Ⅷ
『グレージェン修道院長ピーター』
『グレージェンの修道僧たち(全員)』
『町医者のルッカ』
『聖騎士オスカー卿と、卿の追っている怪物』
前金とともにキリアンに渡された上等な羊皮紙には、それぞれの所在の覚え書きとともに、上品な筆跡でそう記されていた。
「……承った。クレシーの旦那に、すぐ取り掛かると伝えてくれ」
キリアンがそう告げると、使いの若い修道僧は面食らったような顔をして、逃げるように立ち去る。読み通りだと、キリアンはほくそ笑んだ。羊皮紙の質が聖典に使われているものと似ているのと、修道僧を使いに寄越したという点だけで、依頼人が教会関係者——おそらく枢機卿あたりだと察しがつく。その中で、キリアンを雇えるほどの資産家は一人しか居ない。簡単な推理だった。もっとも、そんなことはキリアンにとってでもいいことだ。金払いさえよければ、誰のためにでも、どんな相手でも必ず殺す——キリアンはそこらの悪党とは違う、職人気質の暗殺者だと専ら評判だったが、当の本人は、ただただ殺しを楽しんでいるだけの血狂いだった。
すぐ、準備に取り掛かった。自宅に戻り、隠し部屋から狩装束と仕事道具一式を取り出す。短剣を袖口に隠し、特注品の超小型クロスボウを外套の下に忍ばせた——小さいので威力はそこそこだが、
支度を済ませ、キリアンが最初に殺したのはピーターだった。いかにも小物そうな老僧で、鼻歌混じりに歩いているところを襲い、短剣で滅多刺しにして街道のはずれに運んだ。きっと野盗の仕業として処理されるはずだ。
次に、修道院に向かった。修道僧たちはほとんどが眠っており、起きていた数人は人目につかない場所でまぐわい、汗だくになりながら喘いでいたので、誰にも気付かれることなく、すべての門を閉じて、火をかけることが出来た。
数分後には、全員が汗だくになって喘いでいた。
修道院が焼け落ち、誰も逃げ出せなかったのを見届けてから、その足で診療所のルッカを訪ねた。急患のふりをして扉を叩いたが、追い返されたので、仕方なく二階の窓から侵入し、背中に矢弾を撃ち込んだ。やさぐれた雰囲気の医者は前後不覚となって倒れ、全身を痙攣させながら、ついには顔じゅうのあらゆる穴から血を吹き出して、絶命した。医者がいれば助かったのにと、キリアンは状況の皮肉さを嗤った。
聖騎士の行方と怪物の所在は分からなかったが、グレージェンを出てすぐにすれ違った親切な巡礼者の男が、それらしい者を森で見かけたと教えてくれたので、事なきを得た。口封じのために殺そうとして、立ち去る巡礼者の背中に狙いを定めると、何かを察したのか、男が振り返って不敵な笑みを浮かべたので、慌ててクロスボウを隠し、キリアンはその場を後にした。巡礼者のスミレ色の瞳の奥に、地獄の業火を見たような気がして、恐ろしくなった。
髭もろくに生えないほど若い聖騎士には森の入り口のところで追いつき、あとを尾けた。途中、うっかり木の枝を踏んで音を立ててしまった。怪物の姿を想像するうち、気もそぞろになっていたようだ。幸い、聖騎士には気付かれなかった——フードを被ったなにかが、森の奥から現れたからだ。はっきりと顔は分からないが、その異様な佇まいから、キリアンはそれが件の怪物であると察した。
しばらく様子を見ていると、怪物が跪いて、聖騎士に自らの運命を委ねた。ちょうどいい。聖騎士が怪物の首を取った瞬間に殺してやろうと、狙いを定める。ここで、予想外のことが起きた。怖気付いたのか、聖騎士が剣を捨てたのだ。
同時に、顔を上げた怪物と目が合ってしまった。慌てて照準を怪物の頭に合わせ、引き金を引く。
矢弾はまっすぐ飛び——怪物の前に飛び出した聖騎士の腹に刺さった。
怪物を庇ったのか——?
ほんの僅かに動揺した刹那、怪物が咆哮した。
女の悲鳴と馬の断末魔を合わせたような、悪夢の如き響き。驚いて、木陰に逃げ戻った。
あんなに恐ろしい怪物だとは聞いていない。生きて帰ったら、クレシーを強請って追加料金を払わせてやる。支払いを拒否するなら、バラバラに切り刻んでやるさ。
自らを落ち着けながらクロスボウに矢弾を装填しようとすると、怪物が再び吼えたので、キリアンは思わず転んでしまった。悪態をつきながら立ち上がろうとして、突然天地がひっくり返る。指先に燃えるような痛みを感じたので見てみると、人差し指の先端に小さな切り傷があった。
そうか。転んだ時に矢尻で——。
頭が真っ白になるほどの痛みが、少し遅れてやってきた。
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