第7話 本屋で選ぶホラー小説

 喫茶店で駄弁った後。


 次に向かう場所も決まっていた。


「本屋か。最近は読まないなぁ」

「もったいないね。本を読むと、自分の知識が増えて、世界が広がるのに」

「楽しさはわかるんだ。いざ読もうと腰を上げるのが面倒になった」


 本以外の娯楽にあふれた現代、読書の優先順位は落ちてしまっている。


 垂れ流すだけでも楽しめる、中毒性の高い動画サイトに時間を食われてしまえば。能動的な娯楽である読書を選択することは、むずかしくなる。


「きょうは特別に本でも買ってみようよ」

「いつもの、ばかりじゃいけないもんね」

「そうそう。特別」


 凛花の言葉にのせられる形で、本屋に向かった。


 高校の近くに本屋はいくつかある。そのなかでも、大きめの店に入った。


「ここにあの女がくることはないでしょう」

「木崎が読書をしなさそうって偏見かな」

「違うの?」

「正解。本なんて眼中にもないって様子だった」


 自動ドアを抜けると、本の持つ特有の匂いが一帯に漂っていた。不快ではない。気分が落ち着いていく。


「凛花はどういうのを読むんだっけ」


 幼馴染とはいえ、本の趣味までは詳しく知らない。


 小さい頃の凛花は、お姫様が出てくるようなものを読んでいた気がする。まさに女の子が好きそうな本を選んでいた。


「前は女の子が主人公のやつをいろいろ読んでた」

「いまはどうなんだ」

「ホラー小説ばっかり」

「意外だね」

「ホラーは生々しいから。一番のめり込めるの。極限に追い込まれた人を見るのって、楽しいんだ。もちろん、小説での話」

「わかってる」


 凛花が向かう方についていく。


「ここらへんに、国内外問わずいろいろ置いてるの」


 ホラー特集のコーナーが組まれていた。


「ありがちな異形もの。人間に追い込まれるやつ。呪いをかけられる小説」

「ホラーといっても、一概にはいえなさそうだね」

「そう。怖さは一辺倒じゃない。ときには思いやりさえ、受け手にとっては恐怖になりうる。考え方の違いのせいで」


 頭の中で、木崎のことが思い浮かんだ。


 あのときの彼女は、恐ろしくもあった。浮気を悪とはさらさら思わず、常軌を逸した提案をした。


 考え方のずれが恐怖を生む、か。いまの自分には刺さるものがあった。


「よく人間が一番恐ろしいっていわれるけど、実際はどう思う?」

「どうだろう。人間も幽霊も同じじゃないかな。一概にどっちが、とはいえない」

「うん」

「別の議論だけど、人間でも幽霊でも、恐ろしい行動を起こす理由がはっきりしている方が、怖いかな」

「意外だな」

「行動原理がわからない事象が怖いのは、無知であるから。逆にわかっている事象の場合、知っているからこそ怖いの。知らぬが仏ってこと」


 凛花はよく考えているのだな、と感心する。


 わかっていることの方が怖い、か。


「さすがはホラー通」

「上には上がいるの。さらなる高みを目指して、きょうも一冊買おうかな」


 手に取ったのは、ストーカー絡みのホラーものだった。あまり得意ではないな。


「趣味悪いって思ったね」

「なにもいってないのに」

「顔に出てる。バレバレなんだから」

「うっ」

「ストーカーが人を追い詰める心理を知りたいの。だから、読む。追体験するの」

「そういう楽しみ方もあると」


 追体験してみたい恐怖か。


 その観点から選書をした。


「へぇ、心霊系なんだ」

「行動原理がわからない方が、怖いから」

「まだ読んだことないやつだ。読み終わったら、感想教えてね。できればきょう」

「読書にブランクがあるっていうのに、いけるかな」

「意外とできるから。変に何度も中断してたら、内容を忘れるでしょう?」

「よく知っているよ。一気読みしようかな」


 感想をうまく語れる自信がない、と伝えると。


「いいの。私の目的は追体験。正俊が感じたことを、私も同じように感じたいの。聞いているとき、そして聞くのを重ねることで、私は正俊に近づくの」

「ホラーのセリフの受け売りかな」

「ひどい。私の言葉なんだから」

「ある程度、小説から影響は受けていそうなものだよ」


 無事に各々購入を済ませた。


 財布の中に新品の図書カードが眠っており、それで買うことができた。おそらく入学祝いか進級祝いにもらったものだろう。


「まだ図書カードも余ってるし、読み終わったらまたこようかな」

「素晴らしい! 読書の楽しさを、また思い出してくれるといいな」

「凛花は本を崇め奉る教祖なのかな」

「大袈裟」


 袋をぷらぷらと揺らしながら、レジのあたりをぶらつく。


 文房具なんかに目が映った。


「きょうはいいが、文房具を新調するのもありだな」

「買ってないの、最近」

「中学以来使ってるやつばかりで。壊れ気味のやつも多いんだ」

「そういうことなら、また一緒に買おうね」

「もちろんさ」


 きのう久しぶりに話したと思えないほど、自然に馴染んでいる。


 長い付き合いは、一度離れてもふたたびくっつくのはたやすいらしいと知った。


「きょうはうち……いや、買った本を読んでっていったもんね」

「だな。じっくり読ませてもらうよ」

「私も読んだらとびきり正俊を怖がらせてあげる」

「恐ろしいったらありゃしないよ」


 お互いの家のあたりまで、ゆっくり歩いて帰った。


 間違いなく、充実した時間だった。



【あとがき】


 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 みなさんの応援もあって、順調にランキングを駆け上がってきました。


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