第21話 おかゆ作りとあーん

 玄関までわざわざ出てくれた凛花は、自室へと戻っていった。


 当然である。体調は芳しくないのだ。鍵を開けるため、やむなく降りてきたにすぎない。


 自室へと戻った凛花に、俺は布団を被せた。そして、なにか必要なものはないか、と聞いたところ。


「お腹、減っちゃった。午前中は、食欲がわかなくて」

「おかゆでも作ろうか?」

「頼んじゃおうかな」

「勝手に調理器具使うけど、いいよね」

「毎度のことでしょう?」

「聞くまでもなかったか」


 風邪のときの定番、おかゆ。何度か作ったことがある。さしてむずかしいものではない。


 簡単とはいえ、時間はかかる。その間、凛花は暇を持て余すというので。


「同じ家にいるのに、電話をかけるなんてな」

『手は塞がっていても、口は自由でしょう?』

「ごもっともだよ」


 ずっと鍋の前で過ごしている、というわけにもいかないが、二階に上がって放置というわけにもいかない。


 通話をするというのは苦肉の策だ。


『きょうの学校、どうだった?』

「母親みたいなことをいう」

『なんとなく、気になって』

「凛花とは違うクラスだけどな。いちおう、取り立てて変わったことは――」


 口にすると、なぜか木崎の顔が脳裏に浮かんだ。克明に、である。


 怯えきって、満足に笑みさえ浮かべられぬ、らしくない姿。


 おそらく後夜祭では幸せの絶頂にいただろうに。


 いいよどんだ。その先が出ない。


『ある、って様子だけど』

「木崎、そう木崎の様子が変だった。わけがわからない。土曜日の、クラス会の写真のときからだ。たまたま目にしたんだが、やけに顔色が悪かった」

『不思議だね。本命の彼氏に、振られでもしたんじゃないの?』

「だったら、呑気に学校に来れるとも思えない。あいつの性格からしてな」

『木崎さんに詳しいのね、正俊は』

「あ、いや……これはだな、事実として木崎と付き合った過去があるわけで……」


 凛花の機嫌を損ねたということくらい、いわずもがなである。


 だというのに、地雷原でタップダンスを踊っていた。自分の言動の愚かしさには反吐がでる。


『わかってるよ、正俊。私は正俊、正俊は私みたいなものだから』

「あ、あぁ」

『風邪で弱っちゃってるみたい。いつもより、嫌な人になってる』

「沈まないでくれよ、凛花。他意はなかったんだ」

『大丈夫、もう気にしてないから』


 絶対気にしているやつだ。


 早くおかゆができてほしいと願いつつ、通話を続けるのだった。


 話していけば、凛花のプチ怒りも落ち着いていくようで、どこか救われた気分だった。


「……おかゆ、できたみたいだ。そろそろ持っていく」

『あつあつだろうから、気をつけてね』


 要件が済んだので、通話が切れた。


 鍋ごと持っていく手も考えたが、ぶちまけて大惨事、なんてことは避けたかった。お椀に移して、最低限の量だけを持っていく。


 お椀だけでなく、ご飯のお供もプレートに載せる。


 ついでに、体温計も。現状の体調を知っておきたかった。


 二階へ。


「お待たせ」


 おかゆに、凛花は目を輝かせていた。


 熱がまだ引かないせいか、顔は赤い。寝転がっている凛花の動きは、ふだんより鈍かった。


「できたんだね。いただこう……にも、ちょっと立ち上がる気力が」

「熱、測ってみようか」


 体温計を渡して、しばらく経った。


「見て」


 小さな液晶を見る。


「まだ高いな」

「朝より上がっちゃった」

「安静に、だな」

「うん」


 体勢を変えて食べる、というのは厳しそうだった。


「どうする?」

「あーん、ってしてほしい。他に手段もないし」


 いわれて承るのが幼馴染の定め。


「ごはんのお供は?」

「のりの佃煮、これ一択」

「やっぱりか」


 ちょこんと中心にかける。ご飯とともに、スプーンですくう。


「あー」


 口が開かれる。


 ただ開いているだけだが、妙に艶っぽかった。風邪のせいで顔が赤くなっており、軽く汗をかいていたこと。そして、目がとろんとしていたこと。これらのせいだと推察される。


「どうしたの、早く入れてよ」


 口を開いたままいっていた。ほとんど母音で話していたようなものなので、こちらでどうにか意味を汲み取った形になる。


「がっつかないで、落ち着いて」


 スプーンを口元まで運ぶと、しっかり咥え込んだ。行儀がいいとはいいがたい。


 こちらをじっと見つめながら、わざとらしく咀嚼。


「ん〜正俊の手の味」

「ただのおかゆだよ」

「わかってる、正俊を感じるなぁ、って」

「さっきから、どうもあざといな」

「これもきっと風邪のせい」

「果たしてそれで乗り切れるだろうか」


 ふた口、み口といくたびに、凛花は誘うような振る舞いをする。


 弱っている姿でやられると、いささか変な気を起こしてしまいそうになる。


「おいしかった」

「作った甲斐があったってね」

「今度は正俊の……まだそれは早いかな」

「途中で止めたら困るだろうよ」

「いったら引かれるかも」

「気になって寝れない方が困る」

「もっと体調が悪くなったら、口移しとかもあるなーって思った。けど、現実的じゃなさすぎるし、いいよどんだの」

「正解だったね。過去形になる」


 口移しまで要求されたら、もう止まらなくなりそうだ。


 凛花が、一瞬踏みとどまってくれてよかった。実現することなどそうそうないだろうけれど、ちょっと想像すると危険そうだ。それだけはわかった。

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