マシュマロ
@isagiyo
マシュマロ
一 帰郷
人気の無い駅のホームで私はやっと降りる。東京からはるばる実家の最寄り駅までやって来た。電車から降りた途端、夏の生命力に溢れた空気が胸にいっぱいに広がる。今にも崩れそうな木製の柵から陽を浴びて草木が伸び放題だ。強い日差しに照らされてキラキラしてる線路を横目に私は歩き始める。
駅を出ると辺り一面に畑が広がっている。緑と土の匂いに混ざって、どこからか潮の匂いが香る。私はノスタルジーに浸って実家の方へ歩き続ける。長い間電車で座りっぱなしだったので、広々とした田舎道を歩くのがとても気持ち良い。
実家に帰るのは実に五年ぶりだ。大学に進学するのを期に上京したきり帰っていなかった。別に大喧嘩をして出ていった訳でも無かったのだけれど、わざわざ帰るのも億劫で、就職してからも仕事が忙しくてそんな機会も無かった。
ではなぜ今更と言われても困ってしまう。それはとても感情的なもので、今までなんとも思えなかった故郷が最近とても恋しく感じてしまうからだ。仕事の人間関係に不満がある訳でも無いけれど、得体の知れない不安感が拭いきれなかった。それは大学の友人でも、恋人でも、ましてや職場の上司でも解消できない、正体の分からない孤独だ。ホームシックという言葉で片付けてしまうのもプライドが傷つくので、なんとも無いようなフリをしていたが、母親から今年のお盆は帰ってい来いと言われ堪らず帰って来てしまった。潮の匂いが強くなってきた。私の実家は海の近くにある一軒家で、祖母の代から使われている古い家だ。
小さな雑木林を抜けて坂の頂上に出た。そこからは畑やら田んぼやらを挟んで快晴の空と海と、その手前に広がる小さな田舎町が一望出来た。こんなにも故郷を求めていたのか。私は自分でも驚く程の安堵と、その豊かな親しみ深い風景への感動を抱いた。そんな美しい光景を感じ切れない自分を悔やましく思ってしまう。どうやっても私は所詮、その風景を美しいと感じることしか出来ないという疎外感。何かに感動した時も、この虚しさがいつも私を苦しめる。
しかしそんな苦味も今は心地よい、それも人生と割り切る事が出来る気がする。いよいよ嬉しくなって走り出す。日に照らされてキラキラ光ってるアスファルトを下っていると息が切れてくる。潮と森が混ざった匂い、生命の象徴の様な匂いが私を包み込む。童心が胸の内からふつふつと湧き上がっていくのを感じる。
実家の玄関の前まで来た。苔だらけの石垣の奥に私が乗っていた銀色の汚れた自転車が転がっている。玄関の扉を開くと良い香りがしてきた。どうやら母親は料理をしているみたいだ。台所まで行って少し緊張しながら声を掛けてみる。
「ただいま」母親は素早く首をこちらに向けて目を丸くして言う。
「久しぶり!元気にしてた?」母親は以前と全く変わらない姿で私を迎えてくれた。いや、少し顔の皺が増えただろうか。でも声も髪型も、エプロンもそのままだ。
今日から七日間実家でのんびり過ごすつもりだ。私は荷物を二階の自室に運んで、少し休憩することにした。家も以前のままだった。同じ家具、同じ時計、自室も掃除されていて本棚もそのままだった。本当に高校時代に戻ったみたいだな。
そんな事を考えていたら母親が階段から声を掛けて来た、昼ご飯が出来たみたいだ。 畳の上のちゃぶ台で食事するのも久しぶりで、胡座をかくのが少し窮屈だった。
「仕事の調子はどう?」やっぱり聞いてきたか。
「ぼちぼちかな」私は少し罰が悪くなりながら答える。私と母親は喧嘩したことも無いけれど、就職の件については少しわだかまりがあった。
母親にはほとんど口答えなんてしたこと無かった。彼女は聡明だったし、私を深く愛していた。貧しい家庭であった為、ろくな教育費もかけられない中私が東京の国立大に受かったのは、間違いなく母親の言う通りに動いたからであった。就職に関しても言う通りにしていればきっともっと良い結果が望めたかもしれない。就活で必死になっている中母親からメールで私が就くべき就職先をいくつか送られた時、私は今更反抗したくなった。何のメッセージも添えずに、ただ会社名を五六個並べただけの指示が、私がまるでボタン一つで動かせる機械の様に思われている感じがして初めて自分で行動した。
母親はそんな私を責め立てるような事はしなかった。実際何とも思って居ないのかもしれない。そんな様子を見ていると、今までもずっと従う必要なんてなかっなんじゃないかと、見過ごしていた多くの可能性を惜しまずには居られない。
「まあ、あなたがやりたい様にやれば良いわよ。」そんな一言にも何か含みが感じられて少し苛立たしい。
「父さんは?」
「それが出張中なのよ、あなたと入れ違いになる形で東京に向かっているのよ。」
