第119話 うな垂れて帰路を歩く私達・・・だが、私は知っている!この中に馬券が的中したにも関わらず、優越感を得るためだけに一緒に来ている者いることを・・・文句は言うまい、先週の私もそうだった



『ふふふふっ・・・このイワクサ・・・生涯において、これほど不覚を取るとは思いもよらなんだ・・・幽霊という手前、年齢のせいにもできんわ・・・。』

 ヨルノになる前のナルキの足元で、片膝をついて、ナルキを見上げている老人がそう話す。


『イワクサ・・・あなたもしつこい人でしたね・・・しかし、あなたが単独を好む忍だった事が私にとっては幸いでした。』

 ナルキは懐から集獄魂を取り出して、イワクサの方に突き出す。


 イワクサは悪霊連合の件で、悪霊との共存を望むナルキ側に親友のガカクと共についたように見せて、前々からナルキの行動を独り怪しんでいたこともあり、ナルキの裏を単独で暴こうとしていたのだった。だが、曹兵衛達には相談する事無く、親友のガカクもカモフラージュに使い、完全に単独で動いていた事が仇になった。それは生前のイワクサが単独行動を好む忍だったことが大いに関係している。生前の仕事において、どんな深い関係の仲間でさえ、イワクサにとっては任務を遂行するための駒でしかなかった。そして、イワクサの周囲の人間も同じ考えだったのだ。しかし、霊界に来てから実直な浪人ガカクと深く付き合うにつれて、その考え方もイワクサの中で変わってきていた。そのことが、今回は完全に裏目に出てしまった。


 イワクサはナルキとも親しかったガカクの身を案じ、先手を取ろうと動いていた。自分の考えが間違いならば、親友のガカクを変に巻き込みたくないと考えていたのだ。それは、生前では考えもしない事だった。理由は違えど、そういった行動が自然と馴染んでいたイワクサは今、単独行動を深く深く反省している。ガカクには正直に伝えるべきだった事を・・・。


〔シュゥ~~~~~~・・・シュポンッ〕

 ナルキが突き出した集獄魂はそれがさも当然かのようにイワクサをその玉の中へと意図も容易く飲み込んだ。


 ナルキは初めて、集獄魂を人に対して使い、その効果を実感して、ニヤケざるを得なかった。






「・・・・・・。」

 ナルキ、基ヨルノは戦慄する化け物を前に、そんな走馬灯がなぜか今、頭を駆け巡っていた。

(・・・どうして、いまさらあの時のことを・・・。)

 走馬灯など、本人の意思を尊重などはしない。それでも、その事象をヨルノは誰かに問わずにはいられなかった。


「スゥ~~~~・・・フッ。」

 困惑するヨルノのことなど、意に介す事無く善朗は深呼吸をして、臨戦体勢をキッチリと整える。


「・・・ぐっ・・・。」

 臨戦体勢を整えた化け物を見て、ヨルノは最早、全身にあふれ出た汗が冷や汗なのか脂汗なのかを区別する事などできなかった。そして、そんな追い詰められたヨルノがとった行動は、




「お前たちっ!何をボケッと見ているっ!!相手は一人だぞっ、全員で袋叩きにしろっ!」

 ヨルノは無意識にワラにスガる様に、自分の後方のアリーナ席で自分達の戦いをのん気に眺めていた悪霊達に怒鳴り散らすように命令をする。




「・・・・・・。」

 悪霊達は自分達の味方と思っていた妖怪ヨルノの矛先が突然自分達に向かった事に困惑せざるを得ず、互いが互いに視線を合わせて動かない。


「愚図共がっ!お前たちを先に食らってやっても良いんだぞっ!」

「ッ?!」

 困惑している悪霊達に怒りが爆発したヨルノがさらに悪霊達を怒鳴り上げる。その言動に悪霊達は戦慄し、恐怖から逃げるように身体が動いた。


 それはまさに津波。

 アリーナ席から雪崩を打つように何百ともいえる悪霊、怨霊達が一斉に善朗一人に向かって迫る。


「・・・・・・。」

 善朗はその光景を目の前にしても、大前を静かに上段に構えて迎える。


(ふはははっ、いくら化け物でもこれだけの数相手では必ずスキが出来るっ!一回でも俺の攻撃が当たれば、まだチャンスはあるっ!)

