


 エナドリのカフェインが回ったらしい。最高にハイな気分だ。深夜テンションとあいまって、全能感を覚えている。


「ようやくここで、ゲームが出るわけね」

「真打登場だな」


 リカの家はゲームが豊富にある。ひとり暮らしということもあり、さみしさから避けることはできない。それを埋めるように、ゲームが取り揃えている、とかつて語ってくれたことがある。


 同じくひとり暮らしの俺は、モノを溜め込みがちだった。人がいない分、モノで埋め合わせようと考えていた。


「無難に対戦ゲーム三本勝負といかない?」

「いいね。昔を思い出す」


 三回対戦をして、先に二回勝利した方の勝ち、というのを何本も繰り返す。いろいろなゲームがあるからな。


 各カセットにかける時間は、もちろんものにはよるものの、それほど長くはない。種類を多くすることで、かける時間は長くなる。


 この戦いの第一戦はカーレース。有名キャラクターがカートに乗っている、アイテムとかをうまく生かすやつだ。


 三周するスピードが肝心だ。むろんプレイヤーの技量も問われるが、アイテムというイレギュラーが、初心者と上級者の差を埋める鍵となる。


 お互いの実力は、拮抗しているかと思われた。


「な……速い、だと」

「私のやりこみを舐めないで欲しいものね」


 同等だったはずの実力は何年かを経て、上下関係を生んでいた。ギャップは大きく、半周差ほどつけられての大敗だった。


 ただの実力差だけではなかった。レース中の物理的な妨害も目に余った。むやみに体をぶつけるなどの、子供らしい抵抗をされた。


「大人げなかったな」

「あの頃みたいな拮抗する勝負がしたいっていうから」

「あの頃みたいなやんちゃさはいらなかったよ」


 三本勝負は俺の完敗だった。時の流れに、俺の実力は取り残されていたらしい。


 そこからはいい勝負を繰り広げた。


 キャラが大乱闘を繰り広げるアクションゲーム、運ゲー要素のある双六ゲー。ボードゲームなどのミニゲームを含んだもの。


 細々としたものを繰り返しやっていくうちに、勝敗は五分五分となった。リカによる俺への読みの強さは一品級だったが、俺とて負けていられない。己の実力を振り絞り、勝利を引き寄せた。


「……勝敗、つかなかったみたい」

「引き分けだな」


 太陽がのぼっていた。そろそろ朝の支度を始めてもいい時間だ。結果は引き分け。一本あたりの何勝何敗という細かいところまでいけば、正式な勝者が決まるのだろう。そこまで真剣ではなかった。あくまで遊びだった。


「学校の支度、始めるか」


 朝ごはんは軽いものになった。夜まで短い間隔で食べ物をつまんでいたためだ。


「私、時間かかるかも」

「女子はセットするところが多いだろう。わかってるから安心してくれ」

「セットするのはもちろん。時間が、いつもよりちょっと長めにしたいなって」

「ふだんでも十二分にかわいいじゃないか」

「マサくんのために、かわいさを限界まで引き出したいの。そのために妥協はしたくないの。気持ち、わかってくれる?」

「もちろんだとも」


 ただでさえ華のある風貌でいるリカだ。これからさらにせっとに時間をかけるとすればどううなるのか。


 期待で胸が高まる。リカの、よりかわいくありたいという思考には、ときめくものがあった、頑張ろうと思う動力源になっているかも、と考えると満たされるものはすくなくなかった。


「きょうの登校は、わかってるよね?」

「ああ」


 答えたはいいが、なにがわかっているのかといわれても困る。


 疑問への答えは行動で返ってきた。


「指、絡めてるけど」



 絶対に離さない、という決意さえ感じさせる恋人繋ぎだ。


「変なところでもあった? きょうからの私は違うだけ。これまでの思いが。より行動に反映されただけ。私の中でブレてはないの」

「お、ああ」


 にしても、いきなりの変化だった。他人への冷酷さが減ると、一気にこちら側に感情がむくというものらしい。


 うれしくもあり、引っかかる一面も否定できなかった。思いは変わらず、といっても、行動を変えられるといささか驚くものだから。


「いきましょう、マサくん?」

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