「へえ、帰りに会えるかな。」
「予定が合えばね、後で確認すれば。」
五年ぶりとは思えない程普通の会話を重ねた後、少し外に出ることにした。昔からの散歩道をなぞってゆく。海辺の道に出てガードレール越しにビーチが見える。夏のピークなので、人でごった返している。下品な色を垂らしたパラソルがこちらに顔を向けている。
カンカン照りの日差しの中、黒い錆に包まれた古いアパートが遠くに見えた。それは私のもう一つの故郷であった。私は早歩きでそこに近づく。
それは二階建てのオンボロのアパートだった。懐かしいけど苦しい、嬉しいけど辛い。複雑な心境で私はそこの階段を上がって、一番奥の部屋へと歩いてゆく。少し手前まで来た辺りで、扉が開いて子供を連れた女性が出てきた。私は目を逸らして、スマホを触ってやり過ごす。女性が行くとしばらくそこで呆然としていた。それはもう会えないあの人への追憶であり、もう味わなくて済むあの迷いと喪失感からの安堵である。
しばらくそうしていると、私はふと思い立った様に階段を降りて実家へ歩き出した。忘れていたわけで訳では無い。今も時々思い出す。でももう一度改めて向き合う必要があると思った。きっとまだ私の知らない私がいる。
二 日記
実家に着くなり私は自室の天井の、大きな円形の照明を取り外す。その裏にガムテープで数冊のノートが貼り付けてあった。誰にも見つかってなかったみたいだな。私は安堵すると同時に少しだけ残念にも思ったかもしれない。今思えば上京する時に捨てるか持っていくかすれば良かったのに、そうしなかった。きっと誰かに見つけて欲しかったんだ。母親に見つけられて問い詰められる事を望んでいたんだ。そうやって私の正体を、私でも分からない私の正体を暴き出して欲しかった。
私は恐る恐るページをめくる。
『今日からにっきをかこうと思います。きれいと思ったものや、大事と思ったことをここにかいていこうと思います。 』拙い字で書いてあるのは、私が小学校に入ったあたりで書き始めた日記だった。これも母親に言われて始めたことだ。母親は私に感性豊かな子供に育って欲しかった。日常の些細な情景に目を留め、小さな幸せを見逃さないようにして欲しかった。日記について母親に言われた事は主に三つだった。
一つ目は先程も書いてあった通り美しいと感じたものを形に残して、後から 見返せる様にする事。または自分が生きてゆく上で大事だと思った事柄を書き残すことだった。
二つ目は毎日書く必要は無いということ。それが少年時代ずっと使って居たにも関わらず日記がほんの数冊で済んでいる事の理由だった。
三つ目は絶対に母親含めた他人には見せたりせず、彼女から見ようとする事は無いけれど、一応隠し場所を決めて、そこに保管することだった。当時はこれをする理由がよく分からなかったけれど、今思えばこの日記の機密性が保持されることで、より一層自分の赤裸々な思いも易々と書ける様になっていた気がする。
ページを更にめくる。
『今日は森をさんぽした。葉っぱがほうせきみたいできれいだと思った。』しばらくは同じ様な内容が続いている。ページをめくり続ける。ああ、この辺りだ。
『今日は海に行きたかったけど、ママがいそがしいので行けなかった。けどないしょで近くまでいったら、お姉さんが遊んでくれた。浜辺までいっしょに行って、おしろを作るのを手伝ってくれた。やさしくてきれいだと思った。』
時々母親に連れられて海に遊びに行っていた。砂浜で綺麗な貝殻を集めたり、歌ったりしていたのを覚えている。
そうだ、ある日どうしても海に行きたかった時に、母親が忙しくて同行できないため、一人でこっそり海に行った。その時に彼女と出会った。私の人生を、母親の存在を、酷く不安定にした彼女と。
「ご飯できたよー」気がついたら日はもうすっかり落ちていた。薄暗くなった部屋の中で返事をして私はしばらく立ち尽くしていた。
何かが音を立てて壊れていく感覚を覚えた。しかしすぐにはその中身を見せてくれない。きっとこの七日間で私はその正体を掴むだろう。いや、きっと掴んでみせる。幼少期の私を哀れに思ってか、得体の知れない勇気が湧いてきた。これは私が書ききれ無かった最後の日記であり、最後の夏であるのだ。私は、流れるように過ぎていったあの日々を見過ごしてはいけなかったんだ。
「結婚とかする気は無いの?」夕飯を食べていると母親が聞いてきた。
「あなたを愛してくれて、本気で尽くしてくれる様な相手がいれば良いんだけどね。」母親は私が指示と違う事をしても特にお咎め無しだった。母親は私に何を求めているんだろうか。
「私は今のままで幸せだけどな」
