第20話 木崎の異変、凛花の風邪

『風邪ひいちゃったよ』


 凛花から送られたメッセージにはそう書いてあった。


 文化祭終了から三日が経つ。二日間の休暇があった。というのも、土日開催だったためだ。


 二連休を挟み、ようやくの学校なのだが……。


 丸二日と会わないうちに、凛花は体調を崩したらしい。最近、いろいろとお世話になった。なりすぎていた、といってもいい。俺にも責任の一端はある。


 朝いちの段階でメッセージが送られてきたので、飯も食わずにすぐ返信だ。


「大丈夫か。 復帰できそうか?」

『まだ厳しそうかな。 お見舞い、来てくれる?』

「もちろんさ」


 断る理由はなかった。ここ最近、凛花に頼ってばかりだった。今度はこちらがサポートする番ではないか。


 凛花からスタンプが返ってくる。よろしくお願いします、とのことだ。



 学校に着くと、 クラスは文化祭の話で盛り上がっていた。


 黒板には文化祭当日の痕跡が残っている。キャラクターの落書きやメッセージの寄せ書きである。有志によるものだ。俺が書いたものも残っていた。


「ほんと楽しかった〜」「打ち上げ楽しかったね」「クラス最高〜!」


 クラスの打ち上げに、俺は不参加だった。文化祭の次の日、つまり月曜に実施され、多くのクラスメイトが楽しい時間を過ごしたらしい。


 なぜ、不参加だったのか。


 理由は単純。召集をかけていたのが、木崎に振られて間もない頃だったからだ。あいつと顔を合わせたくなく、なにより万物に対してやる気が削がれていた時期だったのだ。


 クラスのグループメッセージに、会の様子がまわっていた。写真が何十枚と追加されており、軽く目を通していた。


 本来なら、人の写真なんてあまり見るたちではない。通知音がやかましく、一時的にミュートにしようとアプリを立ち上げた。そのときに目を通したのだった。


 ただの写真とばかり踏んでいたが、ひとつ気になる点があった。


――ん?


 誰もが楽しそうにしているなか、ひと際だって目立つ女子がいた。


 木崎だ。


 俺が意識しているから、というだけではない。表情がぎこちなかった。ふだんの、笑顔を振りまいている彼女の様子はない。


――おかしいな……。


 ほとんどの写真に目を通したが、あいつが楽しそうにしている写真はすくなかった。


 体調が悪かったり、機嫌の悪い日だったのかもしれない。調子には波というものがあるわけで、気にすることもない、とそのときは思ったが……。


 ガラガラ、と扉を開けて教室に入ってきた女子。


「……」


 黙っていた。どうにも陰気である。クラスの盛り上がりとは正反対のイレギュラーだった。


 顔は恐怖に怯える捕食者のそれだ。目から生気が抜けている。


「木崎?」


 自席でぼそっとこぼしてしまった。なかば無意識だった。


「咲、顔色悪いよ?」「無理は禁物だよ。体調悪いなら休んでもよかったのに」


 仲がいいと思われる女子たちに囲まれても、木崎の反応は芳しくなかった。愛想笑いも様になっていない。


 打ち上げの写真のときよりも、やつれは強まっていた。


 数ヶ月は深い付き合いだったわけだ。あいつが、他のクラスメイトが思っているよりもまずい状況にあることくらい、わかるのだ。


 だからといって、「大丈夫か」と言葉をかける気にはなれなかった。原因がわからない以上、深掘りすることもない。それに、俺たちはもう彼氏・彼女の仲でもない。


 切り捨てるようだが、ただのクラスメイトなのだ。


「私は大丈夫。大丈夫だから」


 こんな調子だから、長くは持たなかった。


 お昼前、授業の途中で保健室送りになった。



「……晴れないな」


 いつもどおり、自分のお手製弁当を頬張る。


 味は変わらない、自分好みのものだ。だが、味わうことはできなかった。


 なぜだ? 


 あの木崎が不憫な目に遭っているのだ。すこし前の俺であれば、心の底からせいせいしていたのだろう。


 いまは、そんな気になれない。気持ちが晴れない。


 ――あの子は……かわいそうな子だから。


 如月の言葉が引っかかっているのか? 一概に責められないと、葛藤しているのか?


 感情の正体がはっきりしないまま、午後の授業も終わってしまった。


「いまから帰る。待っててくれ」

『うん。ゆっくり待ってるね』


 既読がつくのも、メッセージが返信されるのも素早かった。ベッドの上で寝ること以外、やることもないのだろう。


 凛花の家を目指す。やや早足気味になっていた。


 晴れており、雨が降る気配もない。絶好のウォーキング日和だった。


「長井です」


 ピンポーン、とインターホンから音が流れて十数秒。ガタガタと二階から降りる振動。


「は〜い」


 凛花の、やや枯れた声が流れる。


「ようこそ、私のお家へ」


 両手を広げ、腕を伸ばしている。ハグの待機姿勢と同じだった。


 頭には冷却シートが貼ってある。ゆるい寝巻き姿で、髪もぼさぼさなあたり、やはり風邪なのだと痛感する。


「久しぶり。三日ぶり」

「ちょっと前は一年ぶりだったんだよ? 三日なんて一瞬だよ」

「凛花の風邪も、一瞬で治るといいな」

「本当にね。まさか三日も拗らせるなんて、思わなかった」

「早く教えてくれればよかったのに」


 土日の間、なんら連絡はなかった。それより前、再会してからというもの、毎日連絡を取り合っていたのだが。


「すぐ治るとたかをくくっていたのもあるし、正俊に迷惑をかけたくなかったの」

「迷惑じゃないさ。困ったときはお互い様、ってね」

「正俊……やっぱり、頑張る意味、ありそうかな」

「なにかはわからないが、ほどほどにしておいてくれよ」

「うん!」


 いい返事だ。


 そのまま、凛花は俺を家にあげた。ハグのとき以来、久しぶりに訪れた凛花の家だった。

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