第10話

俺は車好きだ。まあとある漫画の影響だが。漫画やアニメが好きで、それに影響されて他のものも好きになるって言うのは良くあるだろう。分かってくれる人も多いはずだ。

 それが理由で、初めてのバイト先をガソリンスタンドにした。ここにいればレアなスポーツカーとかに出会える可能性が高いからだ。実際、過去何回か、チェイサーとかシルビアとかの渋い車が来店してきた事がある。まだ働き始めて一週間しか経ってないのに、相当高いエンカウント率だ。

「ふぁぁ。おっす、タク。昨日はありがとな」

 稲葉さんが眠たそうに出勤してきた。昨日はライブだったので、疲れが溜まっているんだろう。

「おはようございます。眠そうですね」

「ああ。朝方まで打ち上げやってて、寝てないんだよ。あとまだ酔っ払い気味だぜぇ」

「大丈夫なんですか? それ」

 なんだ打ち上げで眠いのか。ライブの打ち上げなら仕方ないところもあるかも知れないが、次の日仕事だってのによくやる。まあ、自業自得だな。

「大丈夫、大丈夫。こういうことはよくあっから」

「よくあっちゃ駄目でしょ」

 酔いも抜けぬまま仕事をするなんて大丈夫かよマジで。俺まだ新人だから何もフォローできないんだぞ。

「そんな顔すんなよ。ヨユーだから。ヨユー」

「そ、そんならいいですけど」

 あまり心配しすぎても仕方ないので、仕事を始めることにする。とはいっても、今日も予約そこまで入ってないし、今のところ暇なんだよな。これがセルフのいいところなんだけど、暇は暇でしんどいんだよね。

「あ、そういえば稲葉さん」

「ん?」

 暇なので、稲葉さんに話しかけてみた。俺と仕事は同じだから、やはり稲葉さんも暇みたいで、話に乗ってくれそうだ。

「ここって結構スポーツカーをよく見ません?」

「あ? ああ、そうだな」

「いいですよね。俺、漫画の影響ですけど、車好きなんですよ」

「ああ。あの走り屋の奴だろ? あたしも知ってるわ」

「マジですか? いいですよね。あれ」

 結構昔の漫画なはずなんだが、知ってるとは中々渋いねえ。

「でもなんでこんなに来るんですかね。今の時代、走ってるってだけで珍しいのに」

「そりゃあお前、ここの常連が走り屋だからだろ」

「えっ」

 そうなの? この辺走り屋いるんだ。知らなかった。漫画の中だけのフィクションみたいな存在だと思ってたからびっくりだ。

「知らねえの? あ。まだ入ったばっかか。ちょっと前に走り屋やってる子がここで働いててさ。その名残で仲間とか後輩とかが皆此処に入れに来るんだよ。まあこっちからすればハイオクバンバン売れて願ったり叶ったりだからいいんだけどさ。皆車へのこだわり強すぎるから自分で車洗ってくれるんで、あたし達の仕事増えるわけでも無いし」

「なる程。俺からしても眼福なんで最高ですよ」

「ふーん。よくわかんねえけど、まあ楽しそうなら何よりだわ」

 丁度、遠くから低い大きな音が聞こえてくる。スポーツカーの格好いい音だ。それも近づいてきてるみたいだから、人目お目にかかれるチャンスかも知れない。

「お、噂をすれば常連がきたっぽいな」

「分かるんですか?」

「頻繁に来るからな」

 すげえ。エンジン音で常連が来てるのが分かるとは。そんなに頻繁に来るんかな。

 程なくして、黒いセダンが入店してきた。そして給油レーンに車を停める。あれは……、なんだったけか。

「よお、豊。入れに来るの早くね?」

 稲葉さんが車内の常連に話しかける。結構馴れ馴れしい感じだし、仲が良いんだろう。そして敬語じゃ無い所を見るに、多分豊という人は稲葉さんとタメ以下ってことになる。稲葉さんのことだから年上でもあんな感じではありそうだけど。

「香澄さんお疲れっす。昨日走りに行ってたんすよ」

 豊の声のトーンが高い。多分女性だ。女性の走り屋って更にレアなんじゃ無いか?