「そう、なら良いんだけれど」母親私にどうして欲しかったんだろうか。就職に限らず母親は色々私の為にしてきてくれたけれど、最終的にどう幸せになって欲しかったんだろうか。そんな事聞く勇気も無いので私はどうでも良さそうに返事をする。どうして聞けないんだろう、母親が理解出来ない自分が理解出来なくて、自分が理解出来ない自分の奥にある自分も理解出来ない。梯子外しの作業は無限に続く。
自分の事も理解出来ていないのに、相手の事を理解しようなんてとても愚かだと思った。しかし思い返してみれば、それを教えてくれたのは母親だった気がする。
夕食を食べ終えて部屋に戻る。私は海で出会った女性の事を思い出す。きっと彼女が私の初恋だ。日記に書いた通り当時の私はとても綺麗だと思った。母親に話そうと思ったけれど、一人で海に行った事がバレるので、最後まで母親には彼女の事を言わなかった。そこから母親に黙って海に頻繁に行くようになっていった。彼女は私が海で遊んでいるといつも話しかけて一緒に遊んでくれた。覚えていないだけで来てくれなかった時もあったのかもしれないけれど、彼女はそれでもかなりの頻度で私と遊んでくれていただろう。
改めて日記を開く。
『今日はお姉さんの家でクッキーを食べた。とてもおいしかった。ぼくはマシュマロが食べたかったので、作ってほしいってたのんだら、それはむずかしいと言われた。ざんねんだけど、全部のおねがいがいいと言われるとはかぎらないってままが言ってたので、しょうがないと思った。』
彼女の家は海辺のあの古びたアパートだった。あそこの二階の一番奥が彼女の部屋だった。当時はあそこまで老朽化していなくて、部屋自体も趣味の良い内装だった。白い壁紙に白い床、綺麗なキッチン。窓から大きな海が見えて、日差しが色ガラスで青く染って部屋を照らす。そこはまるで別世界だった。
彼女は私によくクッキーを焼いてくれた、綺麗な円形の分厚いクッキー。バターがよく香って、同じく香りの良い紅茶と合わせて海を見ながら食べていた。彼女は東京から来ていたらしい。そのせいか部屋のインテリアもモダンな雰囲気で、当時の私からしたら幻想的で日常とかけ離れた、辺り一面白色に包まれているのも相まって言うなれば天国の様な空間だった。
彼女は謎に包まれていた。そして理解できないからこそ彼女はより美しく映ったし、彼女をもっと知りたいと思うようになれた。いつの間にか私は彼女の虜になっていた。
そんな彼女にある日マシュマロを作ってくれるようお願いしたら、彼女は少し困った様な顔をしてそれはちょっと難しいと断られてしまった。私が少し残念そうにすると、彼女は慌ててクッキーのおかわりを持ってきた。今思い返すと、なんだか胸の痛む光景だ。あの時は分からなかったんだ。わかっていないということの恐ろしさを、理解を諦める事の愚かさを。
日記を閉じて、心地の良い疲労感を抱えて洗面所で歯を磨く。自分の顔を見る、子供の頃の面影は少しも見られない。写真を見る限り昔はパッチリと開いていた二重の目も、瞼が重く垂れ下がってどこか倦怠を帯びた生意気なものになった。艶の良い肌も、クレーターのようにでこぼこの乾燥肌が産毛を所々長く伸ばしながら頬に張り付いている。
変わり果てた自分の顔を見つめていると、母親が洗面所に入ってきた。
「自分の顔そんなにまじまじ見つめるタイプだったけ、あなた。」からかうように言われる。
「いや、肌荒れひどいなって。」
「きっとストレスが原因よ。本当に今のままで大丈夫?」その一言に私は僅かながら母親の本心を見た。
「ストレスをゼロにするのは無理だよ。」私はさっさと部屋に戻って床に就く。
やはり母親は私に転職を望んでいるのだろうか。きっと純粋に心配してくれているのだろうけれど、彼女のゴールは何なんだろうか。私が安定した生活を送れるようになる事だろうか、幸せになることだろうか。それとも実は全く私とは無関係の夢があって、それに集中するためにさっさと私を一人立ちさせたいんだろうか。私の心配をするばかりで自分の事は少しも話していないじゃないか。これじゃコミュニケーションは成り立たない。そう思うと腹立たしい。気になるなら聞けばいい、でも話せない。聞くのが怖かった、母親を理解したくなかった。どうしてかはわからない、でもきっと私は昔から何も変わっていない、成長出来ていない。いつまでも子供のままじゃいけないと思い、日記を読んでいるわけだ。もしかしたら心の奥底でそうした使命感があって、それが私をここへ導いたのかも知れない。
何はともあれ私はまず思い出すべきだ。過去と向き合っている間は母親に、今に向き合わなくて済む。それは返済が叶わない家庭が、なんとか工夫して期日を先延ばしにしてもらうよう努力するような、憐れで救いようのない抗いの様にも思えた
