第5話 じゃんけん全勝幼馴染

『一緒に帰ろう』


 昼をまわったあたりで、一通のメッセージが届いた。


 送信元は、凛花だった。


 ちょうど木崎咲への苛立ちを募らせていたところだった。またハグをしてほしい、とまではいかずとも、モヤモヤした思いを受けてほしいという自分本位な願いがあった。


「もちろんだよ」


 すぐに返した。ノーという理由はない。


『よかった。ちょっと寄り道もするけどいい? 久々に、してみたくて』

「お安いご用だよ。いこう」


 寄り道もとりつけた。ちょうど望んでいたところだった。凛花はよくわかっているのだ。



「遅くなった」


 凛花は、静かに待っていた。退屈そうなそぶりも見せず、ただひたすらに。


 こちらの様子に気づくと、微笑んできた。


「きてくれたんだ」

「メッセージでオーケーを出しておきながら逃げたりしないよ」

「だよね。正俊は逃げないもんね」

「うん」


 人気の少ない裏道を通った。万が一でも木崎咲に出会ってしまったら最悪だし、なにより他の人の目につきたくなかった。


「いつから正俊と帰らなくなったんだっけ」

「自然に一緒に帰らなくなったような気がする」

「そんなのいつでもいっか。こうして一緒にいま帰ってるんだし」

「だね」


 凛花はゆったりとした足取りだ。実際にそうではないが、お嬢様らしさがにじみでている。隠しきれない上品さを持ち合わせているのだ。


「ここ数年は変わりなかった?」

「うん。正俊との関わりが減ったくらい。突っかかってくる男子がいない代わりに、熱い視線は感じる。まったくうれしくないけど」


 風の噂によれば、凛花のファンクラブなんてものもあるらしい。凛花は人前にでて多くの交友を持つタイプではないので、隠れファンばかりであるそうな。


 隠れファンは、自らを凛「花」の下の存在として、「雑草」なんて名乗っているのだとか。いいんだか悪いんだか。


「あの女に出会ったくらいで、こちらも変化なしかな」

「やっぱりね。たった数年じゃ、人の根幹は変わらない。根っこが変わらないと、咲いてくる花は変わらないもの」

「いいたとえだね」

「私、前から変わってないから。忘れないでね」

「愛を連呼したときから?」

「それは忘れて。黒歴史」


 凛花は、愛を連呼したことがある。


 あれは小学生の頃だったろうか。冗談まじりで手紙を渡された。


 中を開けてみると、「愛してる愛してる愛してる結婚しよう結婚しよう結婚しようずっと一緒ずっと一緒ずっと一緒」というようなメッセージが羅列してある紙があった。


 さすがの俺も軽くショックを受け、顔を引きつらせてしまった。凛花は俺の様子を見て泣いてしまったんだっけ。


「愛の連呼っていうのは、ときに狂気になると知ったよ」

「あー、聞こえない聞こえない」

「だいぶ漆黒に染められた歴史なんだな」

「連呼すれば愛が重くなるなんて間違いなの。同じ言葉は、重ねれば重ねるほど軽くなる。私はまるでわかってなかった。だから正俊を怖がらせちゃった」


 黒歴史と認識できるほどには、凛花も変わっているらしい。


「ちゃんと学んでるね」

「根っこの部分は変わってないけど」


 歩いていると、上りの階段にさしかかった。いつもと違う帰り道を選んだためだ。


「長いな」

「グリコでもやる?」

「じゃんけんで勝ったら上に進めるやつか」

「そう」


 グー、チョキ、パーと先の手ほど段を多く上がれる。


 この勝負、勝ちたいものだ。


「初手いくか」

「いいよ」

「「グーリコ」」


 凛花はパー、俺はグー。


 負けだ。


「強いな」

「おおよそ、正俊の考えてることはわかるから」

「ひぇ、恐ろしいや」

「恐ろしくないよ? 長年一緒ならわかって当然だもん」

「なら俺もじゃんけんに勝たなくちゃな」


 二回目、三回目とじゃんけんを重ねていく。


 五回目の時点で、俺は全敗だった。


「そんな、まさか!」


 声を張り上げ、首を直角ぎみに上げないといけないレベルに近づいている。


「正俊はわかりやすいんだもん。法則に従えば、負けることはないんだよ」


 それから数回負けて、あまりにも遠くになった。


 凛花のゴールも遠くない未来。


 ここまでくると、目線の先が凛花の顔ではなくなってくる。制服のスカートに中がチラつくのだ。


「正俊、なに見てるんです?」


 さっとスカートの裾に手をやった。目線に気づいたようだ。


「ふ、不可抗力だ!」

「私の下着なんて見てどうするの? 変な気は起こさないでよね」

「わかったよ」


 結局、勝負は全敗に終わった。唯一の収穫は、凛花の恥じらった顔だけである。あんな状況を逆手にとった俺の小ささよ。


 階段をのぼり、凛花に合流する。


「正直なところ、あれは狙ってたのか」

「なんの話?」

「あんな距離があったら、見えるのもやむなし。なのに、無防備もいいところだった」

「正俊だったから油断してただけ。私を疑うの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「私は、正俊を裏切らない幼馴染なんだよ?」


 見つめられちゃ、かなわない。


「わかった。追及しないよ」

「よろしい。スカートの中を見られたのは不問にしておくね」

「その件はほんとにすみませんでした」

「気をつけてね?」


 階段をのぼって直進すると、大きな通りに出た。

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