第16話 最強の強さを手に入れるのもいいけど、順序立てて強くなるのも悪くない気もしないでもないけど、楽をしたいのも確か



「先生っ、おかえりなさいっ!」

「先生っ、お疲れ様ですっ!」

「・・・おぅっ、励んでるかい?」

 佐乃に連れてこられたのは、木造立てのりっぱな道場だった。

 門を潜る前に、佐乃を見つけると先生と呼び、目をキラキラさせた青年達が深々とお辞儀をして佐乃を迎える。

 佐乃は当然のように右手を上げて答えて、颯爽と門を潜っていく。


「・・・・・・。」

 身を小さくして、佐乃の後をついていくのは善朗。

 佐乃の道場で会う人会う人、一人残らず同じ目をして、佐乃を羨望の眼差しで見ており、みんなここが極楽だと思わんばかりの人達だった。



「・・・ここが本堂だよ。」

 佐乃が門を潜って、庭を抜けて、大きな一つの建物の前で善朗を案内する。



〔ヤァッ!ハッ!ヤッ!〕


「ッ!?」

 佐乃がその建物の引き戸を少し開けると中から合唱に似た人々の声が聞こえてきた。

 その声に思わず驚いて、身の毛がよだつ善朗。


「ヤメッ!」

「・・・・・・。」

 建物の中から野太い叫び声が聞こえると、さっきまで聞こえてきた人々の声がピタリと止む。



「お疲れ様ですッ!!!」



 佐乃が建物の中へ入っていくと群衆の統率された声が響く。


「・・・・・・。」

「・・・どうした善朗・・・入ってきな・・・。」

 建物の前でしり込みしている善朗を見かねて、建物から顔だけ出して善朗を促す佐乃。


「・・・・・・失礼しまっ・・・ッ?!」

「オスッ!!!!」

 佐乃に促されて、建物の中に恐る恐る入ると、善朗の姿が見えた瞬間に、建物の中にいた群衆が一斉に善朗に大声で挨拶をした。


「・・・・・・。」

 善朗は度肝を抜かれる。



 建物の中で待っていたのは、老若男女様々で、子供の姿もいれば、ちょっと太った女性もいた。しかし、皆同じ胴着を着て、左右に綺麗に列を作って、45度の綺麗な会釈で善朗を待ち構えていたのだ。その列の奥、建物の一番奥の上座に佐乃が用意された座布団の上にアグラをかいて座っている。床は手入れされた畳がびっしりと引きつめられており、建物の奥の壁には、誰か書いたかは定かではないが、『一日一善』と特に善が大きく書かれた大きな掛け軸が際立っていた。



「善朗・・・ここにいる皆が今日から同じ釜の飯を食べる家族なんだ・・・そんなにビビッてて、弟を助けられるのかい?」

 ニヤリとしながら善朗を見て、佐乃が発破をかける。


「・・・よっ・・・よろしくおねがい・・・します・・・。」

 善朗がオドオドしながら左右の列を見つつ、ゆっくりと頭を下げる。


「よろしくお願いしますッ!!!」

 一同は一度頭を上げると集団行動のように綺麗に合わせて、再び善朗に会釈をする。


「・・・皆には、初めてになるね・・・この子は善朗・・・あの菊の助の子孫だ・・・。」

「ざわざわっ・・・。」

 佐乃が善朗の素性を簡単に一同に説明すると、どよめきが起きる。


「・・・今回、弟さんが悪霊に目を付けられて、引っ張られようとしてる・・・大変危険な事だが、善朗はどうしても守りたいと力の使い方を学びに、ここに来た・・・短い時間になると思うが、よろしく頼むっ。」

 佐乃が一同をイチベツしながらそう説明する。


「・・・・・・。」

 佐乃の話でどよめきがピタリと止まり、一同の視線が善朗に集約された。


「・・・善朗・・・分かるかい・・・あんたがしようとしてることはそう言うことなんだよ・・・。」

 佐乃がまた、ニヤリと口角を上げて善朗を見た。


「・・・ゴクリッ・・・。」

 一同の反応に善朗は生唾を飲んだ。




「まずは組み手を始めるッ!」




 佐乃が座布団の上で正座しなおして、一同に声をかけた。

 一同は両端の壁まで下がって、そこで一斉に正座をする。


「・・・伝の字・・・。」

 佐乃が一人の名前を呼ぶ。


「オスッ!」

 伝の字と呼ばれると、スキンヘッドの大男が列から離れて、部屋の中央へとゆっくりと歩き、決められた場所まで来ると佐乃に一礼した。


「・・・善朗・・・まずはこの男と力試しだ・・・。」

 佐乃が悪戯な笑みで善朗を導く。


「・・・・・・。」

 完全に男の姿形に怖気づく善朗。


「主よ、安心されよ・・・主の力を相手にぶつけてやればいいのだ。」

 優しく善朗の肩に左手を置き、大前が微笑む。


(・・・安心しろって言ったって・・・どうみても勝負見えてるでしょ。)

 微笑む大前の顔を苦笑いで見返すしかない善朗。


「善朗ッ・・・あんたの敵はこんなもんじゃないはずだよっ!」

 覚悟が決まらない善朗を見かねて、佐乃が大きな声で発破をかける。


「・・・・・・。」

 佐乃の言葉で、善朗の頭の中に縄破螺の顔が蘇る。


 確かに伝の字といわれた大男は、生きていた時に出会っていれば、何をしていようと見て見ぬふりをして、素通りするぐらいの強面の男で、顔だけでも威圧感がある存在だった。だが、縄破螺は善朗にとって、見て見ぬ振りが出来ない相手であり、弟を死に導こうとする存在だった。佐乃の言うとおり、ここで足がすくんでいては到底、縄破螺相手に弟を守れるはずがない。その思いが、善朗を奮い立たせる。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 中央でにらみ合う両者。


「・・・喧嘩の仕方が分からないのに殴り合えなんて言わないさ・・・二人とも右拳を合わせて、力比べだよ・・・。」

 佐乃は善朗達に組み手の仕方を指示する。


 善朗達は言われた通りに右拳を握り込み、力を込めやすい各々の立ち方をして、拳を合わせる。


(・・・善文を守るんだッ・・・。)

 目の前の強面の大男の鼻の頭を見ながら必死に自分を奮い立たせる善朗。



「始めッ!!」



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 佐乃の大きな開始の合図が道場に鳴り響いた次の瞬間。

 その一瞬の先に一同の目に映った光景に、道場中の人間は己の口を閉じる事を律せられなかった。


 二人が拳に力を込めて、相手を吹き飛ばそうと、前に押し出した瞬間。

 勢い良く空中に飛ばされたのは他でもない・・・大男だった。

 大男は物凄い力で身体を浮かされて、抵抗が無意味だと言わんばかりの速度で天井へと飛ばされたのだった。


「・・・もっ・・・もうしわけ・・・ない・・・。」

 伝の字は、天井にぶつかる寸前で髭を伸ばしたボサボサの長髪の男性に受け止められていた。


「・・・伝重郎・・・気に病むな・・・。」

 長髪の男は小さな声で大男の伝重郎を励ます。


「・・・・・・。」

 一同が驚愕する中、一番驚いているのは善朗だったに違いない。

 大きな口を開けたまま、伝重郎をジッと見ていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る