三 道徳
朝起きると、寝汗が首周りにべっとりとついていた。シャワーを浴びて外に出る。濡れた髪の隙間を縫っていくように温い空気が吹き抜けてゆく。
海は静かに揺れていた。ガードレールに手を乗せながらその様子をぼんやりと眺める。ゆっくりと揺れる海のリズムに合わせて思考してみる。珍しく冴えた頭で昨日の出来事を整理してみることにした。
前々から向き合わなければいけないとは思っていた。母親と、あの人と、何より自分と。高校を卒業して東京に上京した時に私は無意識にこう唱えたに違いない。
「二度とあんな所に戻ってたまるか」と。全体的にいい思い出とは言えないような、後悔と恥が詰まったここから私は逃げた。そして気づいた、一人でいる事がどんなに寂しいか。思い出から逃げ続ける限り私はきっと独りのままだ。自分の事も理解できないのに他人と関われるわけが無い。心の奥底で本当は気づいていたことが、久々にぐっすり眠ったおかげか、あの日記を読んだからかわからないけれど、やっと言語化できた。
もう一度あのアパートを覗いてみる、窓が薄紫色に空を反射させている。
あの部屋から見える海を思い出す。それは新鮮な海。彼女と見る海はとても綺麗だった、一緒に部屋の椅子に座ってただ眺めたりして、その様子をどうやって日記に書こうか悩んだりしていた。青白い日光が差して照らされた真っ白の机の上にはいつも同じく白い花瓶に花が生けてあった。クッキーが出来るまで私はそれをぼんやり眺める。思えばあの時は彼女の周りにある物全てが美しかった。
あの人のお墓は東京にあるらしいけれど、結局場所は教えて貰え無かった。思えば彼女は自分の事を全くと言っていいほど話してくれ無かったな。きっと遺族の人達からすれば、私なんて赤の他人だ。たまに会っていただけなんだから。だから私は、自分のせいで彼女が死んだことも言わなかった。そんな記憶にすっかり蓋をしてここまで生きてきた。多分これからもそうする事はできるだろう。きっとそれに抗おうとするのは、もはや確認も出来ないミクロの意識の中で誰かが叫んで居るからで、それが誰なのかを確認せざる負えないほど実は苦しんでいるからだ。
家に帰って日記を読むことにした。私は小学生の頃から使っている勉強机で続きを読む。
『お母さんから貰ったお菓子があったので、お姉さんに分けてあげた。とても喜んでくれて、それがうれしかった。またお礼が言われたいので、もっとお菓子を持っていこうと思う。』私が向き合わなければばいけない一つ目の課題、それは道徳だった。
小学生高学年の頃辺りだ。彼女に影響されてすっかりませて、母親の呼び方も変わってた。 そして同時に感性も腐っていった。元は感性を育むために書いていたこの日記の為に、その感性が腐っていく様子がよく伺える。原因なんてもう探しようがない。それは辺り一面包まれている空気のようで、必ずしも決定的な要因がある訳じゃ無い。きっと母親も本気で私に感性を守り切って欲しくてこの日記を付けさせた訳では無いだろう。申し訳程度のお守りの様なものだろうか。
『うちは貧乏だなと思った。今まで考えた事も無かったけれど、お菓子も買えないのが悲しい。どうして皆は色々買ってもらえてるのに、僕だけ家にゲーム機の一つもないんだ。』日記に愚痴を書くのはこれが初めてだった。私はこの時初めて悲観を覚えた。悲観はとても効果的な自己防衛だった、悲劇のヒーロー気取っていれば何をしても許される気がした。例えば万引きなんかも。
悲観は演技だ。本当は何とも思っていない事にも呪詛を説いて不幸を演じる。理由なんてきっと無い、暇だったから悲観したんだ。無意識に自分に嘘をつくから自分が分からなくなる原因が分からない。自分がわからないままだと感性に矛盾が生じる。どうして美しいのかと聞かれて、
「自分が美しいと思うから美しいんだ」と答えられなくなってしまう。
『お姉さんには貧乏だと思われたく無いので、もっとたくさんお菓子をあげようと思う。バレない様にお店から持ち出す方法を友達から教えてもらった。』もしかしたら悲観は彼女に教わったのかもしれない。思い返せば彼女はたびたび私を哀れんだ、いつも貧相な格好をしていたものだから。彼女を介して初めて貧しさを自覚した私は恥を覚えて、それに抗う事を覚えた。欲しいなら盗めば良い、腹が立ったら傷つければ良い。同情や罪悪感は詭弁で、母親が必死になって植え付けようとするけれどもうそんな声は届かないまでに、私は彼女に心酔していた。
『今日もお姉さんにお菓子を持って行った。お姉さんはいつも通り大げさに喜んでくれた。』
言うまでもないが、この頃から情景についての感動は書かなくなっていった。
