第34話 VS師匠
広場に行くと、師匠がスイと何か話していた。読唇術を使えれば、何を話していたのかわかったのかもしれないが、そんな技術はない。
俺に気づいたのか、師匠はスイとの会話をやめ、こちらを向いた。
「ドーン、来たか」
「なに話してたんですか?」
「見つめ合ってただけだ。恋人のようにな」
冗談なのだろうが、スイがその言葉へ過度に嫌そうな態度をとった。師匠から距離をとって、俺の後ろに隠れるようにして師匠を睨んでいる。
「冗談に決まってるだろ」
「はは……。ちょっと師匠に話したい事があって来たんですよ」
「オレも話したい事がある。先に聞こう」
師匠が切り株に腰を下ろしたので、明日配信をするから予定を空けていて欲しいと言うのを簡単に説明した。
「ハイシン? とやらが何か知らんが、ここにいて欲しいってことか」
「まあ、はい」
「それは、できない相談だな。今日中にこの森を出ないといけなくなったんだ」
「え、急ですね」
「切羽詰まってるんだろうな……」
師匠は遠い目をして森を見つめている。それこそ、恋人に向けるような視線なのだと思う。
「そこでだ。最後の修行としてオレとの模擬戦をしてもらう」
「師匠とですか?」
「ああ。初めて会ったあの日から、どれだけ力を付けたか見せてみろ」
師匠の目線は鋭く、獲物として俺を捉えているのがわかった。
『どうするの?』
「……なにが?」
『お師匠さんと戦うのか聞いてるのよ』
「戦うに決まってる。当たり前だ……!」
俺のセリフに師匠はにやりと笑い、立ち上がる。ヴォルには座って待っているよう伝えて、武器を構える。
装備はもちろん師匠に貰った剣と盾だ。
「スイ、この石を上から好きなタイミングで落としてくれ。石が地面に着いた瞬間、それを合図にする。ドーン、良いな?」
「はい」
「開始前の攻撃以外は何しても構わん」
「何しても良いんですか?」
「悠長に罠でも作るか?」
「……それもありっすね」
スイは師匠から石を受け取り、重そうに上昇していく。
片手にナイフを構えた師匠と俺との距離はざっと数えて10メートル。そのちょうど真ん中にスイが石を持って待機している。
『お師匠さんの教えで成長した姿、見せてあげましょう』
「ああ……」
師匠の小柄な体格からくる素早さと、急所を的確に突いてくる技術力は、隣で嫌になるほど見てきた。
用意ドンのスタートでは、まず確実に先手を取られる。そうなってしまえば俺は攻めに転じれず、そのまま押しつぶされる。
それこそ最初のように。
この森で俺は生き残る方法を教わった。
それは正々堂々と、真正面から勝つ方法なんかじゃない。
狡賢く、獲物を欺き、相手を討ち倒す方法だ。
「フィ〜!」
スイの我慢が限界に来たのか、石は投げ捨てられた。あの石が地面に触れた瞬間がスタートなら、俺がタイミングを決められる。
石は重力に従って落ちていく。地面との距離がまだある中、俺は【土流】を使い、地面を隆起させた。
石はその瞬間地面に触れる。
「ほう……!」
俺だけが知り得るタイミング。
師匠よりも先に動き出し、【剣】アクションの【突進】で距離を一気に詰める。
「それだけじゃ足りんぞ!」
師匠も流石の反射神経で、【突進】で突っ込む俺にカウンターの構えを取ろうと体勢を変えた。
「“それだけ”じゃないんですわ!」
体勢を変えた師匠の足元をもう一度【土流】を使用し、僅かに隆起させる。それだけでも効果はあるはずだ。
流石の師匠であろうとも、あらゆる行動の原点となる足での踏ん張りがなくなれば、高精度のカウンターはもちろん、移動もできない。
「……!」
盾を前に構え、前に突き出したナイフによるワンチャンスすら防ぎ切り、師匠を押さえ込む事に成功する。
師匠の強みは、速度と技術による連続攻撃と、相手に合わせたヒットアンドアウェイ。
弱点は単純なパワーによる正面衝突。
「う、ぐぅ……!」
師匠の上に乗っかり、盾を押し付けて行動を制限。ナイフを持っていた手も、運良く盾と師匠の体の間に入ってくれた。
「勝ちで良いですか、これ……!」
師匠から貰った剣を首元に押し当て、勝利を確信する。
「……へっ、良く見ろ、引き分けだ」
促されて背中を見ると、師匠のもう片方の手に握られたナイフがしっかりと突き付けられていた。このままぐっさり刺されれば大ダメージ間違いなしの完璧な位置。
「え、いつの間に……」
「足元の地面が変形した時だ。移動と効果的なカウンターを出来なかったが、次のための布石は用意できたな」
「まぁじかよ〜」
卑怯な手を使って完全に勝ったと思ったのに、師匠の壁はやはり高いみたいです。
「重い、さっさとどけ」
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