第18話

 国立国教騎士学園にある小さな図書室。

 ここは教会の図書館をも超える大きさの図書館とはまた別のところであり、人の多いところが好きでない人のために作られたところだ。

 

 そこでサーシャと僕は勉強していた。

 他の三人は、というより今日は貴族たちの多くが参加するパーティーがあるため、学園が休校で多くの生徒がこの学園内にいなかった。

 そんな中、平民でパーティーと縁のない僕たちは学園に残って真面目に勉強に明け暮れていた。


「むむ……ここがわからないです。ここってどうするか、わかりますか?」


「あぁ、その語法は難しいよね。よく間違えるところだと思う。ここはね」


 誰もいない図書室で二人だけの勉強会を行っていたところ、突如として図書室へと入るドアが蹴破られ、僕とサーシャの前をひしゃげたドアが通過する。


「な、何ですか?」


 いきなりのことに動揺するサーシャは。


「クセェ。薄汚えドブのような匂いがするぞ」


「バン、バラさん……?」

 

 ドアを蹴破って、図書室の中に入ってきた退学になったはずのバンバラを見てサーシャの感情が動揺から驚愕と生理的嫌悪へと変わる。


「バンバラ随分な姿になったね」


 そんなサーシャとは対照的に冷静な態度を保つ僕は静かに立ち上がり、隋部分と歪な姿となったバンバラへと声をかける。

 背中から蜘蛛のような八本の足を生やしたバンバラの様相はその蜘蛛の足以外も人外じみたものとなっていた。


 両足はドロドロに溶けて骨まで丸見えになった足を黒い謎の粘性物がぐちょぐちょにまとわりつくことでなんとかその形と機能を保ち、彼の顔は酷く爛れ、既に彼がバンバラであると認識出来る最低限の状態。

 そんな顔からも両足と同じく黒い粘性物が漏れ出ており、顔が斜めに引き裂くように一つの巨大な瞳が刻みこまれている。


「……汚い」

 

「えぇぇいい!黙れぇぇぇぇぇぇえええええ!お前のようなクズにこの動きについてこれるかぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」


 僕の言葉に一瞬で激昂したバンバラは背中より生える蜘蛛の足を用いて、図書室内を縦横無尽に駆け回る。


「アハハハ!死ねェェェェェエエ!」


 僕の背後へと回ったバンバラが声を上げながら飛びかかってくる。


「遅いよ」


 確かにバンバラは速いが、僕を相手にするにはあまりにも遅いと言わざるを得ない。

 僕はその一撃を避け、僕の背後へと回ったバンバラの背後を逆に取ってやる。


「なっ!?」


「えい」


 そして、僕はバンバラへと蹴りを一つ。

 思いっきり壁へと叩きつけてやる。


「バンバラ。汝は十戒が一つ『崇神』に反した」

 

 壁から落ち、地面へと無様に倒れるバンバラの前へと立った僕は口を開く。


「は?」


「よって汝を背教者と断ずる」


 僕の影は伸び、世界を黒く染め上げていく。

 雷鳴が鳴り響き、紫電が世界を照らし、空間がひび割れる。


「正義を執行する」

 

 何もないところから僕は一振りの大鎌を引き抜く。

 己が異端審問官として他を断罪する際に使う『断罪の大鎌』を


「何が正義だァァァアアアアアア!へい」


「吠えるな『死神デスサイズ』」


 僕は魔法を一つ。

 断罪の大鎌が紫電を纏う。


「……ッ」

 

 何もかもを奪い、何もかもを染め上げる一刀。

 紫電を纏いし、黒き大鎌は何もかもを染め上げ、無へと返す。


「あ、あれ?」


 バンバラは困惑したような声を上げる。

 それも当然だろう。当然だ。

 僕の死神デスサイズによって己が魔力をすべて無へと返されたのだから。

 これでバンバラの保有魔力量は零、魔力を持たぬ人間など何も出来ない……これで僕の勝ちはほぼ決まった。


「ほい」


 更に大鎌も一振り。

 バンバラの体を覆っていた分厚い彼のものとは違う魔力すらも染め上げて無へと返す。


「ぎ、ギィィィイイイイイ!」


 別の誰かの魔力も無へと返された結果、バンバラの体が大きく変貌していく。

 化け物のような体から元の体へと徐々に戻っていく。

 

 黒い粘性物に支えられていた両足は溶けていき、蜘蛛の足のなくなった背中からは大量の血が溢れだし、顔を歪めていた一つの大きな瞳に漏れ出していた黒い粘性物もなくなったことその姿を更に悲惨なものへと変える。

 

 バンバラの体は別の誰かの魔法によって変えられていただけに過ぎず、その魔力が殺された結果、魔法が解けるのは自明の理であった。


「や、やめ。こ、殺さないで」


 ここでようやく彼我の差を理解したバンバラが情けない声を上げ、ズルズルとその場を後退する。


「さようなら」


「やめて!」


 僕が手に持った大鎌をバンバラに振り下ろそうとしたその瞬間。

 サーシャが僕の背後から強引に動きを止めようと抱きついてきた。


「何?サーシャ」


「やめて!……やめてよぅ。私はノーン君が人を殺すところなんて見たくないです!」

 

 僕の背中にまとわりつくサーシャは涙ながらそんなことを告げるのだった。




 十戒

 『崇神』主が唯一の神であること

 『無像』偶像を作ってはならないこと

 『沈黙』神の名をみだりに唱えてはならないこと

 『静養』安息日を守ること

 『敬仰』父母を敬うこと

 『不殺』殺人をしてはいけないこと

 『純潔』姦淫をしてはいけないこと

 『返礼』盗んではいけないこと

 『真実』隣人について偽証してはいけないこと

 『無欲』隣人の家や財産をむさぼってはいけないこと

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