 豊さんがドアを開け、中から出てきた。第一印象は度肝を抜かれた感じだ。女性の走り屋ってだけで珍しいのに、めちゃくちゃ可愛いのだ。丸くてぱっちりした目と短いくせっ毛が、整った全体的な顔立ちと相まって、元気が溢れてそうな爽やか美少女といった感じのイメージを湧かせる。ちょっと汚れたジーパンと、タンクトップの上に羽織っている作業着が更に工業系な車に合ういい味を出している。車検に出した時店員が彼女なら確実に一目惚れしているだろう。それくらい格好可愛い子だ。

 豊さんと目があった。しまった。じっと見過ぎてた。まあ仕方ないよな。可愛いんだから。稲葉さんと違って初見が最悪って訳でもないから、尚更だろう。

「新人さんすか?」

「え? あ、はい」

「そうなんすね。お世話になってます。自分、工藤豊っす」「

「あ。藤井拓也です」

「何かしこまってんだよタク。豊はお前とタメだぞ」

「え⁉ マジですか?」

「そうなんすか?」

 豊は俺とタメだったのか。てことは免許取って間もないんだよな。そんな年で走り屋とは凄い。漫画みたいだ。

「らしいんで。よろしくっす」

「あ。よろしく」

 豊はぱっちりした目で俺の目を見て言ってくる。やっぱ女性慣れしなきゃ駄目だわ。めっちゃ恥ずかしい。他に注意を向けよう。

 ……そういえばこの車、なんだったけ。確か、あれだ、えっと。

「……マークツー」

 そうだマークツーだ! 思い出した。渋っぶいよなあコイツ。

「分かるんすか⁉」

 驚いて目線を正面に戻すと、視界のほとんどを豊の顔が占めていた。いや近っ! すぐ顔をひいてなければ頭同士がぶつかっていたぞこれ。

「ま、まあ」

 視界いっぱいに豊の笑顔が広がる。……めっちゃいい匂いする。言ったら悪いが、見た目的に鉄とか油とかの工業な匂いを想像してたから、反則級のストレートパンチだ。やっばパニクってきた。

「ち、近いって」

「あ、すんません。テンションあがっちゃって」

「いや、大丈夫」

 嘘、全然大丈夫じゃ無い。

「で、でもマークツー格好いいね。このドシッとした感じというか。この昔の高級車って見た目で速いってのがなんともロマンをくすぐるよね」

「わかるっすか? 分かるっすか⁉ いやー、っすねぇ!」

 すっごい嬉しそうだ。自分の好きな物が相手も好きなら、確かにこれくらいのテンションになるだろうが、あまりのテンションの上がり幅に少し怖じ気づいてしまった。

「いやー。ここガソリンスタンドのくせにコイツの良さが分かる人がほとんどいなかったんすよねー。藤井くんは将来有望な新人さんすね!」

「タクでいいよ、皆そう言うし。タメなんだし敬語もいいでしょ」

「そうすか? まあ喋り方は癖なんであれすけど。じゃあタク、自分の事は豊でいいすよ」

 お、うんうん。この感じ、気の合う友人が出来た瞬間じゃないか。嬉しい限りだ。

「でもマークツーとはチョイスが渋いね。俺実物は初めて見るかも」

「そうなんすか? まあ古い車っすからねー。当然っすけど、自分も中古で買いましたし」

「いくらしたん?」

「そうっすねえ。ざっと数えて三百万超えるかなってくらいっす。状態のいいやつで、頑張って安くしてもこれくらいっすからねー。めっちゃ高かいっすよ」

 ささささ三百万⁉ そんな高い車のオーナーが俺と同い年の子なのか凄。

「え、お金どうしたの?」

「ローンすよ」

「ローンなんか組んで大丈夫なの?」

「自分、実家でやってる自動車整備工場に就職したんで、もう社会人っす。だから余裕って訳じゃないっすけど、返せなくはないんすよ」

 しゃ、社会人⁉ すげえ。俺なんかまだ学生だぞ。同い年なのにもうバリバリ働いてるのか。いやー、関心するわ。

「凄いわ。自分の車ってのがまたいいよね。憧れるなあ」

「良いすよー、自分の車。まだあんまりいじれてないんで、こっからまだまだ楽しみがいっぱいすよ!」

 豊のマークツーをもう一度しっかりと見てみる。確かにまだ割とシンプルな見た目だ。走り屋なんかやってるわけだから、バンパーとかボロボロになってそうなものだが、とても綺麗だった。

「結構買ったのって最近?」

「まあそこそこ前っす。ただ走り始めてまだ日が浅いんで、そこまでがっつりやってないんすよ。夜にスピードちょっと出してみたり、広い駐車場とかで軽く滑らせてみたり位っすね」

 なるほど。だから綺麗なのか。まさにこれからって感じで、最高じゃん。

「おいタク。仕事だ仕事。洗車入ったぞ」

 稲葉さんが怠そうにしながら洗い場に向かっていく。もうちょい話してたかったが、仕方ない。

「じゃあ、俺仕事行くから。また来てよ」

「勿論すよ。元々ここよく来るんで。タクも今度一緒に走り行きましょうよ。乗せたげるっすよ」

「マジか! じゃあそのときはよろしく!」

 給油作業をしようとする豊に手を振り、俺は稲葉さんの方へ走った。

 大学よりも先にバイト先で友達が出来るとは。予想もしてなかったがとても良いね。可愛かったし。

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