至聖堂の謁見の間で、若き騎士見習いオスカーは興奮と緊張からくる足の震えを抑えられないでいた。今日、オスカーは誓いを立て、聖騎士としての人生を歩みはじめるのだ。一介の聖職者では決して足を踏み入れることの出来ない至聖堂に立っているのは、その任命を教皇より直接受けるためだった。

 足元に目を落とすと、鏡面のように磨かれた大理石の床に、真新しい鎧を纏った自分の姿が映り込んでいるのが見える。子供の頃から憧れていた、聖騎士の鎧——これを身に付けるために過酷な訓練に耐えてきたのだ。勤勉さと献身がようやく報われると思うと、胸が高鳴った。

 重々しい音を立てながら目の前の金の扉が開き、聖なる銀仮面に法衣姿の教皇が、オスカーと同じ鎧兜の上に儀礼用の白いマントを羽織った聖騎士たちを伴って現れた。

 聖騎士たちの行進を先導しているのは、騎士団長のフィメル卿——先の大戦の英雄で、聖典の知識は枢機卿のそれに匹敵し、剣を握れば並ぶものなし。信仰に篤く、品行方正な聖騎士の鑑。オスカーがこの八年、見習いとして仕えた相手であり、師と仰ぐ男だ。

 

 フィメル卿との出逢いは、運命的なものだった。八年前のある朝、オスカーの暮らす孤児院にフィメル卿が現れ、『見込みのある少年を見習いとして引き取りたい』と言ったのだ。オスカーは子供の時分から要領が悪く、身体も小柄で弱々しかったので、他の子が選ばれるだろうと思っていたが、フィメル卿はオスカーを一目見るや、「この子にする」と言い、すぐに引き取りの手続きを済ませたのだった。聖堂区への道すがら、「なんで僕を選んだの?」と尋ねると、騎士団長は少し考えるように立ち止まったあと、「君の目は私に似ている」とだけ答え、それ以上はなにも言わなかった。きっと創造主の見えざる手がふたりを引き合わせたのだろうと、オスカーは今日に至るまで信じている。

 

 聖騎士たちが整列し、教皇とフィメル卿がオスカーの目の前まで進んで、止まった。

「創造主のしもべ、オスカーよ」

 フィメル卿の声が至聖堂に響き渡る。威厳ある、しかしどこか優しげな、頼もしい声だ。

「其方はこれより先、死に至るまで、セレス教会とその信徒、教皇に仕え、創造主の名の下に戦うことを誓うか?」

「はい。創造主を証人に、この命にかけて誓います」

 何度も練習した決まり文句で答える。フィメル卿が頷き、腰に差していた剣を抜いて、教皇に手渡した。剣を受け取った教皇は、そのまま動かない。数秒遅れて、次は自分が跪く場面だと思い出したオスカーは、慌てて膝をついた。

 儀式が手順通りに進んでいることを確かめた教皇が、刀身で軽くオスカーの両肩を叩く。

「創造主の名において、汝、オスカーを聖騎士に任命する」

 銀の仮面の奥から聞こえてくる声が想像していたよりも若々しく、オスカーは驚いた。

「創造主の教えに従って、すべての信徒を護り、あらゆる悪しきものと戦いなさい——」

「——剣折れて、命尽きるまで」

 オスカーが結びの言葉を口にすると、整列していた聖騎士たちが一斉に剣を抜き、天に掲げた。

「立て、オスカー卿。信徒の守護者、我らが同志よ」

 立ち上がるよう、教皇に促される。見習いとして跪いたオスカーは、同志たちの歓声をその身に浴びながら、聖騎士となって立ち上がった。頬が湿るのを感じながら、オスカーは兜を被っていてよかったと心から思った——感極まって涙したとなっては、ほかの騎士たちに笑われてしまう。

 

 フィメル卿が同じことを思っているなど、オスカーは知る由もない。

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