第13話 気合いマックスお化け屋敷

 如月光との出会いは、心のなかでさざなみを起こした。


 文化祭当日のいまもなお、頭の中にこびりついては離れない。


 ――あの子は……かわいそうな子だから。


 妙に引っかかっていた。如月が、達観した目つきでいったのは印象的だった。


 なにが如月に「かわいそう」といわしめるのか。答えは出なかった。木崎咲の深いところまで、俺は踏み込めていなかったのだと痛感した。



「凛花の教室は、ここか」


 昼どきの学校内は賑わっている。髪を染めている生徒、出し物のコスプレをしている生徒など、全体的に色鮮やかである。


 自分のシフトがなく、完全にフリーな時間。凛花はいま、お化け屋敷のなかで幽霊役として働いている。せっかくだから、凛花の働きっぷりを見ようという考えだった。


 ――時間になったら、絶対きてね?


 断る理由はない。同じクラスの男子をビビらせたというクオリティは気になった。


 早くも列ができていた。人気っぷりがうかがえる。中からガチめの悲鳴が上がっているのが漏れて聞こえた。


 甲高い女子の声は、やけに俺の不快感を煽った。男子も一緒らしく、なだめているのが伝わった。


 他の人の悲鳴も聞こえてくる。どうも、相当なクオリティらしい。


「何名ですか?」


 受付の女子が、事務的に問いかけた。別のクラスということもあって、面識はなかった。


「一名で」

「了解しました……いまから一名入りまーす! じゃあ、どうぞ」


 すこし待たされてから、教室に入った。


 暗い。照明が消されており、窓もほとんど覆われている。だんだんと目が順応していく。それでもなお、不気味さは消えなかった。


 死角からすっと現れ、「バッ」と突然姿を現していく幽霊たち。


 動きの緩急にやられ、つい「あっ」と声を上げてしまった。なるほど、先ほどの悲鳴も理解できる。


 微かにバック・ミュージックが流れている。おどろおどろしいもので、潜在的な恐怖を煽っている。もの静かな教室ゆえ、音を絞っているはずのBGMも、よく聞こえた。


「まだこないな……」


 そろそろ中盤に差し掛かってきただろうか。ようやく耐性もついてきたところだ。


 お化け屋敷のなかで、凛花がどこで出てくるのか。これは秘密だった。あらかじめわかっていると、興が削がれるからだという。


 凛花が出てくるまでは気が抜けない。肩の力は、抜けそうにない。いっそう力が入っている。別の人が現れるたび、「また違ったか」と一瞬安堵する。


 今回もまた、同じように安堵に浸っていたのだが。


「――あぁ、あぁぁああああ!!」


 内部に踏み込まれる感覚。空気がすっと冷える。本物と対峙したような絶望感。


「う、うわあぁぁ!!」


 思わず腰を抜かすところだった。腰を抜かす……?


 まさか。


「正俊、待ってたよ」


 凛花だ。


 なのに、白い装束を身に纏っていると、別人に見えてしまう。足に力が入らない。すべて取り込まれてしまいそうな妄想に取り憑かれる。


「あぁ、やめてくれ。近づかないでくれ」

「もぅ、正俊は怖がりさんなんだから」

「本当に怖い。あ、あとでじっくり話そう!」


 震える足は頼りなかった。壁伝いに歩きつつ、かろうじてお化け屋敷を抜け出すのだった。



「ビビりすぎ」


 凛花と再会してから浴びせられた第一声である。


 お化け屋敷のシフトを終えて、食堂で再会した。


 いつもの制服姿に戻ったら、途端に恐怖心が削がれた。


「よくも悪くも、役に入りすぎてたんだよ。本物の幽霊かと思った」

「褒められたと思っておく。小説のおかげかな? いろんな人物造形のストックがあるから」

「異形も含まれてるのかな、生粋のホラー好きさんだから」

「もちろん。震え上がるような幽霊の造形にしようと詰めてたら、相当なものになってたみたい」

「凛花は恐ろしいや」


 それほどでも、と凛花は謙遜すると、メロンソーダをストローですすった。俺と待ち合わせる前に、他クラスのメイド喫茶で買ったらしい。


「メロンソーダなんて珍しい」

「暑くて仕方なかったから。冷たくて安かったし」

「こちらは冷え冷えしたものだよ」

「足して二で割ったらちょうどよかったかな」

「違いないね」


 冷たいドリンクは受け付けなかった。きょうに限っては、あたたかいコーヒーを自販機で購入した。


「正俊のクラスはどう? 順調そう?」

「盛況だよ。シンプルな催しだけど、だからこそ回転率がいい。かなり手応えはある」

「あまり人員もいらないし、よかったんじゃないかな。いつでも抜け出せるよ?」

「たしかに」


 文化祭を抜け出すなんて、まだ本気になりきれていない。後夜祭だけ出なければオーケーと思っている。


「おおよそ抜け出すあてはできてるの。使われていない空き教室があるみたい」

「同じことを考えている生徒がいたりして」

「よからぬ目的で使ってるってこと? 過去にはそういうケースもあったみたいだけど」

「あったのかよ」

「人づてに聞いた、昔の話だから」


 俺たちの時代には関係のない話、か。


「文化祭、楽しめてる?」

「いまのところは。凛花といるから、ってのも大きいかな」

「よかった」


 文化祭は、いまのところなかなかいい具合に進んでいるのだった。

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