第6話 霊には思い残した事はあっちゃいけないらしいので



「・・・弟の・・・善文の事が・・・心配です・・・。」



 かっこいい兄として、最後まで胸を張れたのか。

 今になって、記憶が鮮明になり、自分の死んだ瞬間がよみがえってきた善朗。


 若い男子高校生。


 思い残した事なんて5万とあるはずなのに、善朗の心の中にはそれだけが唯一残っているように思えた。弟のためにかっこつけたくて、危険な川に入り、無事に猫を助けれたけれど、弟の目の前で死んでしまった不甲斐無い兄。弟の善文が自分の責任じゃないかと思いつめていないかと死んだ今でも心配で仕方なかった。


「・・・・・・なるほどな・・・。」

 扇子で口元を隠しながら菊の助がウナズく。


「・・・乃華ちゃん・・・そう言うことだから、もう少し待ってはくれないかい?」

 秦右衛門がニヤリと微笑みながら乃華に頼み込む。


「・・・・・・。」

 乃華は頬を少し膨らませて塞ぎ込む。


 乃華としても、善朗の願いは是が非でも叶えなければならない大事な事だった。

 魂の迷いはけがれにつながり、極楽に行くどころか、それが原因で自縛霊や浮遊霊となってしまい、最悪、悪霊となれば、案内人としては責任問題となる。だからこそ、乃華は善朗にちゃんと確認をした上で、思い残しが無い状態で案内しなければならなかった。

 だから、秦右衛門の提案は乃華としては、確認されなくても絶対に断れないものだった。


「・・・嬢ちゃん・・・そういうことだからすまねえが連れて行っちゃくれねぇか?」

 菊の助が少し険しい顔を作って乃華に頼む。


「・・・ホントずるいですよね・・・どこまで考えてたんだか・・・。」

 乃華は菊の助を睨み、語尾を聞こえないように小さく囁きながら答える。


「・・・・・・。」

 菊の助と乃華のやりとりを互いの間でキョロキョロしながら善朗が困惑する。


「・・・魂は現世には一人では行かせられません・・・一人で行くと余計な誘惑にけがれてしまうかもしれませんし・・・一族の皆様方も安心して下さるようですからっ。」

 乃華は最初は丁寧な口調で、最後の方に徐々に口調を強めながら説明してくれた。


「・・・善朗、行って来い・・・思い残しがないようにな・・・。」

 菊の助はまた青年の姿に戻り、優しい眼差しで善朗を導く。


「・・・あっ・・・ありがとうございます・・・。」

 善朗は自然と菊の助に深々と頭を下げて、土下座していた。




「・・・・・・あなたまでついてこなくてもいいですよっ。」

「・・・保護者として、そう言うわけには行きませんからっ。」

 なぜか目線は合わせないながらも、バチバチと静かに火花を散らす乃華とのぶえ。




「・・・善朗・・・思い残しがなくなっても、とどまってええんやぞ・・・。」

 善朗の決意を分かった上で、吾朗が提案する。


「・・・ありがとうひいじいちゃん・・・でも、善文が大丈夫そうなら俺はここにいてもしょうがないし・・・。」

 頬を右手人差し指で少し掻きながら善朗が吾朗の提案を微笑みながらやんわりと断る。


「・・・そうか・・・。」

 吾朗は残念そうに弱々しい微笑を返す。


「さぁさぁ、誘惑が多い場所からは早々に立ち去りましょうっ。」

「あっ?!」

 乃華が善朗の手を引いて連れて行こうとする。


「そんな急ぐ事ないと思いますけどっ。」

「イタイイタイイタイイタイッ。」

 乃華が引っ張った右手とは逆の左手を引いて、のぶえが対抗する。


「おばあさん、あまり強引だと孫に嫌われますよっ。」

「・・・・・・。」

「あらあら、強引なのはどっちなんでしょうっ?」

 ここに大岡越前はいない。痛みを静かに我慢しながら善朗は耐える。



「・・・一族として引き止めたいのはわからんでもねぇが・・・のぶえ、まずは善朗の事を第一に考えてやれや・・・なっ・・・。」

 扇子で肩を軽く叩きながら優しい顔でのぶえを諭す青年菊の助。


「・・・すいません・・・。」

 菊の助の言葉に素直に善朗の手を離して謝るのぶえ。


「そうですそうです、のぶえさんは無理についてこなくてもいいんですよっ。」

 善朗の影からあっかんべをしながらのぶえを挑発する乃華。


「乃華さん・・・どうか、善朗を頼みます。」

「ッ?!」

 菊の助が乃華に頭を深々と下げるとその後ろには宴会で騒いでいた一同が静かに菊の助に続くように一斉に頭を下げていた。その風景に呆気にとられる乃華。


「・・・オホンッ・・・案内人としては当然のことなので・・・ご安心下さい。」

 善朗の影から服装をちゃんと整えて胸を張る乃華。


「・・・善朗君・・・歓迎会はちゃんとできなかったが、送別会はちゃんとしてやるからなっ。」

 ピシッとした姿勢の秦右衛門が優しくそういって、最後に微笑む。


「・・・・・・。」

 善朗は涙を堪えながら深々と一族に頭を下げた。








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