氷の大地

 目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。今まで見てきていたあの緑の大地の幽世とは全く違い、今回降り立った台地は雪と氷に覆われ吹雪に視界を閉ざされていた。


 つららのように結晶化したアストラル体がそこかしこに生えており、生物という生物が見当たらず、この環境がいかに過酷なものかを物語っていた。


 もし常世の肉体であれば凍死しているであろうが今はアストラル体であるため何とか持ちこたえているといった印象を受ける。しかし、アストラル体もここの寒さに耐えようとどんどんと消費されて行っていることがわかるほどの劣悪な環境である。そして、痛みに似た違和感がアストラル体を駆け巡っているのがわかる。


 「日出、千暁さん、ここにはあまり長居しない方がよさそうだ。」

 

 アストラル体なので寒さは感じないが、この消耗の対策もできない現状、この吹雪の中とどまり続けるのは危険だと判断した。


 「東雲さん、それはそうなんですが、こんな吹雪の中どこに行けばいいんですか…。」

 「さぶーい、けどさぶくなーい…。奇妙な感覚ですね。」


 ホワイトアウト、ここから一歩でも歩けばこの扉にはかえって来られないであろう。ここまでの環境を体験したこともなく、このままここで…という不安ばかりが頭をよぎる。


 「千暁さん、ネックレスどうやって持ち込んだんだ。この世界に無機物は持ち込めないはずだ。」


  千暁の首には現世でつけていたネックレスがこの死後の世界でもついたままであった。そのネックレスは我々アストラル体と似た、おぼろげな光を放っていた。


 「東雲さんと日出さんも、ループタイがついているじゃないですか。」

 「ほんとだ…、ついている。」

 「これはアストラル体なのか…、無機物にアストラル体を与えていたのか…。でもどうやって…。」

 「東雲さん、いまはそんなことより…。今置かれた状況を何とかしましょうよ。」


 無機物を生物・生命体にする…、現代の科学ではそれをなしえたものはいないであろう。ロボットや人工知能などがそれに近しい存在ではあるが、あくまで生をもっていない…。


 しかし今はそれどころではない、千暁の言う通り、このままだとアストラル体の消滅も時間の問題であろう。吹雪により舞い散る雪や氷がアストラル体に接触するたびに消耗している、それは事実だ。


 変身してやみくもに走る、そんなことも考えたが、リスクが高すぎる、コンシェルジュが用意してくれていたあの装置があるとしても、道中で消費してしまうのは本末転倒である。


「おーい、おーーい。」


 どこからともなく声が聞こえる。私たちに語り掛けてくるようなその声はだんだんと近くなってくる。


 こんな環境で悠々と生きている住人となるとそれ相応のアストラル体を保持している強者であることは推測できた。


 「おーーい、あんたら、えーと王は…何と言っていたかな…。まぁいいか、常世から来た人ですか?」


 吹雪で一寸先も見えない状況でその住人は私たちに常世の人間かと問いかけてきた。


 私たちは身構えた…どんどんと近づいてくるその声の主がおぼろげに見え始め、それが異形であることが見て取れたからだ。


 「いるなら返事してください。ここじゃ凍えちゃうでしょ。」


 すべての全貌が明らかとなった時、私たちはまるで氷漬けにされたかのように、その姿に目を奪われた。


 その住人は、巨大な鬼を模した様な面をかぶり、藁を編み作った服を着ている。そうそれは、日本でいうなまはげだ。その恐ろしい外見とは裏腹に、なまはげは来訪神として地域に根付いている、優しい神なのだ。


 「あ、あなたは…?」

 「なまはげ…初めて見た。」

 「なまはげ?私は王の従者です。ここに今日来る予定の客人を迎えに来たのです。王からはこの格好が常世ではやっていると聞いていたのですが…。」


 どうやら敵ではなさそうだ…、さらに王様は私たちの住む常世の行事にも詳しいときている、間違いないく前の住人である。


 「あぁ、私たちだ。王様にお目通りおねがいできるかな。」

 「よかった…。それにしても…なぜ服を着ないのですか?」

 「どういうことだ?服なんて持ってないぞ。」

 「変な人ですね…首についているじゃないですか。」


 そのなまはげは私たちの首についている、ネックレスのカメオやループタイを指さしてそれは服だと言い張る。


 何度もそれは服だと言うので、その話を信じてまるで知恵の輪を解くかのように各々のネックレスやループタイを弄り回した。


 すると、ループタイが光り輝き、全身をまるで少女が魔法少女に変身する時に出てくるようなオーラが私のアストラル体を包み込んだ。

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