第29話 木崎よざまぁ、振られた理由は?
ふたりで通話をした次の日。
木崎は、まともな見てくれに戻っていた。調子がおかしいことに変わりはない。負の方向に沈んでいたのが、いまは異様なプラスになっている。
「持つべきものは大切な仲間よね」
周りの女子と話しているのが聞こえた。
彼女にとっての仲間といえば、如月に違いない。慰められでもしたのだろうか。あのまま地の底に沈んだ方がよかった、とまではいかないが、相変わらずの腹立たしい口調だ。
「私たちも味方なんだから、頼ってよね」「心配したんだからね」
ぽんぽんと肩を叩かれて、木崎は涙をこぼした。
「みんな……」
御涙頂戴、とでもいうのか。感動なんてない。勝手にしてろ、としか思わない。
熱心に木崎と付き合いを持つ女子がいるあたり、あいつもそれなりの人望があるのだ。すくなくとも、俺よりはある。取り巻いている女子の本心がわからない以上、断定はできないのだが。
午前中、授業を受けていているとき、木崎はやけに発言をしていた。一度マイナスに振り切れた分、プラスに這い上がったときの喜びは凄まじいものなのだろう。
昼になると、彼氏に呼ばれちゃったから、なんていっていた。軽い足取りで教室を抜け出していった。
周りの男子は、なんだよ、と失笑するだけだった。奴と別れてから、木崎に対する目線が、必ずしも好意的なものばかりではないと感じるようになった。
恋は盲目だという。自分たちだけの世界に浸かっていると、周りなんて気にしなくなるらしい。
それから十五分も帰ってこなかった。
イチャイチャでもしてるんじゃないか、一緒に食事でもしているんじゃないか、などと勝手に想像を膨らませていた。
考えるのをやめてしばらく経った。トイレに行こうと席を立ち、廊下を歩いていた。
トイレは階段の先にある。そこに死角があった。
「長井君……」
目を真っ赤に腫らした木崎が、突然俺の足元に抱きついてきたのだ。
「なんだよ急に」
「見てわからないっていうの? 長井君」
「説明もなしに、いまさら抱きつかれたって不審なだけだ」
「じゃあ、こっちにきてよ」
周りの目が気になる。昼休みということもあり、廊下には人がちらほらいる。これ以上ヒスられたら、厄介なだけだ。木崎の言葉に、従うことにした。
指定されたのは選択教室だった。凛花と一緒に過ごした空き教室とは違うが、こちらも人がくることはほぼない。授業の前後でなければ。
「で、なにがあったんだ」
「……れた」
「声が小さい」
「……られた、振られたの」
「誰に」
「光に決まってるでしょ、如月光!」
つい、目をかっと開いてしまった。
信じられなかった。如月が、かわいそうだといっていた女を、こうもたやすく引き離すとは思えなかったのだ。
「いい仲だったんじゃないのか」
「私の思い込みだったの。光が、私を騙してたの」
「酷かもしれないが、話してくれ」
長くなるから、という前置きから始まった。
ことの経緯は、ふたりの馴れ初めからだった。
如月は、木崎が一目惚れした男だった。大概、男の方から擦り寄られる木崎にとって、こいつは珍しいケースだった。
激しいアプローチの末、ふたりは恋仲になった。
如月は、これまでのどんな男よりも寄り添ってくれる。そう感じたらしい。おおよその要求には従ってくれる。ささやかなサプライズをしてくれるだけでなく、気遣いがきめ細やか。
欠点といえば、求めても断られることぐらいだったそうだ。
「木崎にとっては、だいぶ理想的な彼だったじゃないか」
「そう、私にとっては理想的だったの」
これまで、順調に見えていたふたりの関係が、そもそも順調でないと、きょうわかったらしい。
木崎が呼び出されたのは、他でもない。如月が別れの言葉を告げるためだった。
『君は、悪い女の子じゃないよ。美しくあろうとしているし、僕に尽くそうとしてくれる。かわいげがあって、そばにいて幸せだ』
譲歩から始まった如月の言葉は、この後一転する。
『だけど、もういいんだ。結論をいおう。君とは別れたい』
『どうして? ねえ?』
『終わっている君の味方であり続ける意味がないと、気づいてしまったからだよ』
木崎が弁明をする間もなく、如月は
『君の素性は、付き合う前から知っている。君のキープしている子の中に、サッカー部の人がいたね。もう僕は部活をやめているけれど、彼とは繋がりがある。木崎について教えて、というと、気前よさそうに口を開いてくれたよ。武勇伝で語るようだったね』
話すのをややためらってから、重い口を開いた。
『だいたいこんなところだ。木崎はちょろい女だ、頼めばすぐ許してくれる。都合がいいったらありゃしない――最低すぎる評価だ。しかし、これがおそらく、君と関わってきた大半の男の思いなんだろう。君は面のいい彼に心酔して、二番手くらいには思ってたんじゃないかな。里見義明のこと』
自分に女性的魅力があることはわかっており、利用してきた木崎。それでも、付き合っていた男に、相当軽んじられていたことをまざまざと語られると、木崎にとってはくるものがあったようだ。
『君はあまりにもかわいそうだ。自分が男を利用しているつもりが、君の方が利用されていたんだからね。なにより、自分ではそれに気づかないふりをしている。はたから見たら滑稽さ』
滑稽ってなによ、と反論する間もなく、如月は続けた。
『そんな君の前に現れたのが、長井君だ。あの子は異質だろうね。君を利用しようとする、どす黒い心を持った相手じゃない。なにも知らず、純粋に恋をした。自分を安売りしないで過ごせる、特別な相手だったんだろう?』
話を聞いていると、どうも長井、つまりは俺は大事な相手だったと思い返したそうだ。
『しかし、序列でいえば、僕や里見に勝つことはない。長井君は、君の中で三位か四位くらいだったんだろう。だから、文化祭のダンスを気に、一度振ることにした。他の彼氏とは違って、何股もかけていると、長井君は知らないだろうから』
自分のことを見透かされている、と木崎は感じたらしい。如月の話に、聞き入るしかなかったという。
『長井君を振ったことで、本命である僕にいっそう浸かることができた。清々しそうだったね。もう騙さなくていいんだから。すべて受け入れてくれる僕がいるんだから』
如月は続けた。
『君はいい。だけど、僕はダメになってきた。かわいそうだから、という理由で寄り添ってあげているのは、不誠実だと思うようになったんだよ。すべては――上里凛花という化物が現れたことが原因だったんだ』
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