第11話 「愛を振りまく私」が大好き【木崎side】

 木崎咲なんて最高の名前を与えてくれた親には、感謝してもしきれない。


 そして、男にモテるための素質を与えてくれたことには、もっと感謝したい。


 私はいま、幸せの絶頂――その付近にいるといっていい。


「彼氏君、きょうも幸せそうじゃーん」


 彼氏がSNSで「匂わせ」投稿をしているのを見て、私はニヤニヤした。


 ひと言に彼氏といっても、ひとりじゃないの。何人もいる。これまで通算したら、二桁どころの騒ぎじゃないかもしれない。


 そして、同時にふたり以上の彼氏がいる状態を途切らせたことがない。ここは、私の誇るべきところ。テストに出るよ?


 日本という国は、一夫一妻制を採用している。意味がわからないんですけど。どんなにモテる人でも、最終的なパートナーはひとりになってしまう。


 引くて数多みたいな私としては、男を選び放題って感じなんだろうけど、そうじゃないの。


 たくさん愛されるだけの素質がある人は、できる限りたくさんの人に愛されなくちゃ。そして、愛を振りまくの。


 長井正俊って子も、私の愛すべき彼氏のひとり。過去形なのは、もう昔の人になりつつあるから。完全な過去ではないけれど。


 プロポーズはあちらからだった。


 顔は整ってるし、ちょっと大人しいところは気になるけど十分及第点。


 薄幸はっこうそうで、しおれた子犬みたいだった。だから私は《拾う》ことにしたの。


 ――デート、一緒にいかない?


 ――花火大会とか、どうかな?


 誘い方に自信がなくて稚拙だったけど、私は飲んだ。そういううぶなところも含めて愛おしかった。


 キスとかその先とかは、あの子にはしなかった。他の彼氏だったら、ホイホイ明け渡していたんだろうけど。


 できなかったのだ。


 漂うオーラが、私をその先へとは寄せ付けなかった。いま考えるとバカみたい。でも、私はそう感じた。


 長井君だけから発しているものじゃなくて、他の人から守られているような、不思議な感覚。


 護られているというよりかは、むしろ呪われているみたいな?


 彼氏は長井君にもいるし、違和感はスルーしておいても問題なかった。こちらに実害があるわけでもない。健全な関係さえ構築できていれば、長井君といて楽しかったし。


 問題は、ここ数週間のうちに発生した。


 文化祭のダンスをどうしようか、という話。


 一緒に踊った男女が結ばれるっていうジンクスがある。さすがに王道すぎて最初は笑ったんですけど。


 そもそもの話、一緒にダンスをしようと了承しあってるくらいの親密さだったら、長く続いてもおかしくはないよね?


 このくらい冷めた視線でダンスを捉えてたんだけど、話は変わった。本命の彼氏が、一緒に踊りたいっていってくれたの。


 テンションはそこからブチ上がり。もちろん即オーケーだよ。他の彼氏には、一緒に踊れなくてごめんっていっといた。ほとんどわかってくれて、やっぱり私の彼氏だなって。


 問題は長井君だった。あの子はピュアそのもの。疑うということを知っていても、わかってはいない。


 ――一緒にダンス、踊りませんか。


 なんてうぶにいうものだから、そりゃオーケー出しちゃうよ。ちなみにこれ、本命から連絡くる前の話。このときはあまりダンスには乗り気じゃなかった。


 誤解してほしくないのは、長井君と踊りたくないってわけじゃないこと。以上。


 長井君との約束を忘れて、本命と話を取り付けてしまった。気づいたときには遅かった。


 どうしようか、と。長井君に「他にも彼氏いるよー」とは、なんだか口にしづらくて。


 初めてのことじゃない。前にも、何人も彼氏がいることに激怒して別れた子がいる。このときはどれもいいにくかった。面倒くさいな、ってくらいの認識。


 そういうのとは違って、私には珍しく罪悪感があった。


 モヤモヤする気持ちのなか、私はバッサリあの子を振ると決めた。これで別れるならそれまでだ。


 まだ一緒にいたいというなら、喜んで引き受けるつもりだった。私の哲学は別におかしくない。社会的に、倫理的にどうかなんて知らないし。誰だって、愛されたら嬉しいでしょう?


 結果、長井君は受け入れてくれなかった。


 ――​​君とは付き合いきれない。こちらから願い下げだよ。目指す方向が違いすぎる。


 バッサリ切られちゃった。ここまで合わないタイプだとは思わなかった。受け入れてくれたら、これからも愛してあげるつもりだったのになぁ……。


 いまさら後悔しても仕方ないよね。だから、私を愛してくれる人を愛す。全人類の男子は無理だとしても、できる範囲で、私の時間を捧げたい相手に。


 なんて有意義な生き方!


 人生が充実していて、気持ちに余裕がある。そんな私は優しいの。わかってくれなかった長井君には、最後のチャンスをあげる。猶予期間だ。


 一時の感情に身を委ねてしまっただけで、やっぱり私が大事とわかる日が来るかもしれない。


 気長に待っていてあげる。簡単に見捨てるのはやっぱりもったいないから。


「あっ、きたきた♡」


 メッセージアプリの通知欄が、たくさんの数字で埋まっているのを見ると満たされる。


 私は、必要とされている人間なんだって。愛を振りまいて、振りまいて。そんな人生が、幸せで仕方ない。


 そうなんだよ、お母さん。あなたに必要とされていなくても、こんなにたくさんの男の人から必要とされているんだ。


 だから私は寂しくなんかないの。


 本命と踊るの、ほんと楽しみだなぁ……。なんだか体がキュンキュンしてきた。

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