第10話

 それから。

 僕たちの学園生活が始まった。

 最初は初めて体験する学園生活に戸惑いを感じていたが慣れる事ができた。


 一応この学園内に異教徒並ぶに背教者がいないかどうか確認したのだが確認できなかった。

 命の危険がないところで安全に楽しく暮らす。

 こんな平穏な日々を過ごすのは一体いつぶりだろうか。

 

 しかし、僕は未だに彼女を作るどころか、好き、という感情すら理解できずにいた……僕がこんな生活を送っている間にも仕事はあるのだ。

 他の異端審問官たちも大分とマシにはなってきているのだが、まだ不安が残る。

 ちゃんと業務をこなせているだろうか。

 

 と、まぁ……色々と不安なところはあるが、概ね快適な学園生活を送ることができていた。

 まぁそこで一つ。

 不安を述べさせてもらうなら。

 

「えー、まず魔法陣とは。えーっと」

 

 授業である。

 抑揚のない眠くなりそうな声に、しどろもどろな授業。

 退屈で仕方がない。

 そもそも軽く教科書を見れば理解できるような内容を長い時間をかけて授業で行う理由がわからない。

 退屈って嫌いんだけどなぁ。

 僕は内心を占める嫌悪感に憂鬱になりながらも授業が終わるのを待った。

 

 ■■■■■

 

「まったくなんなんですの!あのひどい授業は!」


「……」


「そうだな!」


 バース、アリス、リリスの三人は授業に酷さに怒りを顕にしている。


「そうですか?興味深かったのですが」


 しかし、平民として過ごしてきたサーシャにとっては授業をしてもらえる。それだけでとても贅沢なものだった。


「そ、そうですの?ですが、あんな授業では他クラスに勝つなんて絶対に無理ですわ!」


「そうか?別にあんなの教科書を見ていれば理解できるだろう?」

 

 授業など関係なしに配れる教科書を読んでいれば大体理解出来るだろう。授業の必要性が理解出来ない。


「そんなわけないじゃないですの!」


「……」


「でも配られたテストと同じレベルの問題だという問題集は簡単に解けたよ?」


 レイン先生から定期テストの過去問と告げられ、渡されたテスト集は問題なく解くことが出来た。


「へ?ですの」


 僕の言葉にみんなが驚く。

 

「あれが解けたんですか!?す、すごいです」


「え?みんな解けないの?」


「と、解けないですよ。頭いいんですね」


「そうだな。さすがはノーンだわ」


「そうですわね」


「……」

 

「そ、そう、だったのか。僕は頭が良かったのか」

 

 今まで同年代と頭の良さを比べることなんてなかったから驚きである……基本的に誰もが一度見たものを記憶出来るものじゃないのか?


「じゃあ僕がみんなに勉強を教えてあげようか?多分教えられるよ?」


 人に勉強を教えたことはないがおそらく教えられるだろう。

 抑えておかなければならないこと、わかりにくいところなんかもわかるしね。

 それに学業ではないが、仕事に関する教えごとなら今までも良く経験しているのだ。

 あまり大差ないだろう。


「本当ですか!」


「じゃあ、図書館に行く?」


「いいですわね!」


「んー、俺はパスで良いわ。体鍛えてくる」


「だめですわ!体だけでなく頭も鍛えなくてはいけないですわ!」


 勉強を嫌い、体を鍛えることを優先するバースをアリスとリリスは許さず、無理やり図書室まで向かわせるのだった。

 

 ■■■■■


 国立国教騎士学園には教会の図書館をも超える大きさの図書館がある。

 そして当然その蔵書数も尋常でないレベルだ。

 世界最高峰の学園であり長い歴史を誇る学園であるため、国外の研究員ですらこの図書館を利用しているそうだ。

 確か教会もこの図書館に何冊か重要な文献の写しを寄贈しているはずだし。


「ここは2つの公式が絡まってる。だからこうしてあげると……」 

 

 窓から差し込む夕日の暖かな光に包まれる中、僕はサーシャたちに対して


「あ!なるほど。そういうことですか」


「えっと、この問題はこの公式を使ってあげると……」


「……なるほど、ですの?」


「確かにここの心理描写はわかりにくいけど、ここに書かれていることに対して注目すると……」


「……」


「ねぇ、聞いている?……あ、うん。聞いているのね。えっと……それじゃあ、これは……え?わからない?首振っているのはわからないで良いんだよね?」


「えっとー……。まずはこれからやろうか」


「お、おう」


 ……。

 ………。

 

「ねぇ、貴族様?」


「は、はいですの!」


「……」


「な、なんだ!?」


「なんで、サーシャよりできないの?」


「うっですわ」

 

「くっ」

 

 勉強をやればやっていくほど広がっていく格差、理解度の違い……幼き頃から英才教育を受けてきたはずの貴族が平民に負けるという状況に対して当然ともいえるべく抱いた僕の疑問に対して二人はバツが悪そうに顔をしかめ、顔をそらす。

 リリスは変わらず無表情だ。

 

 貴族である二人よりも平民であるサーシャのほうが勉強ができたのだ。

 もともとサーシャの地頭が良いのかもしれないけど、それにしてもその差はひどいものだった。


 僕が四苦八苦しながらアリスとリリスとバースに勉強を教える。

 勉強を教えることはこんなにも面倒なことなのか……理解度の遅い子に教えるのが想像以上に難しい。

 なんでこんなところまで説明しなくてはいけないのかという驚きの連続である。

 そうこうしていると、笑い声が聞こえてくる。

 

「おいおい、ここは勉強する場だよ?家畜でしかないイプシロンクラスの諸君が来るようなところではないんだよ?」


 僕たちに絡んできたのは……そう、あれだ。そう。バンバラくんだ。

 もう会わないと思ったのにまた会うことになるとは。


「んだと!」


 バースが席を立って怒鳴り、バンバラたちをにらみつける。

 

「だーめ」

 

 暴走しようとするバースを僕は止める。

 学園で暴力沙汰など許されるものではないのだが、うーん。でもどうしようか。

 こんなところで気絶させても邪魔だしなぁ。

 普通に倒した方が案外いいかな?

 

「『転移』」

 

 僕は魔法を発動させ、バンバラの目の前に転移し、その腹へと拳を打ち込む。


「ぐほ!」

 

 バンバラは僕の一撃で気絶し、倒れる。

 

「よし。じゃあこいつを持って帰って」

 

 僕はあっさりと気絶したバンバラを取り巻きの一人へとプレゼントし、帰るよう促す。

 

「くそったれ!」


「覚えていやがれ!明日の授業で大恥をかかせてやる!」

 

 取り巻きたちは捨て台詞を残し、走り去っていった。

 明日の授業?

 明日の授業は確か……。


「ノーンも結局殴りかかっているじゃねぇか」


「ん?……一撃で倒したから良いでしょ?」

 

 僕は呆れるようなバースの言葉に対して言い訳のような言葉を口にした。



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