第4話

 しばらく僕とサーシャは二人で散策した後、ミーナス侯爵家の屋敷へと帰ってきていた。

 自分たちが戻ってきたミーナス侯爵家の屋敷へと入った瞬間、聞き覚えのある人たちの声の絶叫、絶望の声が聞こえてきた。


「どうしたのかな?」


「……どうしたんでしょうか?」

 

 僕たちは聞こえてきた絶叫に首を傾げながら声がしてきた大広間の方へと向かう。

 

「ただいま戻りましたよ」

 

 声のしてきた大広間の扉を開いて僕の目に映ったのはクラスメートのみんなが席に座り目の前に置かれている教材を前に頭を抱えている光景だった。


「おや?帰ってきたんですか?」


「えぇ」


僕は自分に向けられたミーナス侯爵閣下の言葉に頷く。


「中間試験だと聞いてね。勉強を教えてあげようかとね」


「なるほど」


そう言えば、ミーナス侯爵家の当主は勉強を教えるのに熱心な人だったか。

ミーナス侯爵家の文化の一つであるスパルタ教育……かなり、キツイものがあるだろう。


「君たちもどうだい?」

 

「僕は大丈夫。満点とれるから。サーシャはどうする?」


「わ、私もいいです。ノーン君に教えてもらうので」


「なるほど。普段なら冗談だと人笑いするのだが、君からは絶対の自信を感じるし、それを信じようではないか。中間試験頑張ってくれたまえ。イプシロンクラスがデルタクラスに上がったそんなの前代未聞である。君たちがデルタクラスを維持させ、更に上を目指せるように精一杯私もサポートするとするよ」


「ありがとうございます」


僕はミーナス侯爵家当主に一礼してその場を離れる。


「どうする?一緒に勉強する?」

 

 大広間か出てきた僕はサーシャへと疑問の声を向ける。


「う、うん!よろしくお願いします」


「じゃあ、僕の部屋に行こうか」


 僕とサーシャは勉強するため、この屋敷に泊まる間借りている僕用の部屋に向かうのだった。

 

 ■■■■■


 夜遅くになったことで終わってしまった私とノーン君の二人の勉強会。


「じゃあね」


「うん、また明日もよろしくお願いします」


「ん、また明日」

 

 ノーン君とお別れの挨拶をした私はミーナス侯爵家から借りている部屋へと戻ってきていた。


「ふぁー!!!」


 与えられた部屋に置かれていたふかふかのベッドへとダイブした私は大きな声を上げる。

 さっきからずっとバクバクと私の中で主張してくる心臓の音がうるさい……全然、集中できなかった。


「はぁー。きれい」


 しばらく悶えた後、ようやく落ち着いた私は自分の指に嵌められている指輪を見てうっとりとする。

 指が嵌められている場所は左手の薬指。

 これはもうノーン君からの求愛だと考えて良いんじゃないのかな!?

 結婚してくださいってことなのでは!?

 私とノーン君が付き合う。

 そ、そして結婚する。


 ……仕事から帰ってきたノーン君に私がおかえりって出迎えて、それで、き、キスなんかしちゃったりもして……。

 私が作ったご飯をノーン君が美味しい美味しいって言って食べてくれて……。

 お風呂に一緒に入って、洗いっこしたりなんかして……。

 よ、夜はい、一緒にあ、あんなことやこんなことなんかしちゃったりして……!それで……!それで……!


 ノーン君はかっこいいから、男の子でも女の子でもきれいな顔の赤ちゃんになるんだろうなー。

 きっとかわいい。いや、絶対にかわいい。

 いっぱいいっぱい愛してあげる。

 私とノーン君で一緒に赤ちゃんの名前考えて。子育てして……。


『え?子供なんてどうでもよくない?』


 と、ノーン君が言っているところを想像して、私は妄想の世界から現実に戻った。

 ノーン君なら平気で言いそうだった。いや、絶対に言う気がする。

 そもそも私が左手の薬指に嵌めてもらえるように手を出したんだから、左手の薬指に嵌めてもらえるのは当然じゃないか。


 ……異端審問官。

 異端審問官かぁ。


 嘘だった、私に話していた素性はすべて……嘘をつかれていたことはショックだったが、それでも、異端審問官ともなると仕方ないだろう。

 むしろ、私達に本当のことを話してくれたのが奇跡のようなもの。

 

 ……だけど、それでもショックは大きかった。

 これまでずっと優しかったノーン君の冷酷な面も、どこか歪な面も見て、知って……でも、でも、それでも。

 私はノーンくんのことが、ノーン君のことが……。


「大好き」


 私はノーン君から貰った指輪を握りしめた。

 多分、私の思いはきっと届かない。

 平民でしかないちっぽけな私の思いなんて届かないだろう。届くはずもないのだ。


 それでも好きなものは好きなのだ。

 大好きなのだ。

 もうどうしようもないほどに大好きなのだ。


「……ノーン君」

 

 自分でもわかるほどに熱っぽい言葉が私の口から漏れるのだった。

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