第4話 色々と人のルーツで家計図なんて出てくるけれど、家紋すら知らないんですが、あったらいいな!



「・・・ようきたなぁ、善朗。」

「・・・・・・。」

 菊の助に連れられて、宴会の雑音が小さく聞こえる部屋に通され、善朗はまた、少年と対面していた。



 驚くべき事に部屋に入るなり、トボトボと歩いていた菊の助が大人からミルミル子供の姿に変わっていく過程が善朗の目の前で展開された。そして、それが何も不思議な事ではないように乃華を始め、吾朗たちも平然と流していた。その中で、善朗は一人、黙って口を開けて、目を丸々とさせていた。



 乃華曰く、

 魂となった者は死んだ年齢の範囲なら何処でもいつでもその状態に変化できるらしい。


 魂には質量もないので、力は子供だろうが、成人だろうが関係なく、赤ちゃんの姿でも魂の本来持っている力(霊力)が強い者はどんな姿でも強く。先ほど、善朗が乃華を吹っ飛ばしたような力が使える。この霊力もエンと同様、生前の善行や積んできた徳によって上下し、それは霊界で過ごす中でも上下するのだそうだ。この力が下がる事を霊界では「けがれる」というらしい。

(したがって、菊の助はお酒を飲んでも大丈夫です・・・よね?)



「・・・死んですぐだろうから、気も動転してるだろう・・・足をくずして楽にせい・・・。」

 青年から少年に変わったものの菊の助の放つ圧は大人顔負けのもので、無意識に正座して対面している自分に善朗自身が、菊の助の言葉で気付かされた。



(・・・本当に不思議だな・・・。)

