新たなる場所へ
旅行の前日とは思えない最悪の体調…、玄関のインターホンの音が割れそうな頭をさらに刺激し、朝を知らせる。
深酒しすぎ、頭痛でおぼつかない足でインターホンまで辿り着き、コンシェルジュを迎え入れた。
日出もその音に気付いたようで、のそのそとリビングに起きてきた。
「東雲様、日出様…、千暁様は…、おはようございます。」
「コンシェルジュさん、申し訳ない、千暁さんはまだ寝てる…。あろうことか皆で昨日深酒してしまって。」
「左様でございますか。とりあえず必要な物をお持ち致しましたのでお渡ししておきますね。」
コンシェルジュは机に各々2錠の薬と私と日出にはループタイ、千暁にはカメオがついたネックレス。これらのものが机に並べられ、他のものは一切出てこなかった。
「コンシェルジュさん、この錠剤は…。」
「まずはこちらの白い方を一錠お飲みください。」
私と日出は言われるがままその錠剤を飲み込んだ。
「なんの薬なんですか?」
「二日酔いに効く薬でございます。」
この人はエスパーなのか、未来を見通せるのか、このような事態に陥っているということを知っていたのかと言う顔が日出から溢れ出していた。
「あぁ、千暁様、おはようございます。ゆっくりおやすみになられましたか?」
「ぁ、いつものコンシェルジュさんだ!おはようございます。」
コンシェルジュさんは爽やかな笑顔を千暁に向け、起きたばかりの千暁にも二日酔いの薬を飲む様にスマートに誘導した。
「他の物の説明になりますが、まずこのループタイとネックレスは必ず装着しておいて下さい。これがあなたたちのお守りとなります。」
「わかりました。向こうの方はかなりの階級の方とお見受けしますが、服装はどうすれば。」
「どの様な服装でも問題ございません。このループタイとネックレスがその役割を果たしてくれますので。」
「はぁ。そうですか。」
先方は余程、首につける物に執着しているのであろうか。
やはり一般人と違い、見えている世界が違う人はそうなのであろうと無理やり納得した。
「次に、この【ゾンビパウダー】…。」
「コンシェルジュさん、今、【ゾンビパウダー】と言いましたか?」
「はい、こちら【ゾンビパウダー】でございます。私が調合した物なので…東雲様の物とは少し違いますが、効能は一緒でございます。」
「海外に行くのでは…。いや、そんなことはいい、レシピをなぜ知っているのだ?」
その質問に対して、コンシェルジュは少し笑いはぐらかした。
さらに詰めようとしたが、旅行鞄をリビングに運び出してきた、日出と千暁から向けられる目線に耐えられなかった。私は苦笑いしながら、日出と千暁の顔を見つめることしかできなかった。
「東雲様がパスポートとおっしゃっていただいた様に、移動の問題がございます。【ゾンビパウダー】はその問題を解決してくれる飛行機でございます。」
コンシェルジュが何とか私の威厳を保ってくれようとそれっぽい事を言ってくれていたが、その言葉に日出と千暁は我慢の限界で笑い始めた。
「東雲様、日出様、千暁様、では行きましょうか」
「ん?どこへいくんだ?」
コンシェルジュは私の顔をつぶさないように急いでことを進めようとしたが、私のこの発言がさらに日出の笑いを誘ってしまった。
「東雲さん、早く酔いを醒ましてください。そして、常世の幽世の話を思い出してください。」
「東雲様と日出様はわかっていらっしゃるようですが、千暁様にご説明しますね。」
私が下手なことを言わないように間髪入れずに日出の話に千暁を引き合いに出して内容をかぶせてくれた。
「東雲様が購入してくださった、この下の階は幽世の一部の場所を常世に顕在化させております。そのため、その幽世の場所とのパス…扉がつながっているということになります。」
「そうだったんですね。そこで【ゾンビパウダー】を飲めば、つながった先に行けるということなんですね。東雲さんと日出さんはこんな難しい事すぐに理解できてすごいです!」
日出の視線は痛いが、万事解決であると自分に言い聞かせた。
「さぁ、コンシェルジュさん、下の私の買った部屋に行こうか。」
私は恥ずかしさを打ち消すため、さも知っていました感を出して、先陣を切った。
実際、二日酔いで頭が働いていないのは言うまでもない…。
エレベーターに乗り込み、あの特有の浮遊感がさらに頭痛を促進させる。
「東雲様、はれて本日からこちらのお部屋は東雲様のものとなります。勝手ながら、もう必要な荷物は運び込ませていただきました。」
目の前には3つの奇妙な装置が付いたあの幽世ベッドが設置されていた。
「あのベッドについている装置は?」
「外部取り付け式のエーテル体を装着したベッドとなります。念の為でございます…。もしも向こうの世界でアストラル体を失う事になったとしても戻ってこられる様にと…。」
「これが私が頼んでいた安全装備にあたるものか…。」
向こうでもしアストラル体が欠損し、エーテル体でもどうしようも無くなった時にこのベッドからもアストラル体が充填できる様になっているとのことだ。
ゲームでいう、残機が一増えると言ったたぐいものであろうと理解し、さらなる質問をしたかったのだが頭痛のせいかどうも頭が働かない。
「東雲さん、あのベッドの技術…私たちを凌駕していますよ。知りたい…、知りたい…。」
「私もだ…。でも今は辛抱だ…、前の住人にじっくり教えてもらおう…。幽世に行けば頭痛ともおさらばだ…。」
私たち二人の会話はコンシェルジュにも聞こえていた様で少し苦笑いされた。
「ここで【ゾンビパウダー】を服用してもらうことで、前の住人のいる場所の近くに降り立つ事ができるでしょう。幽世から幽世へ、それができる様に少しだけ【ゾンビパウダー】に改良を加えておりますが…。」
日出の知りたい欲は爆発寸前であった。かくいう私ももう限界が近い、頭痛が酷い…早く横になりたい。
本当にこれは二日酔いなのか…私には何かの危険信号のようにも思える。
この部屋の成り立ち、改良を加えた【ゾンビパウダー】、エーテル体の装置…、私の脳を刺激する。
そんな興奮している私たちを尻目に千暁は颯爽とベッドに横たわった。
「東雲さん、日出さん、何しているんですか、早く、早く!ちゃんと渡されたループタイもつけていきましょうよ!」
私たちはその呼びかけに我に返り、お互いの顔を見合わせて、照れながらベッドに横たわった。
「東雲様、日出様、千暁様、ご武運を。また、くれぐれも先方によろしくお伝えくださいませ。」
その言葉を聞いたのち私たちはコンシェルジュさんが改良したゾンビパウダーを飲み込んだ。
ふわふわと言う浮遊感が体を包み込み、まるで地球一周を高速で行っているかの様なスピード感が体を駆け巡った。
そして目を開けた先にはいつもと見慣れない景色が広がっていた…。
ーー幽世のどこか
「主人様、いよいよ大詰めでございます…。」
玉座で眠る男に向かい、その男は話し続ける。
「破壊と創生は表裏一体と言いますが…これで良かったのでしょうか…。いや…これしか道は無いのですね…。」
男は不安げな表情で答えを玉座の男に求めたが、返事は返ってこなかった。
「東雲様、日出様、千暁様…どうか…ご無事で…。」
そう男は呟き闇の中に姿を消した。
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