闇の中で、声を聞いた。愛し合う息遣い、悦ぶ男の声を聞いた。

 オーガスト様——声の主は、愛人のことをそう呼んだ。

 

 時間を過ごすうち、自身がアーロンという名の修道僧に宿っていることを理解した。もうひとりの父オーガストは、修道院に立ち寄った巡礼者たちの指導者だったそうだ。修道僧たちがそのことを話題にすると、アーロンの心臓が早鐘のように脈打ち、うるさくて眠れなかった。

 

 修道院長の説法で、はじめて創造主の教えを耳にし、善くあること、清くあることの美徳を学んだ。讃美歌の調べに安らぎを感じ、聖典の言葉に安堵を覚えた。

 

 聖都と呼ばれる場所が、東に行けばあると耳にした。創造主に祝福された地で、天国にも似た場所だそうだ。修道僧たちがそのことを話題にすると、胸の奥で心臓が早鐘のように脈打ち、興奮して眠れなかった。

 

 闇の中で、声を聞いた。荒い息遣い、苦しむ男の声を聞いた。

 オーガスト様——アーロンが誰かの名を口にするのは、それが最後だった。

 

 苦しい。息が出来ない。身体を捻ると、ぼきりという音がして、アーロンが悲鳴を上げた。

「——れか、患者の両肩を押さえていてくれ。強くだ」

 近くで、初めて聞く男の声がした。

 アーロンがまた叫び、そして——光が見えた。赤く、白い光が。

 光を目指してもがく。全身にまとわりつくアーロンを振り払い、光に向けて顔を突き出すと、冷たいものがほんの少しだけ鼻腔に流れ込む。空気だ。これは生きるために必要なものだと直感した。口元をアーロンに包み込まれたので、仕方なく噛みちぎった。血の味、肉の味。アーロンの味——嫌な味だ。それでも、アーロンを口にした途端に力が湧いてきた。新たに得た力を振り絞り、光の方へ思い切り踏み出すと、あたりが光に包まれる。

 そのまま外へ出て、はじめて声を出した。自分の声は、思っていた声と違った。アーロンが厩舎に居るときによく聞いた、馬の鳴き声に似ていた。

 

 なぜ、みんな私を見ているの?

 

 不安で身体が震えた。

 

 なぜ、みんな私と違う見た目なの?

 

 身体を起こし、アーロンの中に居たときに何度も聞いた言葉を口にする。

 

「創造主を讃えよ」

 

 上手く言えなかった。修道僧たちは怒り狂って、私を悪魔の子と呼んでいる。ひとりだけ、怒ってない人がいた。

 

 違うのに。私もみんなと同じ、創造主を信じているのに。

 

 怖くなって、逃げ出した。逃げるときに、誰かの頭を踏んでしまった。痛くないといいのだけど。

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