地獄の苦しみとはこのことだろう。腹に刺さった矢から全身へと毒がまわり、体内を巡る血が煮湯のように感じられる。あまりの激痛に、オスカーは悲鳴すら上げられなかった。意識が朦朧とするなか、怪物に顔を覗き込まれる。


 無事でよかった。どうやらうまく護れたようだ。


言葉をかけられたが、なんと言っているかは分からなかった。

 

 早く行け。逃げろ——。

 

 力を振り絞って口にする。矢を放った刺客は、まだ諦めてはいないだろうから。そうして力尽き、視界が闇に包まれた。


 温かい——自分は天国に辿り着いたのだろうか。

 

 感覚が徐々に戻ってきて、オスカーは目を開けた。視界の先には、気を失う前に見た森の木々がある。息を吸い込むと、辺りの空気は湿っていて、冷たい。温かいのは、怪物が身を寄せて眠っているからだと気付いた。驚いて声を上げると、怪物が「ごめんなさい」と言って飛び退く。

「身体が冷えてはいけないと思って。失礼しました」

「……いや。ありがとう」

 立ち上がりながら、オスカーは深く頭を下げた。

「あの後なにが? 僕は確か、あの男に撃たれて……」

「——私を庇って撃たれたのです」

 怪物が口を挟む。

「矢には毒が塗ってありました。男は自らの毒で死に、私が急いで薬草を練って解毒剤を……」

 説明しながら怪物が指差した先には、顔じゅう血まみれで絶命している男の骸と、薪火のそばで乱雑に開かれた本があった。

「本で読んだだけの知識だったのですが、薬が効いたようで良かったです」

 心底ほっとしたように、怪物が息を吐く。

「……そうか。それじゃああなたは僕の恩人だな」

 腹の傷に触れると、ほんの少しだけ痛んだが、ほとんど治りかけているようだった。

「聖騎士様。何故、私を庇ったのですか?」

 怪物が訊ねる。その様子は困惑しているようにも、怯えているようにも見えた。

「その前も、貴方様は剣を捨てられました。何故、心変わりを? 何故、私を生かそうと思ったのです?」

「あなたが真っ直ぐな……善良な信徒だからです」

 オスカーは正直に答えた。怪物は驚いて、目を丸くしている。

「僕の務めは、あなたのような人を護ることです」

「私は怪物ですよ? 教会は私を滅ぼしたがるはずです」

「だったら、きっと教会が間違ってるんです。僕は、あなたが悪しき者だとは信じない。だから庇ったのです。あなたは悪ではないのだから」

 オスカーが言い終えると、怪物は黙ったまま体を震わせる。やがて、怪物はオスカーの足元に縋り付き、笑い声とも悲鳴ともとれるような声で泣き出した。己の暗い運命を呪い、初めて差した光明を喜んで、心を剥き出しにして泣いた。

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