 少年菊の助から感じる圧はとても力強いもので、気圧されるように思うが、今の善朗には身体を後ろから支えられているようにも感じた。

 10歳ぐらいに見える少年にとても敵わないと分からせられるほどだった。



「・・・シン・・・どうじゃ?」

 菊の助は善朗の少し離れた脇で通い徳利からそのまま酒を飲んでいる秦右衛門に何かを尋ねた。


「・・・いやはや、恐ろしい・・・だからこそ、頼もしい・・・。」

 にやりとしながら秦右衛門が善朗を品定めして、サラリと答える。


「・・・金太・・・。」

 菊の助は秦右衛門の隣で大皿の料理を食べていた巨漢の男に続けて、声をかける。


「・・・もぐもぐ・・・くいっぱぐれはなさそうだぁ・・・。」

 金太はそう言いながら料理を頬張り、善朗の方はイチベツするだけだった。



「・・・あの~~すいませんけど・・・。」

 一同で話が進んでいくのが我慢できなかった乃華が割って入る。



「・・・あぁ、すまんすまん・・・案内人の嬢ちゃん・・・ワシの方からナナシ殿には言っておく・・・迷惑かけてすまなかったな・・・。」

 姿勢を直すことなく、そのままの状態でニヤニヤしながら菊の助が乃華に素直に謝罪した。


「・・・そう言う問題じゃないんですよぉ~~・・・私としても、ノルマというか・・・。」

 両手の人差し指で遊びながら目を泳がせ、引く気配が無い乃華。


「・・・なるほどなぁ~~・・・確かに善朗ほどの魂ならさぞや褒められるわなぁ~~・・・。」

 扇子を広げて、口元を隠しながら乃華を見る菊の助。




「私が変わりに行きますッ!」

 菊の助が発言して、しばらく部屋に沈黙が漂うと、善朗の後ろで控えていたのぶえの大きな声が響いた。




「のぶっ!」

 妻の思わぬ発言に横にいた吾朗が驚いて立ち上がる。


 のぶえはすり足で音を立てずに素早く歩き、善朗と菊の助の間で土下座をして菊の助に懇願するような形を取った。


「殿ッ・・・のぶは責任を感じてるだけだッ・・・責任は俺にもある・・・俺が変わりにッ!」

 のぶえとは違って、ドカドカと歩きながらのぶえの横に駆け寄り、土下座して吾朗が菊の助に願い出た。


「あんた、なにゆうてんのッ!私の責任なんやからッ!」

「だから、家の主としてワシがッ!」

「・・・黙れっ。」


 土下座しながら言い合う夫婦に菊の助少年の静かな一喝が飛ぶ。


「・・・・・・。」

 黙って土下座して様子を伺う夫婦。


「・・・熱々じゃのぉ~~・・・メオトになれんかったワシには羨ましい限りじゃ・・・。」

 扇子で口元を隠して、ニヤニヤとした目で吾朗達を見る菊の助。


「そっ、そのようなことは・・・。」

 当て付けだと勘違いされないように吾朗が否定する。


「・・・よいよいっ・・・して・・・どうする、善朗?」

「エッ?!」

 吾朗たちを軽くあしらった菊の助が善朗に突然問いかける。


「・・・決めるのはお主だ・・・どうしたい?」

 扇子を閉じて、パンッと自分の膝に扇子を当てて、ギラリとした目で菊の助が善朗を見る。


「・・・お主が望む事なら、ある程度は叶えてやれるぞ?」

 右の口角を上げて菊の助が言葉を続ける。


「・・・・・・。」

 善朗は自分のために身代わりになると言ってくれた祖父母達の姿を見る。


(・・・考えるまでもない・・・よな・・・。)

 善朗は微笑んでその二人の姿から菊の助に視線を流す。



「乃華さんと一緒に行きます。」

 清々しいまでに澄みきった善朗の言葉が部屋に響いた。



「善朗ッ!」

「善朗ッ!」

「黙れッ!」



 吾朗とのぶえが善朗を止めようと振り返るや否や、菊の助の激しい喝が飛ぶ。


「・・・・・・。」

 五郎達は黙って、慌てて土下座の状態に戻る。


「・・・ひいじいちゃん・・・ひいばあちゃん・・・ありがとう・・・会ったことはなかったけど、ずっと見守っててくれたんだよね・・・これ以上、お世話になるわけにはいかないよ・・・。」

 善朗は二人の目線に入るように移動して、しっかりと目を合わせて見据え、感謝の言葉をゆっくりと正確に伝えた。


「わあああああああっ。」

「・・・・・・。」

 善朗の決意の眼差しにのぶえは泣き崩れる。

 吾朗はそんなのぶえを自分の胸に抱き寄せる。


「りっぱじゃねぇか善朗・・・先祖としてこれほど誇らしい事はないぜっ。」

 子供の姿ではあるが、菊の助の言葉には威厳が備わっており、ヒシヒシと熱い思いが伝わってきた。


「と、いうことで・・・それじゃぁ、善朗さん、行きましょう!」

 乃華は話がまとまった瞬間を見計らい、立ち上がって、微笑みながらしわとしわを合わせる。



「・・・乃華ちゃん・・・気が早いよぉ・・・。」

 通い徳利から酒を直飲みしながら秦右衛門が口を挟んだ。


「エッ?」

 秦右衛門の言葉に驚き、秦右衛門を見ながら固まる乃華。


「・・・・もぐもぐ・・・善朗ぉ・・・何か思い残した事はないのか?」

 大皿の料理を平らげて、金太が善朗に尋ねた。


「・・・・・・。」

 善朗が金太の方から菊の助の方に視線を送ると、菊の助は黙って、静かに首を縦に一回上下する。



(・・・俺が思い残した事・・・。)

 善朗は金太の問いについてゆっくりと深く考えた。



 突然訪れた高校二年生の死。

 思い残した事なんて山ほどあるだろう。

 しかし、そんな善朗には明確な思い残しが一つだけ心の中にあった。



(・・・弟の『善文(よしふみ)』は大丈夫だろうか?・・・)



 死ぬ直前に近くに居た雨に濡れる弟の姿が善朗の脳裏に浮かび上がる。





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