第3話 ご先祖様にはちゃんとご挨拶しなくちゃいけないって言われてましたが
乃華の口から『自殺は例外なく霊界では罪になり、そのまま地獄に行かなければならない』のだという現実を突きつけられた善朗。
善朗達はそれからなんだか口を開き辛い重苦しい空気の中、吾朗とのぶえに連れられて、都会の喧騒から離れた住宅街の一角に来ていた。
そこも現代となんら変わりない住宅街の風景が広がっていたのだが、
「・・・ここじゃよ、善朗。」
「・・・・・・えっ・・・でかっ。」
吾朗が善朗を導き、連れてきたその場所は、時代劇で見たような大きな武家屋敷の門の前だった。
さすがに門番は居ないものの、大きく開かれた門の奥には手入れされた立派な庭が広がっており、少し遠くに大きな玄関が待ち構えているのが見えた。
「おっ、吾朗ちゃん・・・帰ってきたの?」
門の前で屋敷の中を眺めていると、中から男性が一人顔をヒョッコリと出しながら善朗の隣にいる吾朗に声を掛けた。
「・・・あぁ、シンさん・・・孫を連れて来たんよ。」
吾朗は顔を出した男をシンさんと呼ぶ。
シンさんと呼ばれた男は、時代劇に登場する浪人のような風体で、手入れされてないボサボサの髪を後ろでまとめて流しており、着物は着クズしてヨレヨレ、両腕を着物の中にしまい込み、その中で腕組みをし、右手だけを器用に着物の外に出して、人差し指と親指で顎に伸びた無精髭をいじっていた。年齢は30歳前後だろうか?
「・・・ほほぅ~~・・・良い顔だぁ~~・・・将来が楽しみだねぇ~~・・・。」
(うっ・・・酒クサッ?!)
シンさんという男が顔を善朗に近づけると強烈な酒の匂いが善朗の鼻につく。
とてもまともな人間には見えない。
「・・・シンさん、また宴会ですか?飲みすぎはいけませんよっ。」
のぶえが善朗を庇うように間に割り込んで、シンさんを介抱するように見せかけて遠ざけた。
「ははははっ・・・善朗君だっけ?・・・君のおかげで大量のエンが振り込まれてねぇ~~・・・殿も大喜びだよっ・・・はははははっ・・・。」
のぶえに背中を押されながらシンさんは笑って、屋敷の中へと入っていった。
(・・・そもそも、将来性って・・・死んだのにあるんだろうか?)
シンさんが残していった言葉に当然の疑問が頭をよぎる善朗。
「はっはっはっ・・・あれは、ワシらのご先祖様『矢引 秦右衛門(やびき しんえもん)』さんじゃ・・・あぁ見えて、とても立派な方なんじゃぞ・・・。」
吾朗はそう言うが引きつった笑顔に説得力はなかった。
「・・・あぁ、あれが噂の女ったらしのバカシンですかぁ~~・・・。」
左手で鼻をつまみ、右手を左右に振って、匂いを散らす動作をしながら、乃華が汚物を見る目で秦右衛門を見送っていた。
なんだかんだあったが、未だに善朗の後をついてくる乃華については、敢えて誰も、もう触れないようにしている。
「・・・・・・。」
仰々しい大きな武家屋敷の門の前で善朗は一体この先に何が待っているのか。不安を隠せずに居た。
「ぎゃはははははっ。」
「飲め飲め~~~~ッ」
「踊れ踊れッ!」
「料理をジャンジャン持ってこーーいっ!」
善朗の不安が目の前に体現される。
ある意味、阿鼻叫喚。
酒池肉林(女体は抜き)
鯛やヒラメが踊る代わりに腹踊りをする男達。
笑いながら手拍子をする淑女達。
何より、驚いたのは扇子を両手に持って、宴会の中心で一同を先導するのは自分よりも年齢が低そうな少年だった。少年は両手に扇子を持って、踊りながら大笑いしている。
しかし、どうみてもその服装の豪華さは別格だった。金の刺繍がされているハカマに、上には純白の着物。きっちりと整えられた髪と後ろでまとめられ流された黒い髪も艶やかだった。
「わっはっはっはっはっ・・・・・・おっ・・・なんじゃ・・・おぬしは?」
一同を先導していた少年が善朗に気付く。
(・・・この子・・・よっぱらってない?)
少年が近付いてくるとその顔は真っ赤に火照っており、微かに酒の匂いが漂ってきていた。
少年の反応に釣られるように別の男の声が宴会場にまた一つ響く。
「おうおうっ、吾朗じゃねぇ~か・・・どした?」
少年の後方の少し離れた所で大量の空になった皿の積み重ねられた山に囲まれた巨漢の男が善朗の隣にいた吾朗を見つけて声をかける。
巨漢の男に声を掛けられた吾郎は男に視線と体をしっかり向け、
「・・・あはははっ・・・金さん・・・ひ孫の善朗をつれてきたんじゃが・・・。」
バツの悪そうな苦笑いでちらちらと善朗を見ながら、頭をかく吾朗。
金さんと言われた巨漢の男と吾郎の会話の内容に目を丸くしたのは少年だった。
「なんじゃとっ、吾朗っ!それを、はよういわんか!!」
善朗の名を聞いて、少年は狐につままれたかのように驚く。
少年は吾朗の隣にいるのが善朗と分かるや否や、強引に善朗の手を有無も言わさず引っ張って、宴会の中央に連れて行った。
「皆の者ッ!シズマレエエエエエエエッ・・・。」
善朗を中央に導いた少年が一同の前で善朗と肩を組み、一同に号令をかける。
「・・・・・・。」
少年の号令にさっきまで騒がしくしていた一同がピタリと静まり返る。
「ここにいるのが、我が一族の期待の新星・・・善朗ぞっ!」
「ワアアアアアアアアアアアッ!」
「・・・エッ?!!!」
一同が熱狂する中、善朗は驚く。
自分を宴会のど真ん中に導いた少年の声が背後で消えたと思ったら、そこに立っていたのは20歳前後のキリリとした青年だった。服装は変わりなく、上様と呼ばれても相違ない出で立ちだったが、今まで遊んでいた少年の姿が完全にそこから消えていた。
「・・・ん~~~・・・どうした、善朗・・・ワシの顔に米粒でもついておるか?」
突然現れた青年が酔っ払って座った目で善朗の顔を覗きこむ。
「菊の助様っ・・・善朗はここに来たばかりで困惑しておりますのでっ。」
素早く宴会の人混みを掻き分けて、吾朗が善朗の助けに入る。
「・・・おぉ~~・・・そうだったか・・・すまんな善朗・・・別室にいくか・・・。」
そういうと菊の助は
「殿ッ!歓迎会はお開きでっ?」
軍服を着た男性が菊の助に近付き最敬礼をして、宴会の今後を尋ねる。
「・・・ん~~~っ、かまわんかまわん・・・続けよっ!ワシは少し善朗と話して来るっ。」
菊の助はそういうと宴会に号令をかけた。
「ワアアアアアアアアアアアッ!」
広間でドンチャン騒ぎをしていた一同は許しが出たとまた盛大に盛り上がった。
(・・・・・・俺、本当に死んだんだろう・・・な・・・。)
善朗は広間で宴会する人々を見て、そう思う。
改めて良く見てみると、先ほど菊の助に声を掛けてきた軍服を着た男性は歴史の教科書で見たような服装だった。他にも、様々な年代の服装をした人達が散りばめられている。
中には頭に矢が刺さっていた人がいたような・・・。
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