第6幕 裏霊界編
第116話 私は難解なレースに頭を悩ませながら、あれも当てたいこれも当てたいと買い方を広げていく・・・そう私は非情に我侭なのだよ。だが、当たるとは言っていない
「・・・・・・。」
壁にもたれ、地面に腰を下ろしたままヨルノは善朗を見上げている。
善朗の凄まじい一刀に完全に心をあらぬ方向に飛ばされたヨルノは必死に心を呼び戻そうとしている。
(・・・こっ、これがあの
ヨルノは頭の中で自分を落ち着かせるように思考をまとめて、善朗を警戒しながら注意深く周囲を見つつ、立ち上がる。
「・・・・・・。」
善朗は善朗でゆっくりと立ち上がるヨルノをジッと観察して、相手の出方を慎重深く探る。
ヨルノは善朗のその冷静な対応に戦慄せざるを得ない。
(自分が圧倒的優位のこの立場からも片時も気が緩まない・・・年端も行かないガキのくせになんて生意気な奴なんだ・・・だからこそ、妬ましい・・・。)
ヨルノは思考を安定させて、善朗をジッとにらみつける。
互いが互いに相手の射程範囲を測るようにジッと相手を見て、ゆっくりと動いていく。
ゆっくり円を描くように動きながら、ヨルノは更に善朗についての考察を頭の中で繰り広げる。
(技はどれほどあるのか・・・先ほどの技は性質変換からの相手との適正を合わせた的確な判断が見て取れた・・・俺に放った技もたしかに技は目で追えないほどの速さなれど、技を出す動作はそれほど速いものではなかった・・・ならばっ。)
ヨルノは善朗の一連の攻撃を一時も余す事無く観察し、的確な分析をしていく。そして、
〔フォンッ、チュインッ!〕
ヨルノが右手に持っていた槍をクルンと手の中でドリルのように回すと、それを高速で善朗に向けて発射する。善朗はそれを刀身で弾くよりも後方へと流した。
弾く選択よりも流す選択をしたのは、槍と刀のリーチの長さから来る不利を消し去り、相手の深い懐に飛び込もうとする戦術だった。善朗のその見事な戦術がヨルノとの距離を縮め、槍の刀身とも言える穂を後方に流す事で安全に距離を詰める結果となる。幸いにも、ヨルノの使う槍は、一般的な槍で十文字槍と言われるモノのように返しのような横に鎌がついているものではないので、この選択は大いに相手の喉元に剣を突きつけるものとなるのだ。が、
「シッ!?」
ヨルノはその善朗の的確な判断も想定済みと言わんばかりに、今度は槍を手元で縦にグルリと素早く回して、『
〔ガキンッ!〕
善朗はグルンと回る槍に目を奪われて、一瞬動作が遅くなる。その隙を突くように石突が高速で善朗の喉元に迫った。善朗は咄嗟に今度は槍を弾き、迫ろうとした距離を一歩後退する。
〔ボボボボボッ、グルンッ、シャシャシャシャシャッ!〕
後退する善朗を追い立てるようにヨルノの手の中から石突が無限に飛び出してくる。善朗は余りにも速い手数を捌きながら、さらに距離をヨルノから離す。すると、ヨルノはグルリとまた、槍を回して、穂を前に持っていき、その槍の大きな武器である穂を同じ速度で善朗に放っていく。善朗は全ての攻撃を目で追い、紙一重で交す。
〔グニャン~、ビュッ!〕
無数に撃たれる弾丸のようなヨルノの槍を交わしていくと、最後の一突きが目の前で軌道を突然ゆがめて、善朗に迫ってきた。
「ッ?!」〔ガキンッ!〕
蛇のようにウネル槍に善朗は目を丸くして、その槍そのモノの一突きを払うように一刀を振るい、その場から距離を取るように後方へと飛ぶ。その時だった。
善朗から十分な距離を稼いだと思ったヨルノが突然口を開き出した。
「私は12人衆であり・・・今は妖怪です。」
ヨルノは上体を沈めて、槍を構えながら、あくまで臨戦態勢を取り、善朗にそう話しだす。
そこが話の切り出しだったかのようにヨルノが続ける。
