第117話 私は油断などしない・・・オッズ1倍台のこの名馬、必ず勝つと大勝負!・・・そんなときに限って3着なのだが、『落鉄』らしい・・・知らんがな



〔ドゴオオオォンッ!〕

 賢太の位置からリングを挟んだ奥の方から何かが壁に叩きつけられる音が響く。


「向こうは向こうで始まったみたいやな・・・ホンマ、エンジン掛かるのが遅いやっちゃでっ。」

 賢太が音のなった方向をのん気に眺めながらズボンに両手を突っ込んでいる。


「・・・・・・。」

 尻餅をついた状態のササツキはそんな賢太にすら、慎重に様子を見ていた。


 ササツキは妖怪化したにもかかわらず、賢太の一撃を無防備に食らってしまった事を自分の中で整理できないでいた。

(どういうことだ・・・あの瞬間は確実に霊などに負けるはずもない・・・12人衆ですら、私の足元にも及ばないはず・・・なのに、なぜ、あのガキの一撃を察知する事すら出来なかったのだ・・・。)

 ササツキは思考を整理しながら賢太の動きをしっかり注視しつつ、上体を起こしていく。


「ほなっ、こっちもはじめよか?」

「ッ?!」

 賢太は音のなった方向からササツキの方に視線をユラリと戻して、ニコリと笑う。ササツキはそんな賢太のその表情になぜか異様な寒気を感じた。


「どないしたんやッ、ササツキのダンナ・・・あないに堂々としとったのに、そない縮こまって。」

 ニコニコしている賢太がズボンのポケットから手を出して、大きく腕を広げながら、ゆっくりとササツキとの距離を詰めていく。


「・・・・・・。」

 ササツキは常に慎重に、相手を見定めていく。先ほどの失態は自分を過大評価していたのだと考えを改める。


「だんなには感謝しとるよ・・・一応な・・・あれから色々あったんや・・・せやけど、あんたへの怒りはしっかり覚えとるっ。」

 賢太は笑顔をゆがめて、ササツキをグッとに睨み、右拳を力一杯握りこみ、それをササツキに見せ付ける。


「・・・ふふふふっ、先ほどの一撃はたしかに君の成長を感じましたよ・・・だが、妖怪化した私にどこまで迫れるかな?」

 ササツキは完全に体勢を立て直して、50cmほどの長さの鉄扇を懐から取り出し、スッと構える。


 賢太が地面を強く踏み込んだかと思った瞬間、

〔ボッ!〕

「ッ?!」

 ササツキは驚き、一瞬硬直する。それは一瞬だった。賢太が地面を強く踏み込んだとササツキが認識した次の瞬間には、数mは離れていた筈の賢太の拳が、一回の瞬きとも言える時間で、ササツキの目の前まで迫っていたのだ。


〔ガッ、シュボッ!〕

 ササツキは賢太の渾身の右ストレートを鉄扇を当てる事で反らして、上体を大きく横に流す。

「ッ?!」

 ササツキは賢太の攻撃を交しつつ、視線を結んだ賢太の目にさらにゾッとした。


 猛禽類という生易しいものではない何かにジッと見定められた視線。


「クッ」〔サッ、シャッ!〕

 ササツキは賢太の視線を乱すように、懐からもう一つの鉄扇を出して、それを賢太の目の前で広げて見せた。

「ッ?!」

 流石の賢太も突然目の前で開かれた鉄扇に目を丸くする。



疾空斬波しっくうざんぱ」〔シュババババッ、ザシュザシュザシュザシュッ〕

 ササツキは賢太の拳を流したその賢太の右腕を起点にグルリと円を描くように身体を流しながら、鉄扇から強烈な風の刃達を放ち出す。放ちきったその姿はまさに蝶が空中で羽根を広げるように優雅だった。


「ぬぉっ?!」

 賢太は至近距離で思わぬササツキの攻撃を食らってしまい、大きく空中に吹き飛ばされた。


「賢太っ!」

「心配あらへんッ!・・・かすり傷やっ!!」

 賢太の様子に佐乃が声をかけるが、それを掻き消すように賢太が大きな声で答え、スッと立ち上がって、ササツキに対して、仁王立ちで向き合う。実体があれば、身体をズタズタに切り裂かれて、血塗れだろるがそこは霊体。スッと怪我が治り元通りになる。


(フフフッ・・・やはり、そうだ。先ほどの一撃は油断・・・妖怪となった私がこんなガキにやられるはずはない・・・バカみたいに突っ込んでくるだけだと2撃目でも分かった。ならば、この距離を保ちつつ、イタブるだけ・・・。)