 悪霊達の津波が善朗に迫る中、ヨルノはその光景に高揚して、自分を再び奮い立たせるように、そう心の中で言い聞かせた。しかし、ヨルノの命運・悪運も尽きた事を告げるように皮肉にも事態は展開していく。




藍刀らんとう 一刀万波いっとうまんぱ」〔シャリシャリシャリシャリッ、ゴパアァーーーーンッ!!〕




「ッ?!」

 善朗の放った技を見たその場に居合わせてしまった全てのモノが、その光景を目にして、驚愕して凍りつく。


 自分達は圧倒的物量を持った津波なのだと思っていた者達、このまま自分達が目の前のたった一人の少年を飲み込み打ちのめすのだと思っていた者達は自分達の考えが愚かだったと認めざるを得なかった。


 その一刀は上段から後ろに流れて、善朗の後方から半月を描くように進み、善朗の足元の地面を掠めるように前に放たれる。その一連の行動が一種の舞のように錯覚する者もいた。


 その一刀が放たれた次の一コマ。

 その技をその身で受けた者達は例外なく、その瞬間から己に降りかかる全ての事象がコマ送りになる。


 一刀を放ち終えた善朗がその姿勢のままその場に留まると、その地面からニョキリと一本の刀身がその身を突き上げていく。それに続くようにもう一本が地面から突き出し、もう一本、もう一本と次々と地面から出てくる。その現象は扇のように広がりを見せて、善朗を軸として、放物線を描くように続いていく。そして、その現象が顕現した時には、最早自分の命がないのだと確信する。


「・・・・・・。」

 善朗のその技をくらう者に言葉など出るはずもない。


 目の前に大きな大きな津波のように顕現した刃の嵐が自分達に逃げ場はないのだと悟らせるからだ。


 まさに万の刃が織り成す大津波。


 その刃の波は全ての触れるモノを切り裂いていく。


 一刀の刃が通らねば、次の刃が、そして次の刃が・・・。


 刃の波にのまれた悪霊共は万の刃に見事に引き裂かれて、意図も容易く滅消していく。





『ナルキ様っ、極楽浄土にイけるって、本当でございますかっ?』

 ナルキに向かって、一人の少年が満面の笑みを浮かべる。





「えぇ、えぇ、これから私が皆さんを極楽浄土に連れてってあげますよ。」

 ナルキはそう少年に笑い返す。


 ナルキの目前には、未区からナルキを慕い、信じてついてきた数百の霊体達が思い思いに極楽浄土で何をしようかと語り合っていた。


 そんな盲目の未達を見て、ナルキは満面の笑みを浮かべつつ、懐から集獄魂を取り出した。




(私はいったい・・・なんだったんだ?)

 迫り来る刃の津波を視界に入れながらナルキは自分の全ての人生を含めた時を振り返る。




〔ドゴゴゴゴーーーーーーーーンッ!!!!!〕

 刃が織り成した大津波が扇状に放たれて、善朗の前に広がっていた景色を再構築させる。


〔チンッ〕

 善朗が全てを終えたと確信して、大前を鞘に収めた。


 善朗の目の前に広がる光景はすっきりとしたものだった。

 扇状に大地が抉られて、そこに存在していたモノ全てが無へと変換された。

 一人を除いて・・・。




 流石の妖怪といったところか、

「・・・ガハッ・・・。」

 全ての悪霊が消滅した中、刃にズタズタに引き裂かれ血まみれとなったヨルノが大の字で倒れた状態で、血を口から吹き出す。


「・・・・・・。」

 善朗はそのヨルノの姿が視界に入っていたはずだが、敢えて何も関する事無く、その場を後にした。




(・・・御仏よ・・・貴方はいったい・・・私に何をお望みになられたのだ・・・。)

 ヨルノはそう最後にヨルノらしい自分勝手な思考で自分が信じた御仏にそう問うた。




 しかし、そんな幼稚な問答に誰かが答えるはずもなく。一陣の風がヨルノの身体を撫ぜて通り過ぎるだけ。


 その後には意志のない塊がその場に存在するのみだった。












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