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 木村さんの手からじいちゃんを奪い取り、逃げるように家に帰った。じいちゃんを机に置いて、僕はベッドにうつ伏せに寝転んだ。


「貴志はA高に行きたいのか」


 じいちゃんの声は優しくて、僕は顔を枕に押しつけた。

 A高は県内で1番の進学校だけど、僕の成績なら大丈夫だろうと学校や塾の先生にも言われている。


 じいちゃんは何も答えない僕の枕元に降り立った。そして、かつて大きな手で僕の頭をなでたように、小さな翼で僕の頭をつんつんとつついた。


「春子から聞いたのか」


 なにが、とはじいちゃんは言わなかったけど、じいちゃんとばあちゃんのことだろうなと思って力なくうなずいた。それと同時に、どうしてじいちゃんが帰ってきてくれたのかわかった気がした。


「ばあちゃんが病気で倒れたとき、わしは南極に行くのを止めようとしたんじゃ」


 じいちゃんがいきなり話し始めるものだから、僕はじいちゃんに顔を向けた。


「ばあちゃんのために?」


 じいちゃんは重々しくうなずき、くちばしを遠くに向けた。


「そうじゃ。でも、ばあちゃんのために南極に行ったんじゃ」


 じいちゃんとばあちゃんは船の上で恋に落ちたらしい。

 じいちゃんが初めて観測船に乗ったのは、大学院生だったときだった。そのときにじいちゃんはペンギン、ばあちゃんは天気の研究で一緒に南極へ行った。


「結局ばあちゃんが南極に行ったのはその1回きりじゃった。春子が生まれてからは、わしだけが行っとった。わしの土産話を楽しみにして、な」

「ばあちゃんがじいちゃんの帰りを待ってたっていうのも」


 じいちゃんは「そうじゃ」と翼をぱたぱたと動かした。


「でも、それが正しかったのかは今でもわからん」

「このこと、ママ……じゃなくてお母さんは知ってるの」

「春子は知らんじゃろうな。いや、ばあちゃんに聞いて知っていたとしても、春子には許せんかったことじゃろう。春子はそのとき身ごもっとったし」

「じいちゃんはそれでいいの」


 思わず強くなった口調とは裏腹に、僕のほっぺたを熱いものが流れた。

 じいちゃんはぺんぎんも南極も、そしてばあちゃんのことも愛していていた。でも周りの人はそのことを知らないでいて、それは僕も例外ではなくて、じいちゃんのことをきらっていた。

 じいちゃんは少し困ったように首をかしげていたけど、むんと胸を張った。


「貴志が自分の好きな道を進んでくれたら、思い残すことは何もない」

「ごめん、じいちゃん」


 コウテイペンギンのオスは卵を守りながらメスの帰りを待つ。メスはうんとたくさんの食べ物を持って帰ってくる。

 メスがお腹をぱんぱんにして帰ってきたものの、オスも卵も寒さのあまり死んでしまっていることもある。逆に、パートナーのメスが道中で力尽きてしまえば、オスとヒナは餓死するしかない。

 コウテイペンギンたちは、お互いのために、お互いの帰りを、そして無事を信じて待つ。


 じいちゃんがよちよち歩きをしている姿は、本当にコウテイペンギンみたいだった。

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