母親とのその頃のやりとり等は全く覚えていない。母親には逆らった事はほとんど無いが、思い返せば秘密は多かった。私は当時その秘密をきちんと隠せていただろうか、違和感くらい感じてもおかしくない。
「ご飯できたよ」母親が一階から声を掛けてきた。返事をして私は日記を机にしまう。
居間に行くともう食事が並べてあった。久々なはずなのに、二日目となるともうすっかり日常として受け入れている自分がいる。
「昨日ストレスをゼロにするのは無理って言ったでしょう。」母親が目を向けずに茶碗を持ちながら言う。
「確かにそれはその通りだけど、やっぱり他にも選択肢はあると思うの。私があなたを大学に行かせたのは、進路をより自由に決められる様にだって事はずっと言ってたよね。就職は出来たけど、今の生活が続いてあなたが幸せになれるとは思えないな。転職先が決まるまで家に居て、そこから新しい就職先を見つけるのはどうかな。聞く限りだと今の職場はブラックとは言わなくてもあなたがゆとりを持って生活出来る様な環境では無いんじゃない。」
「転職なんて簡単に言うなよ、それに今の生活に困ってるなんて一言も言ってないだろ。」
「困ってるとは思ってないよ、ただあなたが本当に今幸せなのかだけが気がかりなの。独り身で仕事だけしてていいの?」そこまで言われていよいよ腹が立ってきた。
「もっと具体的に行ってみたらどうなんだよ、幸せとか汎用性の高い言葉使わずに。せっかく良い大学通わせたのに思ったよりもヘボい会社に入ったからガッカリしてるんだろ。そもそも母さんは何が私にとっての幸せか一度でも真剣に考えてくれたのかよ。」そう言われて母親も負けじと言い返す。
「何度も言うように私はあなたに選択肢を増やして欲しくて大学に行かせたの。別にお給料の高い会社に入って成功して欲しいなんて思ってないわ、むしろ逆よ。あなたはのんびり急がず生活するのに向いていると思うの。今の会社は少し休みが少ないと思わない。だから今日まで帰省も出来なかった訳だし。就職先にコンプレックスを感じているのはあなたの方でしょう。それに何があなたにとっての幸せかなんてあなたにしかわからないのよ。」
「だったら変に指図してくるなよ。」私はそう呟いて素早く立ち上がり、部屋に戻った。
ベッドに足を組んで座ってしばらくボーっとしてみる。窓から見える木が揺れて、その葉の影が部屋で揺らめいている。私はどうしたいのだろうか、どうもしたくないのが正解だろうか。幸せになんてならなくて良いから、何もしたくないというのはそんなに我儘な事だろうか。
幸せ。思えばその言葉がずっと私を縛っている。私はその言葉を介して人生を見る、母親がそうさせた。そこから開放されるのは、あの人と一緒にいる時だけだったな。母親が知らない領域で、母親には言えない事をする。思えばそれが、反抗期も来なかった私の、母親に、幸せに抗う唯一の手段だった。
玄関の扉の開く音がした。どうやら母親が外出したみたいだ、夕飯の買い出しにでも行ったのだろうか。静寂に似合わない日差しが相変わらず窓から差している。私は母親から逃げる為に日記を開く。
『お菓子を盗んでいたのがお姉さんにバレた。お姉さんはとても悲しそうな顔をしていて、それを見るのがとても辛かった。でもその後に笑ってくれた。どうして笑ってくれたんだろう。それは分からないけれど、その笑顔を見て気づいた。お母さんが僕に幸せになって欲しい様に、僕もお姉さんに幸せになって欲しいんだと。そしてお姉さんが僕を嫌いにならないで居てくれたのが何より嬉しかった。』どうして彼女に万引きがバレたのかはよく覚えていない。嫌われるのが怖くて頭が真っ白になっていたから。うっかり口に出してしまったのだろうか。
しかし、罪悪感は無かった。彼女に対して感じた恐れは自分の罪を意識しての事では無くて、バレない限り続けていただろう。母親は人は幸せになる為に生きると言っていて、私がお菓子を持っていけば彼女は幸せになる。彼女が幸せになれば私が幸せになる。それ以外の人がどうなろうと知ったこっちゃない。今もそう思う。私と彼女の関係に、道徳なんて入る余地も無かったんだ。
それにしても彼女はあっさり許してくれた。むしろ今まで見てきた中でとびきりの笑顔を浮かべた気さえする。私はそんな様子を見て今度は真剣に、彼女が少しでも幸せになれるように努力しようと思った。後から読んでみると、完全に母親の受け売りだ。
この頃からは記憶が新しくそこそこ明瞭に思い出せる。
