第2話

 既に太陽が陰る夕方。


「レイン先生」


 僕へと声をかけられたレイン先生が肩を大きく震わせる……いや、だから僕は何もしていないじゃんか。


「な、なんだ?」


 声を震わせながら返答する……だから何もしていないというのに。

 僕がレイン先生に話しかけたのはみんなが帰った後、自分はレイン先生にとある用事があったので残っていたのだ。


「いやいや、そんなにビビらないでくださいよ?僕は何もしませんよ?別にあなたは背教したわけでもないでしょう?」


「あ、あぁ。そうだな」

 

 僕の言葉に……やっぱり僕の正体を知っているのか、この人。

 まぁ、出なければあんな反応しないよね。


「それで要件なんですけど、レイン先生の領地に行きたいと思っているんですよ」


 レイン先生の生まれの家はかなり爵位の高いいいところだ。

 ミーナス侯爵家。

 南にある広大な領地は侯爵家の中でも上位に位置し、南では南の貴族を取りまとめているヴィーナス公爵家に次ぐ権力と領地を持つテンデゥス教国でも屈指の大貴族である。


「ひっ!お、俺は何もしていないぞ!それに家のほうだって!」


「あぁ、そこは安心していいよ。ミーナス侯爵家に何か背教の疑いがあるわけではないから」


「そ、そうなのか。よかったぁ」


 レイン先生が安堵のため息を漏らす。


「ただ、南の貴族にその疑いがあってね。詳しくは聞かないでほしいかな」


「わかった!」

 

 僕の言葉に対してレイン先生は高速に首を振る。

 そんなに必死にならなくても……。

 実は、レジスタンスの拠点を潰していてわかったのだが、新しく入ったレジスタンスの構成員は妙に南出身の人が多いのだ。

 

 そしてその割合が最も多いのがヴィーナス公爵家。

 報告にも、ヴィーナス公爵家が何か怪しい動きをしているという情報が上がっている。

 爺ちゃんから貰った情報だからかなり精度の高いものではあるだろう。

 

 僕はレジスタンスに入り、一気に幹部にまでのし上がったの謎の男がヴィーナス公爵家の者じゃないかと疑っているのだ。

 公爵という大貴族の人間ならば一気に幹部にまでのし上がれたのも納得だろう。

 

 そこで調べた限りだと一番白に近く権力が最も高いミーナス侯爵家に近づこうというわけだ。

 それにレイン先生の実家なら、生徒が先生の実家に訪れるという構図になるので、そんなに怪しまれることはないだろう。

 実は王立国教騎士学園では生徒が先生の実家に行くというのはさほど珍しいことではないのである。


「じゃあ今度みんなと一緒に行くから」


「わかった。……ん?みんな?」


「うん。みんな」

 

 僕はレイン先生の言葉に頷く。


「……え?」

 

「じゃあね。それではお邪魔しました」

 

 僕は固まっているレイン先生を置いて家を出るのだった。

 

 ■■■■■


 別の日。

 学校もない休日の一日において。


「おー!すごいお屋敷ですね!」


 僕はデルタクラスの全員と共にレイン先生の生家であるミーナス侯爵家へとやってきていた。

 サーシャが目の前の大きな邸宅を見て感嘆の声を上げる。

 確かにこの大きさの屋敷はすごい。

 敷地面積だけで言えば王城よりも広いだろう。

 地方だからこその贅沢な土地使いだろう……王都でこんなに広々と土地を使うことはできないだろうからね。


「はぁー」


 そんな中、レイン先生がため息を漏らす。


「ん?」


「あ!いや、なんでもないです!楽しみですね!」


 僕がレイン先生の方を見るとレイン先生は慌てて首を横に振り、否定する。

 一つのため息に対してあげた僕の疑問の声ですらここまで必死に否定するとは、どれほど怖がられているというのだ。


「お帰りなさいませ。レイン様。そしてようこそおいでくださいました。生徒の皆様」


 僕たちはミーナス侯爵家の使用人たちの接待を受け、屋敷まで案内される。


「おー」


 デルタクラスの場合、アリスとリリス以外は下級貴族もしくは商人などの平民。

 庭の広さと使用人の多さ、改めて目の前に立ったときに感じる屋敷の大きさ。

 そのすべてに驚き、感嘆の声を漏らす。

 流石にキースはそこそこの大きさな商人の息子なだけあって慣れていそうだったけども。


「やぁやぁよく来てくれたね。息子の生徒たちに会えて嬉しいよ」

 

 屋敷の中に入ると、玄関で当主自らが僕たちを出迎えてくれる。

 そんな事実にクラスメートのみなが驚く。

 それはアリスやリリス、キースも同様だ。

 

 まぁ、それも無理もない。

 こんなにフレンドリーで平民にも優しく接してくれる大貴族はこの人くらいなものだろう。

 敬虔な信徒であり、統治も完璧な優秀な人。

 当然爺ちゃんからの信頼も厚い。


「ここじゃなんだ。場所を移動しようか。お昼はまだだろう?とっておきのを用意してあるんだ」


 そして、そのまま当主自らが僕たちに食堂の場所を案内してくれる。


「さぁ座ってくれたまえ」

 

 そして僕たちがやってきたのは大きな食堂。

 装飾も華やかで、いい香りが漂ってる。

 そして食堂の真ん中にどんと置いてある僕たち15人が座ってもなおまだまだ余る長い机。

 

 これが大貴族だと言わんばかりの豪華な部屋である。

 教会の部屋は割と質素なのため、僕もこういう華やかな場所で食事をとることはほぼないので少し新鮮である。

 僕の一族は特殊すぎるので、パーティーとかには絶対に出ないからね。


「今、食事の方をお持ちしますね」

 

 みんなが食堂の席につくと、そのまますぐにミーナス侯爵家の使用人たちが料理を運んできてくれる。

 

「こ、これが食べ物なんですか!?」

 

 僕の隣に座るサーシャが一口食べ、驚きの声を上げる。

 最高の食材に最高のシェフが作る料理なのだ。

 その反応も当然だろう……決して、平民が、下級の貴族が食べられるようなものではないのだ。


「うん、そうだね」

 

 僕はサーシャの言葉に頷き、豪華な食事を堪能するのだった。

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