第23話 木崎を静かに追い詰める【凛花side】

 やってしまった、と思ったときには、大抵が手遅れというもの。


 正俊の意識はまだ戻っていない。一度頭をトントンしてまえば、こちらの世界に戻ってくるのには時間がかかる。


 彼をこちらの世界に戻そうと試みつつ、私は脳内でひとり反省会を開催するのだった。


 正俊に催眠をかけたのは、ほんの出来心だ。私のの成果がいかなるものか、確かめておきたかった。


 結果は、ご覧のとおり大成功。正俊は歪んではいるものの、根は純粋無垢な男の子だ。洗脳にかかりやすいタイプなのだ。


 トン、トン、トン。頭を三連続で叩くのは、やりやすいうえに、日常生活にさほど潜んでいない動作。いいセレクトだ。


 正俊の中のスイッチが、日常の最中にたびたび入ってしまうと困る。


 要素としてほかに必要なのは、スイッチを入れるときに早く、深く入れたいというものだ。


 頭をトントンするのは、私の母性の表現としても適している。我ながら天才的な発想だ。


「でも、やりすぎちゃったかな……」


 反省はしている。効果的だからといって、頭トントンを多用すべきではない。


 中毒性が半端ではない。正俊が、これまで以上に私の「モノ」になった気がした。


 しかし、あくまで「モノ」なのだ。人間としての心を捨象してしまった究極系。ここまでいくと、極端にいえば正俊に似せてつくった人形でも事足りてしまう。


 私は、正俊のことを愛せているのだろうか。これでいいのだろうか。前に進めば進むほど、心の奥から悲痛な叫びが聞こえてくる。


 ……いけない。これまで正俊に捧げてきた時間を思えば、答えはわかりきっているはず。


 正俊を、正俊として愛する。ただそれだけ。


「そのための下ごしらえは続いているものね」


 スマホを取り出す。普段使いしているものではなく、スペアのものだ。足をつけずに連絡をしたいときに使っている。


「返信はなし、かな……」


 メッセージアプリを通じて、木崎咲と連絡をとっていた。


 もちろん匿名。目的は、彼女の心をむしばむことにあるのだから。




『私はお前を知っている』


 匿名Xと名乗り、最初に送ったメッセージがそれだった。


 実に文化祭が終わってからのことである。



『付き合っている男は如月光、里見義明、――』


 次に、彼氏の名前を送信した。徹底的に調べ上げた結果だ。この手ですべて打ち込んだときのゾクゾクは忘れがたい。


『身の振る舞い方に気をつけろ』


 三文目を送る前に既読がついた。さすがにまずいと踏んだのだろう。


『あなたは誰なんです? 知り合い? 目的はなに?』


 即レスだった。三文目を送るやいなや、といったところだ。


 さぞ恐ろしいだろう。見えない敵というのも厄介なものだ。余計な憶測に囚われて、ありもしない視線を感じるようになる。経験上、正常な精神を削り取るのにはかなり効果的である。


『味方ではない、とだけいっておきましょう』

『変なメッセージ、やめてください』

『もし私を着信拒否にするなら、あなたの悪行はすべて筒抜けになるという覚悟のもと、実践するのがいいでしょう』


 写真を添付。密かに撮っておいたものだ。知らない人が見れば、単なる日常の風景にすぎないだろう。


 木崎咲からすれば、監視されていることを明確にする、最悪の写真。


『着信拒否、しません』

『賢明な判断です』


 ここで私は、ひとつの区切りを設けることにした。


『このような迂遠な手段を取るのは、重要な目的あってのこと』

『目的って』

『振る舞いの改善、以上です。私が的確と思える態度を見せてもらいたい。期限は二週間。改善が見られなければ、強硬手段も辞さない、と』

『脅し?』

『いいえ。手荒な真似はしたくありません。友好的にいきましょう。強硬手段をとるのは、やむにやまれなくなったときだけですから』


 長々とやりとり。正直、熱が入りすぎていた。ついに動ける、という喜びがあふれかえってしまった。いけない、いけない。


『了解した。できるだけのことをするから』


 この日から、木崎咲へのは始まった。


 木崎のいる場所を突き止め、写真を撮り、送る。日々の進捗を確認する。すこし詰める。


 このどれかをやっていた。


 あと、一日二回、無言電話も忘れずに。たったこれだけやるのでも、精神的なダメージは十分だと思う。つらの皮が厚い木崎咲のことだから、これでも甘いかもしれない。


 いままでをおこなってきた子は何人もいる。正俊に喧嘩をふっかけたリーダー格の子なんかは印象的だ。赦しを懇願する様は、本性がさらけ出されていて美しかった。


 木崎咲は、いったいどんな反応を見せてくれるのだろうか?


 正俊にそれとなく探りを入れてみたけれど、口にはしなかった。いうまでもないと思ったのか、いいずらかったのか、はたまたノーダメージだったのか。


 聞けていないゆえ、答えは確定しない。それでも、おそらくノーダメージということはないな、と推察できる。


 体をガタガタと震わせていてほしい。誰からとも知らぬ悪意に触れてほしい。自分を快く思わない存在のせいで、悩み苦しみ嘆いてほしい――。


 薄汚れた欲望でいっぱいになる。ただ求めるだけでは美しくない。


 これは、正俊のためにやっている。大義名分があってこその汚れ仕事なのだ。求め続けた先に、透き通った愛が待ち受けていると望めるからこそ、私は動けるのだ。


 いままでもそうだった。正俊の手を汚したくないし、正俊のコアに近づきたい。その一心で動いてきたし、いまも、そしてこれからも動き続ける。


 罰はいずれ引き受けなければならないのだろう。


 すくなくとも、まずは木崎咲が先だ。彼女を絶望の淵に落としてからではないと、受ける罪も受けきれない。


 これまで背負い、犯してきた罪のためにも、私は頑張る。


 きょうも正俊のために生きて――。


「ん……ん」

「おはよう、正俊?」

「あ、凛花か。凛花」


 一瞬、なにかに怯えるような仕草が見られた。私はそんなに黒色に染まっていただろうか。心の中で飼い慣らしている鬼が、表に出すぎたのだろうか。


「もうなにも怖くないよ」

「急にどうしたんだよ」

「なんでもない。私のひとりごと」

「ならいっか」


 立ち上がり、ゆっくり背を伸ばす正俊の姿に、私は見惚れるのだった。


【あとがき】


 ここにて文化祭編は終了です。


 次回から修学旅行編となります。


 よろしければ、これを機に「★★★」「レビュー」「感想」等いただけると幸いです!


 今後ともよろしくお願いします!

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