第12話

 太陽が徐々に天へと傾きつつあった頃。


「頑張れー」

 

 僕はゴブリンに囲まれボコられているみんなへと声援を送り続けていた。

 というより、これくらいしか僕にできることがなかった。

 手を出すなと言われたので。


「はぁはぁはぁ」


「これで終わりですの?」


 少しすると、流石と言うべきなのか。

 敵に囲まれた状態であってもみんなは苦戦しながらもすべての魔物を倒し切った。

 

「くっそ。無理しすぎたもう魔力が殆ど残っちゃいねぇ」


「……わ、私も結構ギリギリですぅ」


「……つ、疲れたですわぁ」


「……」

 

 だがしかし、その代償は非常に大きかった。

 四人は崩れ落ち、疲労困憊となってしまった。

 それだけ疲れていたらまともに戦えないでしょ……回復魔法でもかけてあげようかな?」


「みんあ、おつ」

 

 みんなの労をねぎらい、回復魔法をかけるためにサーシャたちの方へと近づく……そんなときであった。

 

「あれ?」


 僕は自分の知っている……だがしかし、ここでは感じるはずのない存在が気配を感じて首をかしげる。


「どうした?」

 

 そんな僕を見て、こちらへと視線を送ってくるバース。

 だがしかし、今の僕にはバースに気にかけている暇すらなかた。

 

「いや……違う。勘違いじゃない。儀式級魔法『焰』」

 

 僕はありとあらゆるものを呑み込み、無限に範囲を広げて燃え続ける白炎の魔法を発動させる。

 目の前に広がる森の木々をすべて燃やし尽くした。 

 

「いきな……な、なんだ、あれ」


 すべてを燃やし尽くした後に残ったのは一つの闇。


「アンゲロス」


 僕は本来こんなところにいてはいけない存在を前に疑問の声を上げる。

 

 アンゲロス。

 

 神話の世界に住まう全てを喰らう怪物。

 その姿はパット見一人の少女のような姿をしている。

 しかし、その姿をじっくりと見れば異形の怪物であることがわかるだろう。

 美しい紫色の左目とは違い、右目に悍ましい無数の小さな眼球に覆い尽くされ、口にはベロも、歯もなく、その代わりとして一本の腕があった。

 彼女が纏っているぼろ布に覆われていない素肌にはいくつもの縫い跡が見え、背中からは蜘蛛の足のようなものが歪に生えている。


「既に尽きし存在がなんでこんなところに」


 本来ならば人が住まう大いなる大地より遥かなる下に存在する大地にしかいないの存在が……何故、こんなところにいるんだ?


「借りる」


「あ、おい」


 僕は地面に倒れ伏すバースから剣を強引に奪った後、彼らをここから遠ざけるべき風魔法を使って強引に後退させる。


「……」


 サーシャたちが下がったのを確認した後、僕はアンゲロスの懐へと一瞬で入り込み剣を振るう。


「がぼっ!」


 だがしかし、一気に肥大化した少女の口から一本の腕によって首を狙って放った僕の剣は止められる。


「ガガガ」

 

 少女の口から伸びる腕の膨張は僕の剣を止めたくらいで止まることはない。

 それはアンゲロスの口を引き裂いてもなお止まることなく肥大化し、その長さも太さも大きく増加させる。

 そして、その一本の腕の至るところから更に無数の腕が伸びる。


「儀式級魔法『焔』」


 アンゲロスの口から伸びてくる歪で強大な幾十本にも分かれて迫ってくる手を前にしても一歩も引くことなく僕はその場で魔法を発動する。


「『黒蝕』」

 

 そして、更に魔法を発動。

 白き炎を真っ黒に染め上げていく……どこまでも苛烈で、何もかもを呑み込んでいく終わりなき劫火へとその炎の性質を変えていく。


「すべてを呑み込め」

 

 僕の操る万物を溶かして無限に膨張していく黒炎は次々とアンゲロスの口から伸びる腕を燃やし尽くしていく。


「ガガガ」


 一瞬にしてすべての腕を焼かれ、顔まで溶かされようともアンゲロスは何もなかったのように口から伸びる

 だがしかし、伸び切っていない新しい腕が僕の相手になるはずもない。

 それらのすべてを一瞬で斬り飛ばした後、アンゲロスの腹へと蹴りを叩き込み、上空へと打ち上げる。


「ふー」 

 

 僕は剣を構え、自身の中にある魔力を昂らせる。


「『黒閃』」


 自分の手にあった剣も、空を呑気に進んでいた雲も、アンゲロスも。

 僕の一振りで悉くが消し飛んでいく。


「おわーり」


 僕は天から降ってくるアンゲロスの魔石をキャッチし、黒く染まりそっと消えていく剣から手を離す。

 アンゲロスは確かに普通の人で敵わないような神話時代を生きていた過去の強力な遺物であるが、僕は既にかなりの数のアンゲロスと戦い、勝利している。

 今更アンゲロスが一体、僕の敵にはならない。


「す、すげぇ」


「ば、化け物じゃないですの」


「……」


「こ、こんなに凄かったんですか?」

 

 あっさりと底知れぬ怪物を討伐した僕に対してサーシャたちが畏怖とも感嘆ともとれるような視線を向けながら感想を漏らす。


「ふぅー。さぁ、ゴブリン狩りを再開しようか」


 僕はそんなサーシャたちに向けて一言。

 笑顔でさっきのことは忘れて、今まで通りにゴブリン退治を続けようと告げ、みんなに回復魔法をかけるのであった。


「……」


 さて、と。

 一体どこのどいつがアンゲロスなんてものをこんなところにまで引っ張ってきたんだろうね?……まぁ、なんとなく犯人はわかるけどね。

 

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