「妖怪となった私は、速さも強さも段違いに増したはずなんですよねぇ・・・それが幻想なんじゃないかと思わせる貴方の存在はまさに脅威です・・・しかし、分からない・・・なぜ、そのような力をお持ちながら、いつまでも死神に付き従うのか?」
ヨルノは臨戦態勢を取ったままだが、善朗に問答をしかけるように、そう尋ねる。
「・・・・・・従う?」
善朗もまた、臨戦態勢を崩さないまま、ヨルノの質問を考えるが、イマイチ内容を掴めずに気になった言葉を復唱した。
「そうですよぅ・・・それほどの力があれば、従わずとも自由に出来るでしょう?霊界とはいわば、魂の鳥かごですよぉ・・・あんな世界で何も考えずにノウノウとしているなんて、愚かです。」
ヨルノはそういうと上体を起こして、善朗と本格的に腰をすえて話そうとする。
話に本腰をいれたヨルノを見て、善朗も少し体勢を緩める。
「・・・俺は愚かだなんて思ったことはないし・・・霊界は良い所だよ。」
善朗はヨルノのペースにならないように警戒しながらもヨルノの話に答える。
「・・・良いところ?・・・ハッハッハッハッ、霊界が良いところですってっ・・・笑わせてくれる・・・常に死神に監視され、毎月採点されるようなあんな息苦しい世界が楽園なんて、そんなはずがあるわけないでしょう。」
ヨルノは善朗の答えに完全に臨戦態勢を崩して、無防備に笑い出す。
「・・・・・・。」
善朗は相手に誘われてるのではないかと、更に警戒してヨルノの様子を観察する。
「霊界で使われるエン・・・あれなんて、首輪みたいなものでしょう?しかも、ご丁寧に死神の張った結界により、少しでも死神様のご機嫌を損ねれば、弱体化させられる始末・・・そんな監視社会がお望みなんですかぁ?・・・それだけの力がありながらっ。」
ヨルノは槍を杖代わりにして、地面に石突を突き立てて、器用に槍に身体を預ける。
ヨルノとは対照的に善朗は先ほど緩めた体勢を引き締めにかかる。
「あなたは霊界で長い間暮らしていても、そんな感想しかもてなかったんですか?」
善朗は霊界を悪く言われて、何かバカにされたような気がして、怒りを少し覚えながらグッとヨルノを睨み付けて、ヨルノにそう尋ねる。
「なんだと?」
気楽な態勢を取っていたヨルノの眉毛が善朗の言葉に反応するようにピクリと動く。
「・・・何度も言いますが、霊界は良いところです。みんなが他人を思いやり、助け合ってる。悪い事をすれば、罰せられるのは現世だって同じでしょう?・・・さっきから貴方の話を聞いていれば、貴方が言ってるのは、俺にとっては『大人げないワガママ』にしか聞こえません。」
善朗は冷たい口調でヨルノを言葉で、そう斬り付ける。
「・・・ワガママだと?死神の顔色を伺うのが息苦しいと言うのがワガママだというのかっ?!」
ニヤニヤしていたヨルノが善朗の言葉に段々と表情を歪めていく。
「俺は世界のしくみとかは良く分かりませんけど、別に霊界で暮らす事が死神のご機嫌を伺うだけの生活だなんて思いません・・・だってそうでしょ。みんな死んでるのにあんなに好き勝手に生活して・・・死神の部下の人たちは魂を転生させたいって、泣いてるんですよ?」
「・・・・・・。」
善朗はヨルノとの問答を少年らしい素直な気持ちを言葉に乗せて、ヨルノに打ち返していく。その余りにも真っ直ぐな答えにヨルノの口はいつしか重くなっていた。
重くなったヨルノの口を更に手で押さえつけるように善朗が畳み掛けていく。
「・・・それに、もし死神がそうやって鳥かごに人の魂を囲いたいなら、あんなに自由に出入りできないじゃないですかっ・・・俺はここの事はよく知りませんけど、どうみたって悪霊達の世界ですよね?・・・そんなに霊界が嫌ならここでいいじゃないですか・・・でも、あなたはそうじゃない・・・あなたは『霊界で』自分の思い通りにしたいって、ことばかり言ってる・・・霊界のみんなはルールを守って頑張ってるのに、そんなの贅沢じゃないですか?・・・やっぱり、貴方はワガママだ。」