『中学生になった。お姉さんの家でお祝いをした。クッキーやらケーキやらを焼いてくれて、結局食べきれずに冷蔵庫に保管することになった。その中に市販のマシュマロもあった。お姉さんでも流石にマシュマロは作れないんだなと思った。僕が一度作るよう頼んで、それを出来なかったことを気にしているのだろうか。』中学生になってからは勉強も少し教えてくれる事があった。部活やらが忙しくて遊びに行ける機会もめっきり減ったけど、それでもまだ週に一回は彼女の家に寄っていた。
それはそうと、中学含め私は彼女の事を友達にも言わなかった。彼女との関係は私だけのものだった。少しでも友達が彼女について知り、それを私に話そうものなら、私は嫉妬でどうにかなっていたかもしれない。恋心とも似つかないあの感情は、お気に入りの玩具を誰にも取られたくないというような幼稚なものだった。そして今なおそんな感情がある。思えば私が東京に行く前に、彼女が死んでくれて本当に良かった。私の目の届かない所に彼女がいるのは考えられない。お陰で彼女は今も私だけの思い出であり、そんな彼女にそそのかされて、きっと私は就職先を母親の意向に沿わないものにした。彼女は私にとって母親に、現実に歯向かう手段だった訳だ。
『クッキーの作り方を教わった。といっても、お姉さん以外の人の為に料理する気にもならないので、多分この先作る時は無いだろう。彼女が作ってくれた方が断然美味しいんだから。
テストも順調だ。本当は家で必死に勉強したけど、カッコつけたいので彼女の前ではヤマが当たっただけと見栄をはった。それとも努力家をアピールした方が良かっただろうか。』
『今日はバレンタインだった。お姉さんは用事があるので前日にチョコをもらった。クラスの女の子にチョコをもらった事を言ったらどう思うだろうか。逆の立場だったらたまらなく嫌な気分になるけど、多分僕のことなんて何とも思ってくれてないんだろうな。何はともあれ、ろくに話したことも無い人の作った物なんて食べられたものじゃない。母親に見られるのも恥ずかしいので森に捨てた。』
彼女の悲しむ様な事は万引きがバレてから一切していない。しかしそれ以外のことに関しては、道徳は欠如するばかりだった。
要因はわかってる。私は彼女から社会を感じなかった。彼女といる間は社会を感じずに済んでいた。だからより一層社会を、道徳を疎ましく思うようになってしまった。あの部屋から見える海と入道雲、それだけで良かった。
私が彼女に無関心になる瞬間は、彼女が自分の周りの社会を私に見せてきた時だった。彼女の弱みであったり、トラウマであったり、そんなものが見え隠れするのがとてつもなく嫌だった。彼女の遺族を見た時、本当にがっかりした。彼女には私以外に愛してくれる人がいて、決して正体不明の完璧な人間なんかじゃない。その事実が私をがっかりさせた。
冷静に考えれば恋人同士でありがちな一種の蛙化現象というやつだったのだろう。しかし世間知らずの田舎者であった上に関係が少し特殊だったので、そんな事考えようともしなかった。そもそも私は最後まであれを初恋とは認めようとはしなかった。彼女との関係が、彼女そのものが誰かの手垢の付いた言葉で理解されるのが耐えられなかった。だからそんな夢のような世界に同じく誰かが考えた正義やら常識やらなんて、入り込む余地が無かったんだ。
いつの間にか陽が落ちてきた。夕陽に照らされた仄暗い部屋で、私は幸せな思い出にまだ浸っていたかった。
スマホが鳴った、この辺りの病院からだ。心当たりが全く無いまま出ると、若い女性の声が聞こえる。慌ただしく名前の確認をされたので胸騒ぎを覚えた。そういえば母親は家に帰って来ていただろうか。
「お母様が交通事故に遭われて、今緊急手術を行っております。」その後にも色々言われたけれど、理解が追いつかず病院に来るよう言われるまで、今手術を行われているであろう母親を想って窓の外をひたすら見ていることしか出来なかった。
四 忠誠心
様態は私が思っているよりずっと悪かった。トラックに跳ねられた際に右脚を複雑骨折。頭を強く打って意識が戻るかも怪しいみたいだ。手術が終わって医師の説明を受けている間、母親がどんな様相になっているのか想像してみる。
きっと顔は擦り傷だらけだろう。脚もまだ変な方向に曲がっているかもしれない。私は母親の様子を見たいだろうか、見たくないだろうか。私を縛っていた鎖がパチンと音を立てて切れる音のすると同時に、命綱を失ってまだ見ぬ深く暗い可能性の底に落とされた感覚だ。私は喜んでいるだろうか、悲しんでいるだろうか。
一度病院を出て母親の着替え等の荷物を持っていく事になった。病院から出ると陽射しが思ったより強い、もうお昼頃だろうか。手術中はずっと待合室で待って、その後も院内の日当たりの悪い部屋で説明を受けていたので、夜が明けた事に気が付かなかった。
