第7話

 僕たちイプシロンクラス総出でやってきた運動場の中心で僕とバースが向き合う。

 他のクラスメートたちが観戦する中、僕とバースは各々の武器を構えて戦闘態勢を取る。


「……それでは、模擬戦。開始」

 

 僕とバースの模擬戦における審判を務めることになったレイン先生が眉を顰めながら試合の開始を宣言する。


「はっ!じゃあ。行くぜぇ!」


 それを聞いたバースが早速と言わんばかりに魔法を発動させる。

 ちなみに魔法はありとあらゆる生命の体内にある『魔力』によって、この世界全体を覆っている強力な力場である『魔力場』へと干渉し、力場を捻じ曲げることで本来あるべき物理法則を一時的に改変することによって様々な現象、魔法を引き起こす。

 

 基本的に魔力によって魔力場へと干渉するためには魔法陣を描く必要があるのだが、ごくまれに魔法陣をかかずとも発動させられる魔法が存在する。

 今、バースが発動させたレトリア家に代々伝わる家系魔法『雷装』もその類のものであり、魔法陣もなしに一瞬で魔法が発動し、バースの体を雷で出来た鎧が多う。


「ん」


 バースが一気に僕との距離を詰め、手に持った木刀を振るう。

 それに対して僕は半歩下がることでそれをギリギリのところで肌を滑らせるように最小限の動きで回避し、自身の膝を素早く持ち上げ、バースの腹を打つ。


「……ッ!」

 

 痛みで動きが鈍ったバースの髪を僕は掴み、捻り上げる。


「『染まれ』」


 僕は自分の固有属性である黒魔法の基礎中の基礎である『黒潤』を発動する。

 黒属性はこの世界の何もかもを自分の色に、何もかもを呑み込む黒色ですべてを染め上がるという属性だ。


「……なっ!」

 

 そんな属性である黒魔法の基礎たる『黒潤』はその性質を色濃く現した魔法であり、何もかもを黒く染め上げる。

 僕の黒潤の効果によってバースの雷装は黒く染められ、その効果が消える。


「ちっ!」


 バースは舌打ちを一つ。

 慌てて僕から逃げようと動き出すが、僕はそれを許さない。


「……」


「……ッ!ま、まっ」

 

 僕は容赦なく拳をバースの顔へと二、三発ぶち込んだ後に髪を掴んでいた手を離し、そのまま容赦なく回し蹴りを一つ。

 バースの体を地面へと叩きつける。


「かはっ!」


「んっ」


 何も出来ずに地面へと叩きつけられ、その手から木剣を手放したバースの首元へと僕は彼が手放した木剣を突き付ける……僕の持ち武器である鎌は模擬戦用に用意された木製の武器種の中になかったので素手で戦わざるを得なかったのだ、僕は。


「これで僕の勝ちだね」

 

 完勝。


「お、俺の負けか……」

 

 何をどう考えても、完璧な僕の勝ちであり、言い訳のしようもないだろう。


「は、ははは……俺が何も出来ない、かぁ……ったく、すげぇなぁ、おい」

 

 体をよろつかせながら立ち上がりながら僕へと感嘆の声を漏らす。

 

「でしょ?さぁ、謝って?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 一度負けたバースはあっさりと素直になってサーシャの方に向かい、頭を下げる。

 

「すまなかった」

 

「あ、いえ、その、全然大丈夫です」

 

 うんうん。よかったよかった。

 これで一段落だね。

 

「にしても、すげぇな。スラムの奴がどうやってあそこまでの実力を?」


「ん……?」

 

 全然一段落していなかった。

 そうか、よく考えてみれば……自分がスラム生まれだって設定を忘れていた。


「あっ、神殿騎士団団長に教えてもらった。あの人から一年ほど鍛えた貰ったんだよ。君なら私の代わりに神殿騎士団団長を務めても問題ないだけの実力があると認めてもらったほどだからね」

 

 僕は完璧な理由を思いつく……決してこれは嘘ではない。

 実際に少し神殿騎士団団長に稽古つけてもらったことがあるから嘘じゃないのだ……師としての立場が僕で、教え子の立場が神殿騎士団団長の方だったような気もするが……まぁ、気のせいだろう。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?」

 

 バースが大げさに驚き、他のクラスメートもざわめき立つ。

 サーシャなんかはバッタリと気絶し、レイン先生はもう威厳なんてどこへやら、泣きそうな目でこちらを見てくる。

 あ、あれ……?思ったよりも反応がデカい。


 ■■■■■

 

 あの後、クラスメートのみんなが落ち着くまでにかなりの時間を要した。

 特にサーシャが気絶から回復するのにかなりの時間を要した。

 僕が思っていたより神殿騎士団団長の名は重かったらしい。

 

 僕の中では神殿騎士団長は確かに強かったが、正直に言ってそこそこ止まりと言った印象だった。

 ありとあらゆる外道な手段を使い、強さを手に入れる犯罪者とか、人類では本来敵わないような神話世代の生命を復活させようと目論む異教徒どもなど。

 裏側の世界はかなり混沌とした世界になっており、国や教会などと言ってもそれらと対抗するには許されないような手段で強くさせ、その人生を強さだけに振っただけの存在を使う他ない。

 

 そのため、基本的には表側に立つ人間よりも裏側にいるような人間の方が強い……ということは当然知っていたが、まさか表の世界と裏の世界ではこんなにも力量差があるとは主なかった。

 神殿騎士団長は裏の世界だと異端審問会の誰にも勝てないどころかすでに前線を退いている爺ちゃんのほうが強い。

 

 それでも表の世界では神殿騎士団長は最強と目されている一人であり、その名は想像以上に大きかったようである……表の常識も知っていかないといけないな。。


「……んっ」


 その後の模擬試合は和気あいあいとしたものだった。

 サーシャは僕と模擬試合を行った。

 魔法の腕も剣術の腕もかなりのものだったが、どうやらほぼ独学らしく、ツメが甘いところが多々見られた。


「バース。動き大きい。雷属性の人間は高機動高火力を得意とする。それなら高火力は出るかもしれないが、せっかくの機動性が損なわれる。もっと繊細に」


「うす!」


「サーシャ。全然なってない。もっと力強く握って。落とすよ?基礎的な考えを意識して」


「はい!」


 そして今は僕がサーシャとバース。

 二人を相手にしながら戦い、彼らへとアドバイスを言っていた。

 そばでぼーっと見ているレイン先生なんかよりもずっと先生らしいことをしていた。

 

「遅い」


「集中して」


「足元がお留守」


「脇閉めて」

 

 二人に指摘できるところが多すぎて僕の口が止まることが全くない。

 

「ぜーぜー」


「ふーふー」

 

 数十分ほど戦いを続けていると、二人が息を荒らげてそのまま地面へと崩れ落ちてその動きが止まってしまう。

 

「二人とももう終わり?呆気ないなー」

 

「はー、はー、いや、ケロッとしているお前がおかしいんだよ」

 

「ひーひー」


 サーシャは未だに喋ることもままならない中、バースは息を切らしながら僕の言葉に噛みついてくる。

 

「そうかな?でも、もっと頑張らないとだよ?神殿騎士団に入るのであれば」


「はー、ん、ぜー、い、いや……俺は」

 

「おい!もうそろそろいいぞ。昼だ。予め教えてあったところで昼食とり、そして教室に戻ってこい」

 

 そんなことをしていると、先生から授業の終わりを知らせる号令がなされた。

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