善朗は軽快に言葉を次々とヨルノに対して放っていくようにみえるが、それとは反比例するかのように善朗はイライラもしてきていた。このワガママな子供みたいな言い分に、なぜ自分が付き合っているのかが分からなくなってきていたからだ。
善朗が人知れず、そうやってイライラを募らせるようにする中で、ヨルノもまたイライラしていた。
「・・・チッ、所詮は飼いならされたガキか。」
ヨルノは気の抜けた姿勢をグラリと直して、表情を鬼にする。
善朗はヨルノの臨戦態勢に呼応するように再び気を引き締めるが、
(・・・この人、俺なんかよりずっと年齢上だよな・・・死んでも長いはずなのに・・・。)
問答でかき乱されたモヤモヤが善朗の中で、なかなか晴れない。
善朗がモヤモヤする中で、ヨルノのエンジンがかかり出す。
「・・・・・・私はねぇ~、生きているときは御仏に仕えて、欲を一切寄せ付けなかった・・・その事で霊界に来る事ができ、12人衆という地位にもつけた・・・だが、そこで待っていたのはまた、欲を押さえ込まれる世界・・・生きていた時よりも神と言う存在が認識できる霊界は、私にとっては深海とも言えるモノでしたよ・・・君みたいな現世で抑制されることなく、のうのうと過ごしてきたガキには分かるまい・・・。」
ヨルノは完全に元の臨戦態勢に戻ったが、その表情は先ほどとはうって変わって、完全に血管が二・三本切れているように見えた。
(意味が分からない・・・なんで、この人こんなに怒ってるんだ・・・。)
善朗は善朗で、勝手に問答に付き合わされて、答えたら答えたで不機嫌になったヨルノに惑わされ、知らず知らずではあるが、お互いがお互いにペースが完全に乱れていた。
そんなペースを払拭し、手繰り寄せるように動き出したのは年の功であるヨルノだった。
「
ヨルノから放たれた槍は善朗に迫る直前で、先ほどと同じように槍の穂の部分が蛇のようにうねり出して、軌道を変えて迫ってくる。今回の攻撃はそれが、何連撃も重なっていた。
〔ガキンッ、サッ、スッ、キンッ!〕
善朗はその軌道を捉えるのではなく、槍そのモノを払うようにして、交す時も余裕を持って避ける。
「なかなかやりますねぇ~・・・初見ですよね?」
ヨルノは自分の攻撃を軽くあしらっていく善朗に更にイライラするもその戦闘能力に素直に感心する。
「いえ、何回も見たことあるんですよ・・・こういう攻撃。」
ヨルノの言葉を素っ気なくそう返す善朗。
「ナニッ?!」
善朗の言葉にヨルノは少しの違和感と嫌な予感が背中に走るのをその背で捉える。そして、その嫌な予感が次の瞬間、ヨルノの目の前に体現されたのだった。
「
〔シャシャシャシャッ、グニョォ~~ンッ・・・〕
善朗から放たれる刀の一突き一突きが高速でヨルノに迫り、その直前で刀身がグニャリと歪んでいく。それがあたかも当然かのように、地面を縦横無尽に侵略する木の根のようにヨルノに迫った。それはまさにヨルノが先ほどまで善朗に対して、放っていた業そのものだった。
(馬鹿なッ?!)
「
ヨルノは善朗の技に圧倒されて、一瞬動きが固まるが、自分に迫り来る切っ先を放置するわけにもいかず、その攻撃を払いのける為に、秘策を出し惜しみなく出していく。その業は先ほどの突きを倍掛けするような凄まじい連撃。
〔ガキガキガキッ、ガガガッ、ガキンッ!〕
善朗から放たれた木の根と、ヨルノの手元から放たれた蛇が互いに相手を絡めとり、食いちぎらんと互いの中間点で弾き合い、相殺しあっていく。
(なっ・・・なんなのだ・・・この化け物は・・・っ。)
ヨルノは容易く自分の業を超えてくる目の前の少年と言う極悪な皮を被った善朗と名乗る化け物に深層心理から戦慄していた。
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