 ササツキは鉄扇を構えて、賢太との適切な距離を測り、観察する。その結果を思考して、賢太を冷静に攻略していく。


「なんや、おっさんっ・・・一発入ったぐらいで調子こいとんな~・・・。」

 賢太はササツキが余裕を取り戻した事を感じ取り、それに対して、悪態をつく。


「ほざけ・・・お前はやはり、私には勝てない。」

 ササツキは先ほどまでの焦りを完全に押さえ込んで、賢太に向けてニヤリと笑う。


「ボッ!」

「疾空斬波」〔シュババババッ、ザシュザシュザシュザシュッ〕

「ぬおおおおおおおおおっ!」

 賢太がササツキに対して、猪突猛進で突っ込むと、それに対して、ササツキは一切妥協する事無く業を繰り出して、賢太を遠ざける。激しい嵐の斬撃に、賢太は突進を完全に止められて、顔の前に両腕を交差させ、動きを封じられてしまう。


「バカッ、考えなしに突っ込んでんじゃないよっ!」

 佐乃が賢太の一辺倒の攻撃に大きな声で駄目出しをする。




 そんな佐乃の声に答えるように賢太はグッと全身に力を入れる。

「師匠の教えは絶対やっ、俺はアイツには絶対負けへんっ!!!」

 賢太はギロリとササツキを視線に納めて、嵐の中で上体を沈める。




「ハハハハッ、虎丞の舎弟だけあるなっ!突っ込むだけしか能のない猪めっ!さぁっ、いくらでもこいっ、切り刻んでやるっ!」

 賢太がまたしても、一直線に自分に向かってこようとする様に、ササツキは笑いを堪えきれずに大笑いする。


「ぬああああああああああああっ!!」

「疾空斬波」〔シュババババッ、ザシュザシュザシュザシュッ〕

 賢太が踏ん張った足に更に力を入れて、ジリジリと嵐の中を前に進む。そこにササツキはお代わりの暴風の斬撃をさらに追加して、慎重に一歩後退して、賢太との距離を保つ。


「ふふふふっ・・・師匠が師匠なら弟子も弟子・・・頭が頭なら、子分も扱いやすいっ。」

 ササツキは完全に賢太を手玉に取ったと確信して、賢太を罵倒していく。しかし、それは完全に寝た子を起こす愚行となるとは、その時のササツキには分かるはずもない。




〔プチンッ〕

 賢太だけに聞こえる。もしかしたら、佐乃はその音を感じ取ったのかもしれない。何かが切れる音。




「えっ?!」

 ササツキは常に慎重だった。いくら賢太を罵倒しようが、常に一定の距離を保ってきた。業も出し惜しみせずに、自分の優位性を担保しながら、確実に賢太を仕留め様としていた。が、今まで苦戦していた嵐の中を相も変わらないはずの突然の突進で、全てを覆された。


 ササツキが気付いた時には、賢太の渾身の一撃を乗せたその拳が鼻先に迫っていたのだ。




(いつも口酸っぱく言ってるだろ・・・霊の戦いは思いの強さをその拳に乗せる事だって・・・あんたの良さはその素直さだよ・・・そのあんたの拳で思いを乗せて、思いっきり相手を殴りなっ!・・・それがあんたの最強の技だよ。)

 渾身の一撃をササツキに叩き込もうとしていた賢太の頭の中には、なぜか佐乃の言葉が流れていた。賢太はその教えを忠実に守るように、その事だけを考えて、思いを集中させて、メキリと拳を握りこむ。賢太はグッとササツキの顔面だけを視界に入れて、その瞬間も瞬きを一切せずに脳に焼き付ける。




〔バギャンッ、ボゴオオオオオオンッ!〕

 賢太はただ殴りつけた。力一杯、ただ相手の顔面を叩き潰す思いで拳を叩き込んだ。



 妖怪として実体化していたササツキは賢太の一撃で地面に叩きつけられると、盛大に顔面から血を吹き上げさせて、地面へとめり込んでいく。その地面はササツキの頭部を中心に大きく崩壊を起こして、円状に凹んで行き、直径10mになるであろうクレーターとなり、その崩壊を止めた。賢太が拳をそれから退けると、そこには頭部を完全に破壊された肉塊があり、赤い紅い彼岸花を咲かせるように血が広がっていた。


「・・・ふぅ~~~・・・。」

 賢太は全てを終えると一呼吸入れて、スッと体勢を整えて、もう肉塊となったモノには目もくれずに視線を動かす。賢太の視線の先にあるのは、もちろん、善朗の姿だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る