第19話

 私の体は思考を置き去りにして勝手に動いていた。

 ただ無我夢中だった。

 優しいノーン君が誰かを殺す姿なんて見たくなかった。

 その相手がたとえ、誰であったとしても。


「……!」


 ノーン君は驚き、動くを止めてくれる……良かった、これで!

 だがしかし、そんな私の喜びは儚く散った。


「邪魔」


 私はノーン君の手によって呆気なく突き飛ばされる。


「え……」


 そして、それだけではなく私へとノーン君が持つ禍々しい大鎌が向けられる。


「何?サーシャも、背教者の仲間?執行対象?」


「あ……」


 私に容赦なく向けられる冷たい殺気。

 何人たりとも寄せ付けないような冷たい殺気を前に私は何も言えなくなる……いつも見ているノーン君の冷たい無表情に視線。

 そこは変わらない。

 だがしかし、今のノーン君からはその仕草と雰囲気から感じる温かさを少しも感じなかった。

 何か、頬に冷たいものを感じる。


「……君の異端審問は後」

 

 呆然と座り込むことしか出来ない私からノーン君は視線を外し、バンバラ君の方へと移す。


「思わぬ邪魔が入ったが……じゃあ、とりあえずさようなら」


 そして、ノーン君は私の目の前で無常にもバンバラさんの首を切り落とした。


「ガイア姐さん。後片付けはよろしく。僕は奥を潰してくる」


 そのままノーン君は私の目の前からいなくなってしまった。

 この場には残されたのは何も言わぬ屍となった


「ごめんなさいねぇ」


 私の頬を流れる涙が誰かに拭き取られる。


「でも、あの子のことを嫌いにならないで頂戴?」


 私の涙を拭き取ったのはいつの間にかこの場に現れていたすごい格好をした大男。

 平時だったら驚きを隠せなかったが、今はそんなことすら考えられなかった。


「あ、あなた……は?」


 呆然と座り込む私は何とか自分の口からそれだけをひねり出す。


「私もあの子、ノーンちゃんの同業者よ」


「ど、同業、者?」


 同業者?ノーン君はスラム出身の子じゃ。

 それなのに同業……仕事が、あるの?


「えぇ。あの子は異端審問官なのよ。それも最強のね」


「……!」


 私の体に衝撃が走る。

 

 異端審問官。

 

 その名は平民である私でも知っている。

 何か悪いことをしたら異端審問官が来ちゃうわよ、と子供の教育にも使われるような存在であり、その実在は噂レベルでしかなかった教会の持つ唯一の武力。

 最初から、最初から私は騙されて、いた?


「……お願い。あの子を嫌いにならないであげて頂戴。あの子を一人にしないであげて頂戴。あの子が背負っているものは、あんな小さな子が一人で背負っていいものじゃないのよ」


「ひ、一人に?」


 どういうことだろうか。

 あぁ。私はノーン君のこと何も知らないんだ……何も、教えてもらえていないんだ。

 そう考えると再び私の目元から涙があふれる。


「ノ、ノーン君はスラム出身じゃないんで、すか?」


「えぇ。そうね」


「そう、ですか……あ、あの!ノーン君のこと教えてもらえませんか!わ、私はッ!!!」


「えぇ、いいわよ。あの子はいい顔をしないだろうけど、上の方でも少々方針が変わっているからね。教えちゃうわ……貴方に聞いてほしいの。そして寄り添ってほしいの。私じゃ、私達じゃだめなのよ。私達には何もできないのよ。それと、この話は当分他言無用でお願いするわよ」


「わ、わかりました」

 

 私は目の前にいる大男の言葉に頷く。


「心して聞いてね。これは小さな一人の少年の物語よ」


 ノーン君の同業だと語る大男はゆっくりと話し始めた。


 ■■■■■


 今からはるか昔。

 神々が地上から離れ、人間が天下をとったばかりの頃。

 

 時は戦乱。

 全世界の国々が様々な理由のもと争い、しのぎを削っていた。

 いくつもの国が滅亡し、そしてまた建国するということを繰り返していた時、一つの国が誕生した。

 

 その国が、ここテンデゥス教国。

 その国はまたたく間に勢力を拡大していった。

 何故か。

 その国のリーダーであった二人が圧倒的な力を保有していたからだ。

 数多の困難を乗り越え、とうとうテンデゥス教国は世界最大の国家へと成長していた。


 当時組まれていた対テンドゥス教国同盟すらも破ったテンドゥス教国を止められる国家はもはや存在していなかった。

 残った国々の間で条約が結ばれ、平和が訪れた。


 戦後、すべての国の人が創造神アーレを崇めるように義務付けられ、テンドゥン教国のリーダーとして君臨していた二人の内一人が教皇に、そしてもう一人が国王になったとされている。 

 

 だがしかし、真実は違う。

 一人が教皇になったのは本当だ。

 だが、もう一人は国王になんてなっていない。

 もう一人は反乱分子を消す裏の人間、異端審問官となったのだ。

 異端審問官の頂点たる序列一位はその人間の子孫たちが代々受け継いできたのだ。

 決して表に出ず、裏の世界を生きる彼の一族はノーネームと呼ばれるようになったわ。

 

 そして、時は現在。

 300年間の月日が流れてもなお異端審問官の一族は闇に潜んでいた。

 

 そんなノーネーム一族に一人の少年が生まれる。

 それが今はもう既にその真名を捨てた一人の少年。

 少年は神童と呼ばれ、齢5歳にしてもうすでに一族の中でもトップクラスの実力を持っていた。

 

 そんなある日のこと。

 たった一つの事件が少年の持つ運命が全てを変えた。

 少年の一族の一人が裏切り、たった一夜にして少年を除く全ての人が裏切り者によって殺された。

 少年は一夜にして両親も、親戚も、小さな世界で生きていた少年は己のすべてを失った。

 

 それからの少年の人生は悲惨そのもの。

 異端審問官として仕事をこなしていた人たちが死んでも仕事はなくならない。

 そして、そのあまりにも多すぎる仕事は少年が一人でこなすようになったのだ。

 悲しむ間もなくすべてをかなぐり捨て、自分の名前すら捨て、一人でノーネームという家名を背負い、戦い続けたわ。


「彼の人生は血と苦難に彩られているわ。決して誰からも感謝されることなく、名誉を受けることもなく、誰からも知られず、誰よりも過酷な世界に幼き頃から身を落としているわ。あの子も、どこにでもいる子供と何も変わらないのに」


 ノーン君の同業だと語る大男はすべてを語り終え、口を閉じた。

 

「そんな……」

 

 私はノーン君の人生の悲惨さに絶句した。

 何が、私の人生がノーン君と同じ、なのだ……何が裏切れた、なのだ。ノーン君が歩んできたその世界は、その人生は……ッ!

 そんなにも……ッ!!!


「裏切り者」

 

 口を閉ざしていた大男が再び口を開く。


「これも語るべきよね。ノーネームの一族を皆殺しにしたもの。それは────

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