このまま帰ってしまおうか。もうすぐ実家に着くあたりでそんな考えが浮かんだ。今なら全て放り出して逃げ出すことが出来る。これは私に与えられた現実から逃げ出す唯一のチャンスなんじゃないか。親不孝のレッテルを抱えて、母親にもあの人にも呪われたまま、幸せになる事なんて許されない人間として生きられたらどれだけ楽だろう。
もちろんただの想像なので、私はとにかく大急ぎで荷物をまとめて病院へ向かう。そんなものとは別で、確固たる愛情がある。そう、裏を返せば私は絶対に逃げられない。
母親のいる病室に着いた。白いカーテンに仕切られてベッドが幾つか置かれている。窓から風が吹くとカーテンが揺れて、日光を透かして光っている。静かな病室を奥までゆっくりと歩いていく。窓に面した端のベットで母親が呼吸器に繋がれて眠っていた。規則正しく呼吸しているのが、胸にかかった布団が一定のリズムで膨らんだりしぼんだりしている様から伺える。その様子を見て、母親が私と同じ人間だということを思い出す。そうだ、母親も一人の人間で、私と同じ様に悩んだりするはずだ。そんな様子が少しも伺えなかったのは、敢えて隠していたのだろうか。それとも私が向き合っていなかっただけだろうか。
前にもこんな事があったな。あの人が人間だって事を忘れて、自分の為だけに天から与えられた愛玩の様なものとして見なしていたんだ。私は今同じ事を繰り返しているのだろうか。少しでも逃げ出そうとした自分に罪悪感が湧いてきた。母親に対してだけじゃない。いよいよ逃げ切ってしまったあの人に対しても、自分に対しても。今でも向き合いたくは無い。就職とか日常にあった小さないざこさとかそういった細々したことに対してではない。目の前で急に無力になった母親を前にして母親の存在感が逆説的に私の中で広がっていくのを感じる。私にとって母親とはなんだろうか。そういった根本的な問いが、包帯に巻かれた腕からチラリと見えた骨ばった指が、恐ろしかった。
荷物を置いて病院を出る。目覚めるか分からない母親を気にかけながらも、このまま目覚めなかった時の事を前向きに考える。もしこのまま母親が亡くなったとして、私はどうするだろう。きっとどうもせずに、仕事は勿論変えず、不幸でも幸せでも無い日常を生きることが出来るだろう。仕事に追われて、でも適度なやり甲斐と適度な休息が与えられて、孤独は身近な人との上辺だけの会話であったり、テレビやネットであったりで誤魔化せば良い。社会のシステムを受け入れて、客観的に見ることも歴史の先取りないしは加速も諦めて何も考えずに生きれば良い。
素晴らしいな、想像するだけで胸の軽くなる未来だ。でも母親が生きている限りは私はまだ幸せになる為の工夫が求められる。だから半ば諦めながらも日記を読み続けているんだ。
いつの間にか部屋まで戻っていた。どうやら窓の外の木に蝉が止まっているらしく、くぐもった鳴き声が部屋に響いてる。エアコンを付けていなかったので蒸し暑い。急いでスイッチを入れて、机から日記を出す。
『お姉さんが泣いていた。部屋に勝手に入るべきじゃ無かったなと反省した。お姉さんが泣いているところは初めて見た。理由を聞こうと思ったけれど、僕に何が出来る訳でもないので、止めておいた。彼女に幸せになって欲しいけれど、何も出来ないのが悔しい。』本当はそんなこと微塵も思っていなかった。とにかく彼女の涙を忘れたかった。そうだ、私は彼女に幸せになって欲しい訳じゃなかった。じゃあどうして私はそんな風を装ってたんだろう。
『最近お姉さんは元気が無い。きっと何があるんだ。どうしよう、そういえば僕は彼女を実際に助けてあげた事が一度も無かった。
直接聞き出すのはあまり良くない気がするので、彼女が抱えている悩みとは別の方向から元気づけられれば良いだろう。』彼女の悩みに関わらない範囲で彼女を助ける、それはとても恣意的で心地の良いものだった。私はいよいよ彼女の抱えたものを知ろうともしないまま、みすみす彼女を死なせた。
『お姉さんにプレゼントを買おうと思う、勿論自分のお金で。母親にも話せないので一人でバスに乗ってショッピングモールまで行くつもりだ。
そういえば彼女はそれらしいアクセサリーを付けているのを見た事がない。そういったものをプレゼントされても困るだろうか。あまり喜ばれない可能性も考えると、消耗品にしといた方が良いかもしれない。』誕生日とかでは無かったけれど、ある日プレゼントを贈る事にした。あの時は結局何をあげたんだっけな。思い出せない程本当はどうでも良かったんだろう。
