第14話 口論後、文化祭を抜け出して

 ふたりで抜け出そう。いったはいいが、一日目はそつなく終わった。


 木崎咲や如月と会うことはなかった。


 進展といえば、本命彼氏こと如月が、メッセージアプリで「友だちかも?」の欄に表示されていたくらいか。


 正直びびった。いまのところアクションはないので、保留だ。仮にメッセージまで粘着されたら地獄だな。


 そんな一日だった。



 文化祭二日目。


 一日目に負けない熱気が発せられている。すっかりジェットコースターの運営にも慣れた。


 午前中までは、なんら問題なく過ごせた。


 そう、午前中までは。


「やっほ〜!」


 シフトが終わった俺は、トイレにいっていた。


 出るやいなや、あの女がいた。


「いまさらなんの用だ。俺たちはもう切れた仲だ」


 吐き捨てる。愛想よく笑うな。近づかなければ幸せになんだ。どいてくれ。


ひかるからもいったっしょ? 私は待ってるからって」

「あんたの差金だったか」

「ひどいなー。ま、そんな長井君の態度も好きだったり?」

「冗談でも反吐がでる。さっさと去ってくれ」


 ハハハ、と男の高笑いが聞こえた。木崎の背後から、長身の男が姿を現した。


「如月……!」

「おっと、先輩を呼び捨てかい? 実に気概がある。さすがは咲の見込んだ男だよ」


 本命彼氏、如月もご登場だ。お前もお呼びではない。


「とにかく、これで失礼する。金輪際、顔を合わせたくないといったはずだが」

「強気ね。私と別れてから、どーせフリーなんじゃないの」

「……」

「長井君。逃した魚は大きかったんじゃないかな。一度恋が終われば、君に新しい恋が舞い込んでくるのもむずかしいんじゃないかな。咲は怖いからね」

「明け透けにいっちゃうとさ――なに様のつもり。こうして私が出向いてさ、現代版の三顧の礼かって。いろいろ御託はあるみたいだけどさ、こっちにきなよ。無理しないでさ」


 木崎咲の目は、すでに冷めきっている。いつもの愛嬌は消え失せていた。


 ここまでして俺を引き止めようとする精神には感激する。哲学が合わなかったから別れた。


 だというのに、無理に従わせようと躍起になっている。


 ただの意地だ。絶対服従を求めている。愛なんてないのだろう。


 クエスチョン、俺は従順な犬か。答えはノー。断じてノーだ。執拗に付き纏う奴らには懲り懲りだ。はらわたが煮えくりかえっている。


「自由にさせてくれ。せっかくの文化祭、ラブラブで過ごせればいいじゃないか。俺に水をさされちゃ、千年の恋も冷めるんじゃないか」

「光君は問題ないの。問題は長井君なんだよ?」


 話が通じない。


 これ以上話しても、消耗するだけだ。ようやく復活してきたというのに、またごっそりいかれてしま――。


「そこまでよ」


 一瞬即発の空気のなかを切り込んだのは。


 凛花だった。


「如月光、木崎咲。話の方は聞かせてもらった。ずいぶんと身勝手ね。何人も彼氏を持つ哲学を強要してくる姿は、見苦しいにもほどがある」

「な、なによ。あんたに長井君のなにがわかるわけ? これでも私は元カノよ。有象無象のあんたとは格が違うわけ」


 ピクッ、と凛花の片眉が歪んだ。


「有象無象? いってくれる。私は正俊の幼馴染。十数年来の付き合い。たかだか数ヶ月の交友でなにがわかるの? え?」


 凛花の瞳からハイライトが消えていた。両手の拳は握りしめられており、震えている。


「へー、幼馴染ちゃん登場ね。長井君もひとりじゃ――」

「正俊の名前を呼ばないで。その穢らわしい淫乱な口で」

「け、穢らわしい? 淫乱? 誹謗中傷にも程があるわ! な、なんなのよ」


 木崎咲は口をぱくぱくさせていた。


 その様子を、如月は片手で頭をかきながら眺めるだけだった。


「いこう、正俊」


 ギュッと、俺の手は掴まれた。


「どこに?」

「わからない。ともかく、抜け出そう。こんな文化祭」


 賛成だった。


 木崎咲をボロクソにいい負かす凛花の姿は、痛快そのものだった。ようやく、胸のつっかえがとれたようだ。


「いかないでよ! 話は終わってないでしょう?」

「よそう、咲。君は負けたんだ。認めなくちゃならないんだよ」


 如月が宥めるところまでが、俺の聞き取れた奴らの会話だった。


 いい合いをしたことで、悪い注目を集めてしまった。廊下を走り抜けるときにも、目線を集めてしまった。


「やばい、見られてる」

「早々に忘れてもらうために、すぐ消えないとね」

「逆に注目されそうだ!」


 このとき、俺と凛花はふたりの世界に片足を突っ込んでいた。周りの視線なんて、どうでもよくなりつつあった。文化祭を抜け出すという目的が果たせれば、万々歳だったのだ。


「だいぶ人が減ってきた」

「空き教室もすぐね」


 凛花が前日のうちに指定した部屋までついた。


 誰もいない。ガラガラだ。


「準備室、ってところかな。変な目的で使っている人はいない。人がいた形跡はなし。おあつらえ向きね」

「時間を潰すにはいいけど、どうするのさ? 後夜祭まであと何時間だと思う。あまりにも暇じゃないか」

「暇? そんなことないよ。やることは、いっぱいあるもの」


 企みの笑みを浮かべている凛花がいた。


「――傷ついた心には、しっかり愛情を重ね塗りしないとね」

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