第4話
まさに青天の霹靂。
「あの、その、ですね」
あぁ、胃が痛い。
「何かしら?」
あぁ、胃が痛い。
「こちらの不手際で……」
あぁ、胃が痛い。
「まぁ、いいわ。詳しいことを何も言わなかった教皇も悪いしね。たった一枚の紙きれと共にあれを送り込んだ教皇の方が悪いでしょう」
あぁ、胃が痛い。
学園長は痛む胃を抑え、冷や汗を滝のように流しながら口を開き、言葉を続ける。
手違いによってブレノア教異端審問会序列一位にして世界最強たるノーネームに対して不合格という烙印を押してしまった学園のトップに立つ学園長は震える体で自身の目の前に座る巨漢へと深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
学園長の前に座っている巨漢。
その巨漢はまるで戦うために生まれてきたかのようだった。
圧倒的な身長に、体は筋肉の鎧に包まれていた。
顔も強面で二重に別れたあごにふっくらとしすぎたたらこ唇。
これだけでも十分すぎるほどのインパクトを誇っているが、この巨漢の見た目のインパクトはまだまだこれからである。
最もインパクトを誇っているのはその服装と化粧にある。
フリフリのかわいい服に厚い化粧。
そう。
この巨漢は所謂オカマというやつである。
「良いわぁ。私があの子に間違いを教えに行ってあげるわ」
そんな巨漢は、ノーネームと同じく異端審問会に属する者であり、序列八位『戦乙女』ガイアは学園長に対して優しさを見せる。
「ふー。とはいえ、あの子のタスクは多いからねぇ。どこにいるか私もわからないのよ。ちょっと時間がかかるかもしれないけど良いかしら?」
「それでも問題ありません!あ、ありがとうございます!」
ガイアの言葉を聞いた学園長は深々と彼に頭を下げる。
「えぇ。それじゃあ、待っていて頂戴……報告に関しては私が行った方が良いわよねん?ノーネームちゃんに行かせるよりも」
「で、出来ればそのようにしていただけると」
ガイアの言葉に対して学園長はためらいながらも頷く。
「えぇ、わかったわ。そのようにしてあげるわ……それでも、ノーネームちゃんのこと、あまり怖がらないでね。あの子は、あの子が背負っているものはあんな小さな少年が背負っていいものじゃないのよ」
ガイアは申し訳なさも混じる優し気な言葉でノーネームの事を語る。
「……そう、ですな」
ノーネームがどれほどの人間であったとしても彼はまだ成人にも満たぬ年齢であり、なんなら本来学園に入学が出来るように年齢よりも更に二、三歳ほど下であるほどだ。
ノーネームは本来、誰かに守られているべき小さな少年なのだ。
「まぁ、私からは以上よ。それじゃあ、待っていて頂戴ねぇ」
ガイアは最後にそれだけを告げると普通に窓を開け、そこからどこかへと飛び去って行く。
あの巨漢とは思えないほどの俊敏さと気配断ちのスキルによってガイアの姿は歴戦の猛者の一人である学園長の認識の範囲から一瞬で消え失せる。
「だ、誰なんですか?あの人。学園長があんなに……」
ガイアがいなくなると共に学園長の補佐としてこの学園を支える副学園長が学園長に対して疑問の声を上げる。
王侯貴族を相手にしても一歩も引かぬ英傑である学園長があれほど下手に出る姿など長く共にいる副学長は初めて見たのだ。
「異端審問官じゃよ」
「えッ!?異端審問官!?何かやらかしたんですか!?」
学園長の言葉を聞いた副学園長が目を見開いて驚愕の言葉をもらす。
「何もやっとらんよ」
そんな副学園長の言葉を学園長は否定する。
「じゃあ、なんで?」
「知らんほうがええ。死にたくないじゃろ?」
異端審問官の行動目的を探るなど愚の骨頂。
彼らの名を一度でも聞いたことがあるものはそんな愚かな真似をする者はいないだおる。
「は、はい……そうですね。聞かなかったことにしておきます。他の教師陣にも言わぬようにしておきます。」
「その方が良いじゃろうなぁ」
学園長は副学園長の言葉に頷く。
最強の異端審問官が入学することを知ってしまったらそれはもう気が気でないだろう。
異端審問官。
それは恐怖と畏怖の象徴ともいえる名なのだから。
■■■■■
赤き月の下。
とある宗教団体が蠢き、作り出そうとしていた人工の吸血鬼。
「もー、探したわよ?」
宗教団体も未だ不安定な人工の吸血鬼も。
悉くを破壊しつくした僕の元に同僚である一人の女の子が、ガイアが訪れる。
「なんで?ガイア姐さんが?」
久しぶりに会うガイア姐さんへと僕は要件を尋ねる。
「学園のことよ」
「……」
ガイア姐さんの口から出てきたその単語に僕は嫌な予感を覚える。
「不合格ってのは学園のミスらしいのよ。あなたは受かっているわ」
「えぇー」
用件を告げるところで半ば覚悟していたその言葉を告げられた僕は不満げに言葉を漏らす。
せっかく不合格と聞いて喜んでいたというのに、これではぬか喜びではないか。
「不服なのはたとえあなたがいつも通りの無表情を浮かべていてもなんとなく察せるわ。でもね。これも必要なことなのよ。あなたは一般常識を知らなすぎるわ。少し世間について学んだほうが良いわ。それに恋人は良いものよ」
「む。ガイア姐さんが言うならそうなのだろう……」
異端審問会に属する面々の中で唯一の常人と言え、まともな感性を持つガイア姐さんが言っていることであればそこに間違いはないだろう。
「むむぅ。爺ちゃんからも言われたことだし……はぁー、彼女ができるまでは行くことにするよ」
元よりどんなものであっても爺ちゃんから頼まれたことである以上仕事なのだ。
こなさぬわけにはいかないだろう……確か、学園ってばこっちの方だったよね?
「ありがとね、知らせてくれて。それじゃあ行ってくる」
こんな辺境の地にまでわざわざ合格を知らせに来てくれたガイア姐さんへと感謝の言葉を告げた後。
「『転移』」
僕は学園がある王都へサクッと転移魔法で向かうのだった。
■■■■■
「あら?私はここに残されるのかしら?……というか転移魔法。当たり前のようにすでに失伝した遥か古代の神話時代における魔法を使わないで欲しいのだけど」
死体が転がる血なまぐさい空間に残されたガイアは困惑しながら言葉を漏らし、ノーネームの残した後処理を行うのだった。
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