私は段々疎ましく感じるようになっていた。楽しく会話をしようと思っても俯いてボーッとしている時があったり、クッキーを焦がす事が増えたりした。最後まで彼女の抱えていた悩みを知ろうともしなかった私は、彼女が死んだ時責任を一切感じなかった。彼女に心酔しておいて、彼女を人として尊重したり、気遣ったりする事も無かった。むしろ私の意思とは反して見るからに不幸になっていく彼女を、心の中で憎んでさえいた。私は彼女を、彼女が幸せになる事で自分が幸せになる為の道具としてしか見ていなかった。
そうだ、私は彼女に尽くすことで幸せになろうとしてた。彼女に幸せになってもらうよう必死に努力していたら、私も一緒に幸せにして貰えると信じてた。だから彼女を一人の人間と見ることが出来なかった。彼女はいわば、コインを入れるだけで私を幸せにしてくれる私だけの幸せのマシーンだった。そんなマシーンの不調を予感した私は、いそいそと逃げ出す準備を始めていた。
『最近は受験勉強が忙しくて彼女の家にあまり行けていない。その事は説明しているけれど、彼女はあからさまに不満そうだ。挙句の果てに部活を辞めろと言ってきた。
最近の彼女はおかしい。僕が必死に笑いかけてもどこか恨みが増しく、眉をひそめて僕を見る。一体何だって言うんだ、そんなに悩み事を僕に聞いて欲しいのか。生憎だけどどうにかしてあげられる程僕は賢くないし、聞いたってどうせ教えてはくれないんだろう。 』
受験期間が始まってからはもうほとんど彼女の家には行かなくなった。彼女に対する嫌悪とかそういうものは、あったかもしれないけれど彼女と疎遠になるまでの一連の行動はほとんど無意識によるものだった。私は無意識に勉強を言い訳に遊びに行く頻度が減っていたし、無意識にお腹がいっぱいだと言って彼女のクッキーを拒むようになった。彼女はその度少し寂しそうに微笑んだ。自分を必死に隠そうとするその仕草だけに私は安堵していた。
夜になって私は静かな、やけに広いリビングで水を一杯飲んでみる。街灯が窓から差す、まるで月光の様だ。前にもこんな事を思ったっけな。いつだっただろう。ああ、そうだ、思い出した。あの人に出会う前、母親が明かりの無いリビングで私を抱き抱えながら丁度同じ様な静寂が頭に響いていた。確かこんな事を言っていた。
「あなたが幸せになる事が、私の幸せよ」
五 殺人
着替えを持って病院に向かう。きっともう日記を読む事は無いなと、歩きながら思った。記憶も新しくてわざわざ読まなくても良いというのもあるけれど、これ以上読むだけ無駄だなと思った。
病院に着いたら母親が目を覚ましたらしく、主治医が深刻そうな顔で私に色々説明した。どうやらいつまた眠ってもおかしくない状態で、退院が望めるとしても障害が残る可能性が大いにあるそうだ。今更どうでも良い事を聞きながら私は、何なら自分が母親を殺してやろうかと、何故か思った。
病室に入ると甘酸っぱくて温い空気が部屋に充満している。母親は虚ろな辛うじて開いている瞼の隙間から黒目を小刻みに動かしている。突然隣のベッドから咳する声が聞こえる。最期になるかも知れないこの場面で、拍子抜けなものだなと思った。
「母さんは私に幸せになって欲しかったんだよね。」母親は私の目を見て少し口角を上げる。
「ありがとう、あなたのお陰で幸せになれました。これからも大丈夫だよ、本当に。」帰省した時にはそうは思わなかったけれど、よく見て見たら母親の顔はすっかり変わっていた。白髪は少しどころじゃない程生えている。片方の瞳が灰色に濁っているのは事故の影響だろうか。
「幸せだよ、本当に幸せだ。」言えば言う程何か熱いものが胸から込み上げてきた。今すぐこの得体の知れない私の分身を殺したい、私にこんな嘘をつかせるこのエイリアンを。
「親孝行とは言えないけどさ、愛してたよ。」母親の目の端から皺に沿って涙が流れる。そして幸福を噛み締めて瞳をやっと閉じた。
私の気が変わって本性をさらけ出すのをやり過ごすように、母親は呆気なく死んだ。
それはそうと、あの人はどうやって死んだかと言うと、私が受験を終えて数日後遊びに行ったら、よく磨かれた綺麗なフローリングに小便撒き散らして首を吊っていた。生前会ったのは受験直前で、私が受かった時のお祝いとしてマシュマロを作れる様に練習しておくと、珍しく上機嫌で笑っていた。
彼女は結局一度たりともマシュマロを作れなかったな、きっと私にも出来ないだろう。せめて彼女も最後まで私の前で笑って居てくれたらどれだけ救われただろう。こんな主観とっぱらって事実だけ信じて生きよう。そう決心するけれど、どうせまた誰かに騙されるんだろう。
病院を出て広々とした海を眺めながらそう思う。初恋の失恋と、母親の死が私の物語を止めた。蝉の声がやかましく夏を奏でる。
マシュマロ @isagiyo
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