第4話 元カノは変わらない

 次の日。


 いつもどおり登校した。なにせ、文化祭は直前に迫っている。振られたからといって、傷が癒えるのを待って殻に閉じこもるわけにもいかない。


「おっはー、長井くん」

「おはよう木崎」

「きょうも元気ありありじゃん? その調子で準備頑張ろうね」


 ウインクをして去っていったのは、木崎咲。


 振った翌日なのに、よくニコニコと話しかけられるものだ。


 浅黒い内心をひた隠しながら、精一杯の笑顔を振りまいておいた。内心と振る舞いがあべこべだ。


 あいつは、複数の彼氏をつくっているといっていた。では、俺と本命以外の彼氏はどうなったのか?


 同じように振ったのだろうか。いまだに関係をキープしているのか。


 ……考えたところで仕方ないか。終わった人のことを考えても。


 いまもなお、続いている人のことに想いを馳せるべきだ。


 ――上里凛花。



 彼女からの久々のハグは、衝撃的だった。


 帰宅したあともなお、残り香で体が包み込まれていた。多幸感のなかに、俺は溺れていた。


 幸せは長くは続かない。次第に夢から覚めていった。一瞬は忘れかけていたというのに、沸々と怒りが顔をのぞかせてきた。


 ハグをされているときは、頭の中を空っぽにできる。そうでなければ、考えごとをしてしまう。


 終わって帰ってきたばかりなのに、また抱きしめられたいと思っていた。一度あのハグに手を染め直したら、戻ってくるのはむずかしいのだ。


 そんな日は眠ってしまうのが一番と、早々に布団に入った。起きていると、余計なことばかりが浮かんでしまうから。



「あいつはクラスにはいないもんな……」


 高校に入ってから、凛花と同じクラスになっていない。チャンスは、来年の一回限りだ。


 ついひとり言が漏れてしまった。つい先日まで疎遠になっていたじゃないか。同じクラスにいるはずがないというのに。


「長井! ボケっとしてないでこっち手伝ってくれよ!」


 意識が現実に引き戻される。


 いまは文化祭に向けた作業中なのだ。


 朝から、ホームルームもなしにキリがいいところまでやる。登校してから考えごとに浸りすぎていた。


「いまいくから、ちょっと待っててほしい」

「そのぶんいっぱい働いてくれよな!」


 クラスメイトにサムズアップを送り、俺は作業に入った。


 今回の文化祭でやるのは、ジェットコースター。これがひとつだ。


 教室を丸々使って、お手製のコースターを走らせる。こいつの設計と微調整は男子がメインで動く。


 だいぶできあがりつつあるが、まだ危ういところもすくなくない。



 もうひとつが、物販である。外を使ってやる。こちらは女子がメインで動く。


 ひとつのクラスでふたつの出し物という、やや特徴的な割り当てをするのが我が高校だった。


 振り分けが男女で違うため、パックリ分かれてしまう――なんてことはない。あくまでメインが、というだけであり、それぞれサポートに入ることがある。


 途中、女子のサポートが入った。


「長井くんはこの設計でいいと思う?」

「微調整さえいれれば、いいんじゃないか」


 このときも、木崎咲は絡んできた。


 周りには、俺と木崎がある程度親しいと認識されている。その手前、バッサリと門前払いをするわけにもいかない。


 おとといまでのような、親しい男女を演じなければならないのは苦痛の極みだった。


 いい加減あっちにいけ、俺に話しかけるな。


 目で訴えようにも、あちらは完全にスルーを決め込んでくる。


 俺はきのう、あんたを拒絶したはずだ。本命のためにだとか抜かして振っておいて、素知らぬ顔で関われるのには神経を疑う。


「……ってところもいいよね?」

「ごめん、聞いてなかった」

「そっけないな」

「ちょっとトイレいってくる。他のところのサポートにいってくれ」

「え、待ってよ〜」


 ぎゅっとこちらの手を握ってきた。いくな、とでもいうのか?


 あいつにしかわからないように、突き放すような鋭い視線を送った。


 あたふたするのにも構わずに、俺はトイレの方に向かった。そこでの目的は変わっていた。


 触られた手を洗い流したかった。過度な潔癖症でもないはずで、そこまでやることもないだろうが、いまの俺は木崎咲を受け付けないのだ。


 気が済むまで洗うと、ようやく真人間に戻れた。裏切った人間の汚さに、物理的にすら触れたくはなかったのだろう。生理的に無理、というのに近かった。


 明確に振り切ったことで、ふたたび木崎咲が接触することはなかった。ありがたいことだ。そうでなければ困るのだが。


「なんだかそっけなかったなぁ、長井」

「いつもどおりだよ。気のせいだって」


 作業を終えてからいわれたことだ。


 間違っちゃいない。よくわかっているじゃないか。


 だが、気のせいであるように振る舞わなくちゃいけない。もう大丈夫という時期が来るまでは。


 おそらくそれは、木崎咲が破滅する兆しの見えた頃だろう。なにも悪あがきせずに終わるのは、やはり耐えがたかった。


 一時の屈辱には耐えらえる。それが、長期的にはプラスになるとわかっているのなら。


 そして、凛花が支え続けてくれるとするのなら。

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